ソラシド

海の中だね、ここ、海の中だね
触れたらはじけて死んでしまうしゃぼん玉の泡を食べながら
きみはくつくつ笑う。
最初から存在しない旅立ちだった
帰ってくることを想定しない
ううん、そうじゃない
帰ってなんて、きたくなかった。

触れていたかった、ずっとふたりきり
きみとだけ一緒に眠り続ける

幼い子に語りかけるように

なでつけて、可愛がるだけの、愛おしい
わたしだけの顔をして

孕まないわたしときみと
空っぽの殻だけの機体

外はずっと風が騒がしいのに
こども部屋から叫び声は聞こえない

聞こえなければ
発さなければいけなかったはずのものが
弔われて死んでいく

かなしそうな顔も知らないで死んでしまう

わたしは、
こどもだった
少女だった
女だった
妻だった

ほんとうの優しさってなんだろう?

鉄道に乗っても見つからなかった輝きを
きみは、含んでいるの?


しゃぼん玉の泡を食べすぎて
君は喉元まで腹をふくらませて
眠ってしまった
死んでいるの?
その問いに 君は答えない

蜻蛉の雌だった
きみは
隣にいることが笑っていることが
生きていることが
か細い幻だった

わたしは
死にたかった、消えたかった
幼い頃から
爪をむしり皮を剥ぎ
頭をぶつけて痣をつくり腕から血を流し
髪を抜き取り
それでもそれでもそれでも
憎らしいほどに
臭く醜い
ひとりの、人間だった

転がったきみを、つま先でつついて
冷たい肌を足先で撫でる

さよならだね、
その一言を脈のあるうちに言えなかった
さよならだね、

きみは確かにあたたかだった

さよなら



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