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昔語り : 英語教育へのプライド:ある北欧の人の例

今から40年ほど前の事。

初めてその子を見た時、緊張しているのかと思った。

あるインターナショナルスクールに転校した初日、私を含めて三人の生徒が階段の下に集められ、ホームルームの先生の準備が出来るまで待つように言われた。

その子は階段に腰を下ろすと、目も上げず、手を組んで下を見ていた。
まるで周囲から自分を遮断しているかのようだった。

いやな沈黙が流れそうになっていた。

インターナショナルスクールは基本様々な国から生徒が集まっている。
無難な話題をと思い、その子に「Where are you from?」と聞いてい見た。

すると彼はこちらを睨みつけ、どこかの国の強い訛りのある英語で
「What a fuck dose it have to do with you?」と返してきた。

あまりの剣幕に一瞬気圧されそうになったが、どこ出身か言いたくないんだなと思い。

「OK, All right. No offence」と返すだけにした。

もう一人いた男の子に話しかけると、アメリカ出身だという。アメリカのどこかと聞いたら西海岸の街だった。知っている限りのアメリカの知識を総動員して何とかおしゃべりを続けているうちに、私たちは先生から呼ばれた。

「Your homeroom teacher is from Canada. She is a nice lady. Now off you goホームルームの先生はカナダ出身の女の先生だよ。良い人だからね。じゃあ部屋に行きなさい」そう言って、私たちを連れてきてくれた先生はドアを開けると、私たちを部屋に通してくれた。

中には小柄な若い女の先生がいた。Loriさんという名前だった。最初に教室に入った仏頂面君は一言も発することなくすたすたと部屋の中へと入って行ってしまった。教室に入ったとたん先生と顔があった私は、つい大き目の声で「Hello!」と挨拶した。普通に挨拶すればよかったものの、先生が話しやすそうだったのでついつい元気な声が出てしまった。前を行く仏頂面君がキッとこちらを向いて睨みつけているのが見えた。

私達は椅子をすすめられ、椅子を持ちより、先生を含めて4人で輪を書く様に座った。座った所で先生が私に話しかけた。
「So, you’re the one from another international school ?」

「Yes」

「How long have you been living in London?」

「Two years and a bit」

「This school might be different from your previous one. Did you find any difference ?」

「Yes, the school I went to had two campuses and one of them had classroom at the basement」

「WELL, that IS different, isn’t it!? Two campuses!」

住宅として使われていた建物を学校として利用しているインターナショナルスクールだった。言われなければ学校があるなどとはとても思えない程、普通の家を利用した学校だった。

転校してくる前のインターナショナルスクールのキャンパスの一つは地下に教室があり、窓から日も差さず、決して理想的な環境ではなかった。今いる新しい学校は教室の窓から日差しが入ってくるのが気持ちよく感じられる。

アメリカから来た子は大人しいのか、始終笑みを絶やさず小さな声で喋り、仏頂面君は先生からどこの国から来たかと問われても返事すらしなかった。

そのうち、他の生徒たちが登校してきた。

以前いたインターナショナルスクールよりも人種構成に偏りがあるようで、クラスの9割が白人だった。中東系やアフリカ系の生徒はどこにも見あたらない。

ふと見ると、仏頂面君が彼とよく似た金髪の生徒たちと一緒に、自分の国の言葉で話し始めた。水を得た魚の様に話す人たちの声を聞いていてふと聞き取れたのが「Tak」という単語だった。確かスカンジナビアのどこかの国の「ありがとう」という言葉だったはずだ。

仏頂面君がなぜ出身国を隠していたのか分からないが、これでこの子が北欧のどこかから来た人だという事が分かった。

全員揃ったところで先生が学校からのお知らせを発表した。

近くの小さなスーパーマーケットの前にうちの学校の学生がたむろし、道をふさいでしまっている。クレームになっているので、学校としてはこれから生徒がスーパーに行くことを禁止するという。私は思わず聞いてみた。

「Is there vending machine in this school ? Can we buy something to drink here?」

「No」

「So how are we going to get something to drink if there is nowhere to buy ?」

「Well, you will find some other place to go」

「RUBBISH!Rubbish!You don’t know what you are doing !」

気が付いたら思いっきり 叫んでいた。
数名が同じように大声をだし,最終的にはクラスの大半がブーイングをしていた。

その後、ホームルームの隣の席で、私と同じようにRubbishを連発していた子と,「どうせなら缶ジュースを大量に買ってきて校内販売をして、売り上げの一部をチャリティに寄付したらいいんじゃないか」などと話しながらその日のホームルームは終わった。

この初日のホームルームの出来事は一部の人の反感を食らったらしく、「She is a vile」「That one sucks」という私に対する悪口がどんどん広まり、入学一週目にして話せる人がいなくなってしまった。

自分と同じく別のインターナショナルスクールから来た子とはすぐに打ち解けることが出来たものの、学校が始まって三日目に行われた三日間の林間学校では、最初のうちは普通に喋っていた同級生も、私が日本人生徒に話しかけた途端に仲間外れにするなど、国籍と人種でがっつりと壁のある学校に来てしまったと正直言って驚いたものだった。

仏頂面君は,何かとあると私を目の敵にしてきた。同じクラスが殆ど無かったのが幸いだったが,こちらが何かで困っている時に限って満面の笑みを浮かべているのが気味悪く、また周囲のスカンジナビアから来た生徒にあからさまに私の悪口を言っているのが分かるほど、執拗にこちらにちょっかいを出してくる。

