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幽霊センサー

「幽霊センサー」

以前から霊感があり、幽霊センサーとあだ名が付けられていた女友達がいた。仮に名前をミサトさんとしておきましょうか。
ミサトは、友人と一緒に暗い夜道や夜の教室などのちょっと怪しい雰囲気の暗闇に行くと必ず「ねえ。見える?」と聞かれるのだという。

すると彼女は、
「今すれ違ったよ」とか
「あそこに白髪のおじいさんが座ってるよ」
とか事も無げに言っては周りを怖がらせていた。

聞かされた友達は、たいがい大声を上げてすぐ逃げ出してしまう。
その後で闇の中に一人残されたミサトが一番怖い思いをしているのだが、
幼いころから見えていた彼女にとっては日常茶飯事。
特に気にもとめず、平気な顔をして暗闇の中から「生還」するのが常であった。


そんな幽霊センサーの彼女に初めて彼氏が出来た。

理工学部で物理の研究をしているというその彼氏は、
誰が見ても真面目な好青年で、心霊とかオカルトの類は全く無縁。

そんな二人のお付き合いは、オママゴトのようにほのぼのしていた。
やれ手作りのお弁当を作ってあげた、遊園地に一緒に行ってジェットコースターで絶叫した、そんな噂を耳にするたび、私も友人たちと一緒になって
純粋な恋愛を羨ましく思いながら、話を盛り上げていたのよ。

でもね、手を握ったという話を聞いたあたりから、
見守っていた友人たちの雲行きが怪しくなって、ついには二つの疑念が浮かび上がってきたの。

一つは、
キスやHをしたら、幽霊センサーの力が消えてしまうのではないか。
という疑問。
神社の巫女のバイトをするとき、神主に純潔かどうかを聞かれた、というセクハラまがいの都市伝説が発端だったと思う。良く覚えていないけど。

もう一つは、
キスやHの最中でも、幽霊たちは近くにいるのか?
という心配であった。

何とも下品な話題だが、
ミサトの力を知っている友人たちにとっては
見過ごすことが出来ない懸念材料だった。もしずっといるなら、これほど危険なストーカーはいない。
まあ、冷静に考えれば、幽霊はSNSに投稿したり、噂を流したりするわけじゃ無いから、こちらから見えてなければ、退屈な学生生活を送っている女子大生にとっては
恰好の話題とも言える。

しかもその影響は、私たちの恋愛にも大きく影を落とすようになってきた。

一度ホテルの部屋の中に見えない魂がいるかもしれない、と考えてしまうと
そのことが気になって、集中できなくなり、友達連中は皆、彼氏との仲が悪くなっていった。

「ミサトの奴、さっさと彼氏とキスでもHでもやって
答えを出してくれれば良いのに」
と誰かが言うと、
「それでもし、ずっと部屋の中にいてこっちを見ているってことになったら
どうするのよ。その方が嫌じゃない?」
と不安が連鎖して行き、ドンドン不安な方に話題は進んでいくようになっていた。


そんな不安な日々を過ごしていたある朝。
ミサトが今までに無いような暗い顔をして
学生食堂に入ってきた。

ついに! とミサトの変化を敏感に感じ取った私たちは
一斉にミサトを取り囲んだ。

「やっぱり、ずっと周りにいたの?」
「全部見られちゃったの?」

矢継ぎ早に質問する私たちに、ミサトは当惑していたが、
疑念の内容を理解すると
あきれかえって答えた。

「なんだ。そんな事で心配になってたの? バカバカしい。
幽霊って意外とシャイだから、トイレとかのプライベートな空間では
大体どこかへいなくなっちゃうわよ。
きっと生きている人間の性的なエネルギーの方が圧倒的に強いから、
遠くまではじかれてちゃうのよね」

冷静に説明されると、確かにそうかもしれないと思った。
生きている人間の方が強い、というのは、何だか説得力がある。
私たちは一応の結論がたことで胸をなでおろした。

では、ミサトの暗い表情の理由は何だろう。

「じゃあどうしてそんな暗い顔してるの? 彼氏と喧嘩でもしたの?」

ミサトはさめざめと涙を流しながら話し始めた。

「彼とホテルに行って、さあこれからって時に、誰もいないはずのバスルームから水音が聞こえ出したの。
さすがに彼も気になるらしくて、そっちの方ばかり見ているから、
アタシ、いつものように見えたまま、
「もう、いなくなったから大丈夫よ」って教えてあげたの。

そしたら急に彼が目を輝かせて、
「君見えるの?」
って根掘り葉掘り私の力の事を聞いてきたのよ。
別に隠すつもりも無いから、子供の時の事から幽霊センサーって呼ばれてる事まで全部話したのよ。
最初驚きながら聞いていた彼が、最後に
「研究室に行こう!」って言ってそのまま何もしないで
アタシを連れ出したの。

行った先は、彼の大学の研究室。
頭に変な電極付けられて、脳波を測られたり、
ダウジングとか言って曲がった針金を持たされたり、
振り子みたいな重りをじっと見つめさせられたり、
5時間以上も検査漬け。
彼、ちょうど卒業論文用のテーマを探していたんだって。
だからアタシは格好の餌食ってわけ」

ミサトは一度大きな溜息をついた。

「今度は医学部の友達も呼んで、
血液検査とレントゲンと、MRIだって
アタシ、いつか解剖されちゃうかも」

その時私は思った。

「生きている人間の方が、よっぽど怖いわね」


               おわり

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