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青色1号・2号

地元に帰ってきたのを一体どこから嗅ぎつけたのか、近頃互いに顔さえ覚えていないような輩が時々私に寄ってくる。
SNS経由ではない。
ある日、突然知らない番号からショートメールが届いたり、名前もアイコンも変わり最早正体不明となった何者かから友達追加されたりするのだ。
そうしてそんな奴らは決まって私が大阪にいたのを把握している。

――リテラシーの欠片もない誰かが、楽しく他人にあることないこと吹聴する昔ながらの田舎ネットワーク。
思春期を過ごした大切な地元である筈のこの街を私が気に食わない理由の1つが、これだ。
数年前までなんて、アダルトビデオに出演した後風俗勤務、3人の子供を残したまま首を吊りこの世を去ったことにされていた。

一体何がどうなったら最初から最後まで大間違いのこんな噂が流れるのかと今よりも少し若かった私は憤怒していたが、今になって思えばこんなのは最早伝統で、仕方のないことだったのかもしれない。
派手に飾ったゴシップの盛り合わせくらいしか刺激がないのだろう。
仮に言い出しっぺを捕まえられたとて「長く離れていたお前に非がある」とさえ、この手の輩は言い出しかねない。

さて、話が逸れてきたがそれはつまり本題に入るという合図だ。
つい最近まで死人と認識していた相手に、彼らは一体何の目的でコンタクトを取ったのか。
やあ、久しぶり!元気にしていたかい?……なんて、煩わしく面白みのないやり取りをする体力も気力も私にはない。
だから簡潔に要件を述べてもらうと、不届き者の彼ら彼女らは口を揃えてこう言った。

『ハルシオンとかロヒプノール、持ってない?無かったらフルニトラゼパムとか似たようなものでもいいんだけど、』
成る程。
大阪なんて治安の悪い街にはそういう薬が溢れかえっていて、どうもインターネットの情報によるとそれはドヤ街で簡単に買えお手軽にハイになれるドラッグらしく、そんな場所に住んでいたお前なら持っていてもおかしくないだろうということなのだろうが、精神を患っていない人間までそんなことを聞いてくるものだからどうかしている。

もしも今中島らもが生きていたならばこの迷える子羊達に説教をして欲しい。
フルニトラゼパム=サイレース、ロヒプノールであり違いと言えば製薬会社がつけた名前程度なのだと、ハルシオンとトリアゾラムも同じ関係にあるのだと。
君らみたいなラリ中に憧れている純真な田舎の若者は、その歳になって未だ憧れているあたり既に病気だから精神科に行け、行けばすぐさま必要な薬が処方されるはずだ、と。
……いや、著書を2冊ほどしか読んでいない私にも解る。
中島らもはたぶん、そんなことを言わない。

確かに鬱で不眠(最近は過眠傾向にあるが)の私はそれらを持っていないこともないし、クリニックへ行けば何の問題もなくもとい必要だからと医者は処方箋を書くだろうが、私が君たちにくれてやれるものはなんにもないし、してやれることもない。
それに、何か精神に異常を来しているのでなければそんなものを飲まない方がきっと良い。
今は亡きハイミナールをガリガリ噛じるのは一体どんな感じだったのだろうと重症時に考えたことがある為、あまり偉そうなことは言えないが。

それにしても、今更青玉の話題が上陸しているだなんて。
改めてガラパゴスな地域に住んでいるのだなあと実感する。
もっと人の多い都会まで出れば睡眠薬ジャンキー達は青玉などと呼ばれる代物より、伝説の赤玉を探して死にものぐるいで這いつくばっていることだろう。
アングラカルチャーが好きな友人によれば裏に出回るそれも間もなく飲み干され切るに違いないとのことだが。

気狂いの娘の話はどれも医者の刷り込んだ嘘なのだと信じて疑わない父と、悪いことに憧れてしまう年頃の人間、それと少し生息地は違うが志願者達。
大変残念なお知らせになってしまい申し訳ないが、君たちの考える危ない錠剤にはハイになる効果も、カルモチンほど高めの危険性もない。
西洋医学嫌いな父なぞは特に反論してくるだろうが、白、赤、青と時代が進むに連れ安全な成分の物へと変わってきている。

勿論薬なのだから多量に服用すれば内臓へのダメージが蓄積し、違ったかたちで君達の命を縮め意識をおかしな方向へ持っていく可能性はある。
筋弛緩作用なんかでふらふらして事故を起こす可能性もある。
しかし、10年程前寝なくては寝て元気にならなくてはという強迫観念からや、もういっそ死んでしまえ!といった自棄っぱちから手元にあったそれらを酒で飲み干した私に何が起きたかといえば。

なんのことはない、健忘を起こして冷蔵庫を開けっ放しにしたまま数日爆睡、連絡が取れず様子を見に来た恋人と知らぬ間に口論をした後再び爆睡……それだけだった。
――、記憶に無い醜態を最愛の人の前で晒し、冷凍室のハーゲンダッツコレクションを失った――。
そして最終的には胃洗浄なんかも必要ないほど、普通に目覚めた。
そう、本当にただそれだけだった。

悪いことは言わないからお世話になる必要のない人間は手を出すな。
ダサすぎる黒歴史の1頁を刻みたくなければ。

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