出会い頭に出身国を聞いたのがそんなにいけなかったのかな、と反省したのだが、その後も軽めの嫌がらせは続いた。

理由は半年ほどして分かった。

ある日、学校の三分の二を占めるスカンジナビア出身の生徒たちだけ集められ、英語もしゃべらずスカンジナビア人だけで集まっているのはいけない、と先生から注意を受けたらしい。その日から,彼らは少しずつ他の国籍の生徒に対して自分達から話しかけるようになっていった。

学校で図書委員をしていた私は、ある日スカンジナビア語の本の仕分けに困っていた。

スウェーデン語は特徴のあるアルファベットがあるのでわかるのだが、デンマーク語とノルウェー語の違いが分からない。

そんな時、たまたま図書室に居た仏頂面君に相談をして,ノルウェー語とデンマーク語の本を簡単に見分ける方法は無いかと教えてもらった。彼曰く、ノルウェー語には発音が「オー」になるAの上に小さなOが乗っているアルファベットがある。これはノルウェー語にしかないから、そのアルファベットがある本はノルウェー語だと思って良いそうだ。

私はあまりに嬉しくなり、ありがとうを連発した挙句に、「仏頂面君がノルウェー語を教えてくれたので、図書館の整理がはかどった」と先生や同級生に吹聴してまわった。

どうやらこれがきっかけになって、仏頂面君は少しづつ心を開いてくれたようだった。

ある日、私が図書室で本の整理をしていると、仏頂面君が話しかけてきた。

「Remember the first day of the school ?」

「Vaguely」

「Lori said you are from an international school. Why do you think she said that ? Why didn’t she said that I was from another international school?」

変な質問をするなあと思い、

「Perhaps she heard that the student was a Japanese girl. You are not Japanese, and you are not a girl. Dose that make sense ?」

「Can you tell that I come from Scandinavia ? Do you think, that people here think I am from England?」

これも変な事を聞くなあと思い、思ったままの事を言った。

「To be honest with you, I can’t tell difference between British people and other nationalities, as Londoners are very multi racial. There are whites, blacks, Asians and Orientals. If I look at you, you do look like someone from the continent, but I can’t tell which country you came from. But I think people won’t care how you look like. There may be a British who look like you」

「How about if I speak ?」

これは微妙だった。仏頂面君は本を音読させると見事なアメリカ訛りの英語で読むことが出来るのだが、普通の会話になると少しきつめのノルウェー訛りがあり、何度か聞き返さないといけない時がある。

「Well, that depends. If you are reading out something, people might think you are an American. But if you are holding a conversation, just like now, people might think that you are from the continent, perhaps from Northern part of Europe」

「Why Northern part of Europe?」

「Well, you see, people from Southern Europe have different accent. I can tell people with Italian accent or French accent, which I think are quite different from Scandinavian accent」

「That’s not what it is supposed to happen」

「Why is that?」

「You know, in Scandinavia, we start learning English when we are small. We are supposed to be better than anyone else from all the countries across the world. But some foreigners speak in better accent than mine, which should never happen」

ここまで聞いて,スカンジナビア人の英語に賭けるプライドの高さに気づかされた。

小さい頃から英語を勉強しているからどの国の人よりも英語が上手いはず。だからこそ自分達よりも英語が上手い外国人が居てはならない、というロジックがあるのかと少々驚いた。

「Look, whether you start learning English at an early age, it dosen’t mean that you used English all the time, did you? I’ve been living in England longer than you do, and I’ve been using English much more than you had been back in Norway. You don’t have to compare yourself with anyone. What’s important is you have more friends around you – are the people nice to you at this school? Did you make American or British friends?」

「Yes」

「That settled it. You don’t have any problem at all, do you?」

最後の方は可笑しくて笑ってしまった。英語にノルウェーのアクセントがあることを本人は気にしていたようだが、外交的な仏頂面君はこの学校に来て沢山の友人に恵まれている。それが一番大切なんじゃないのかと言ったら納得してくれたようだ。

仏頂面君が具体的に何歳から英語を勉強し始めたのか聞くのを忘れたが、北欧ではかなり下の学年で英語を学び始める様で、英語力に自信どころかこんなにプライドを持っている人がいるとは思ってもみなかった。彼の理想としては周囲の人がイギリス人と間違えるほど周囲と同化し、英語もネイティブ並みで、インターナショナルスクールに通っていたと言われるのは俺だ、と言いたかったようだ。

自分の受けてきた学校教育にプライドを持てるなど、大変すばらしい事だと思う。

しかし、行き過ぎたプライドは時として勘違いに働いてしまう事もあるかもしれない。

これが、仏頂面君が幼少の頃から毎年二~三か月イギリスでホームステイでもして過ごしてきたのならイギリス人っぽい雰囲気や英語を身に着けていてもあまりおかしくは無いと思うが、そのような環境にはなかったのだろう。

英語の授業の度に仏頂面君が読み上げる声は、確実にアメリカ人の英語だった。逆にイギリスに一年も居ながらアメリカ英語を維持しているのはある意味凄いものだなあと逆に尊敬の念を覚えたくらいだ。

初対面の第一声がものすごく怖かったので印象に残っている同級生なのだが、彼も今頃はどうしているのだろうか、もうお父ちゃんになって、お子さんにやはりプライドの持てる教育を受けられるように頑張っているのだろうか。気になる所ではあるが、卒業以来縁が切れてしまったのが残念だ。


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