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「署名」・・・超ショート怪談ヒトコワ的都市伝説。


これは、本当に都市伝説。いやもはや噂の域を出ない話だが、
それでも良ければお聞き願おう。

・・・・・・・・・・・

「署名」

通常、変死した遺体の行政解剖は、警察が指定した医大などで行われ
他の病院などが使われる事は無い。
だが、被害者の多い事件が起こった時や緊急性の高い案件が立て込んだ時、
通常の行政解剖の一部を、別の大学病院に依頼する事がある。

話の主は、そんな大学病院に勤務する若い研修医だった。
名を仮に康村としよう。

康村は、この大学病院で監察医の助手に決まった時、
先輩の医師から、こんな話を聞かされた。

「監察医の知念は、検死が終わった遺体の胸に、
自分の名前を署名しているらしいぞ」

「そんな馬鹿なことがある訳無い」
とその時は笑い飛ばしたが、
実際に知念と言う医者に会った途端、気持ちがぎゅるりと裏返った。

知念は一言で言うと、影が薄い男だった。
印象に残らない佇まい、特徴のない顔、髪形。
同窓会で、あんな奴いたか?と小声で話される部類に入るだろう。

その目を見るまでは。

康村は、研修室に入った時、知念に睨まれた。

「入る時はノックを」

ただそう言われただけなのだが、
なぜか死刑判決でも受けたような冷たさを感じさせると、
知念は又、いつもと変わらぬ影の薄い世界に戻って行った。

数日後、康村にとって初めての行政解剖の機会が巡って来た。

遺体は、一人暮らしの60代男性。

離れた場所に住む息子が久しぶりに家を訪れると
ソファーで冷たくなっていたという。

知念は遺体を細かく見ていくと、その状況を語る。
康村はその言葉をカルテに書き込んでおき、
終了後に清書してまとめるのだ。

頭から始まった検死が胸のあたりまで来た時、知念は黙り込んだ。

康村が覗き込むと、マスクの隙間から見えている知念の目が、
遊びを楽しむ子供のように笑っていた。

「康村くん。すまないが、防腐剤が足りないから
3階上の備品室から取って来てくれたまえ」

知念は康村の方を見ずに言った。

康村は怪訝に思いながらも、言う通り3階上に向かい、
防腐剤を持って戻ると、

「検死は終わったよ」

と知念が遺体にシーツを被せている所だった。

「防腐剤は使わなかったんですか?」

「ああ」

と静かに答えて、知念は手を洗いに部屋の隅にある洗面まで歩いていった。

康村は、知念がこちらに背を向けているのを見ると、
気付かれないようにそっとシーツをめくり、遺体の様子を見た。

遺体に着せられた白い浴衣の胸元から何かが見えた気がした。

「何だろう。まさか・・・」

康村は先輩から聞かされた噂を思い出した。

さらに注意深く胸元を開いてみると、確かに文字のようなものが見える。

「知、だ。やっぱり署名していたんだ」

真っ白な胸に、マジックのようなもので小さく書き込まれているそれは・・・。

「知・・・知って・・・いるぞ・・・何だ、名前じゃなかったのか。
知っているぞ・・・おまえが何をしたか。
お前が何をしたか、知っているぞ、だって?
これ、知念さんが書いたのか、だとしたら何が目的なんだ。
こんなところ見るのは、遺族の方だけだろう・・・」

そう考えて康村は怖くなった。

「見るのは、遺族だけ、それも相当近い関係の人しか見ない・・・」

それらの人に、「何をしたか、知っているぞ」
と伝えるということは・・・。

康村は知念の方を向き直ったが、すでに部屋を出てしまって、
その姿はどこにもいなかった。

         おわり


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