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小説:プライドの行方(第二章)

「山崎さん、調子はどうですか?」

アジアチームの高瀬さんが笑顔で話しかけてくれた。

「ヨーロッパチームも忙しかったですもんね。アジアはこれからですよ。私達もしゃかりきにならないと!」

春の仕事のピーク時期がようやく終わりを迎え、ゴールデンウイークが近づいていた。

今年も新規のオーダーがいくつも入ってくれた。転勤や就職などで引っ越しや新居を構えることが多い三月から四月にかけて、オーダー家具の注文が一気に増える春。新しい部屋に自分達の考え抜いた飛びきりの家具を入れようとオーダーしてくれる顧客達。私達はその思いに答えようと夢中になって仕事に邁進していた。

海外のデザイナー達も日本の顧客の要望に応えようと熱意のある方々がほとんどで、家具のデッサンから組み立て、色や形の微調整などに柔軟に対応してくれる。価格帯はかなり高額になるが、それでも顧客とデザイナーを上手く橋渡しできたときの喜びは大きい。

顧客からの感想を聞くことはなかなかできないのだが、フィールド・セールスからの報告書に一行見える「希望通りのものだった」「思ったよりも良いものだった」といった短い言葉に、私達は次の仕事へと立ち向かうエネルギーを貰えていた。

ある日、私は昼休憩の時に小林と顔を合わせた。普段は電話対応のために時間をずらせて休憩を取っているので、なかなか小林と一緒に昼食をとるチャンスがない。私達は休憩室の片隅でお弁当を開いた。その時、小林が浮かない顔で口を開いた。

「あの・・・山崎さん。速水さんなんですけどね、ちょっと相談したいことがありまして」

「はい?速水さん?うん、全然かまわないですよ。どうしたの?」

「私、自分のやってることが正しいのか正しくないのか分からなくなってきて・・・転職してきた山崎さんとは違うのは分かってるんですけど、あの人にどう対応するのが良いのか分からなくなってきたんですよ」

話を聞いてみた所、確かにいくつかの問題点があった。

まず速水は教わったことを覚えようともしないし、メモも取らない。
それを注意すると、「マニュアルを作ってないんですか?」と逆切れされる。

業務を教えて、まずは流れを覚えてもらおうとすると、

「今言った事、チャットでください」と返す。

一通り教えた所で質問があるかと聞くと、常に「無いです」との返事だった。

PCやシステムのパスワードもメモをしていないから、しょっちゅうシステムに入れないという事が続いていた。

「あの子、本当に働く気があるんでしょうか?」

私は小林の気持ちがよく分かった。これまでにいた会社でも、新人の人達がマニュアルを要求したり、行ったことをメールやチャットで送れと、まるでこちらが管理職に報告を上げるような作業を要求しているのを何度か見聞きしたことがあったからだ。

また、質問をしないと言うのも、あちこちの会社で困った問題になっている事だった。

新社会人は、学校でプレッシャーをかけられているのだろうか。自分が企業に入社して即戦力になれると思い込んでいる人が時々見受けられた。

学生時代から会社で働くための基礎知識は身に着けてきているのだから、私達にはプライドがある。そう言って、教育係のスタッフの言う事に素直に耳を傾けない人達を何人も見てきた。また、質問をすることで自分に対する評価が下がるのではないかと恐れている人達もいた。

商社に入っても、タリフ(料金表)が何なのかも分からなければ、為替変動の仕組みや会社への影響も理解できていない。ましてや私達が携わっている一点物のデザインの商品は為替変動に左右されやすい商品だ。

PCの基本操作以前の問題で、商品作成の過程を覚えたり、輸出入に関しての知識をつけたりしようとしない。

挙句の果てにはマニュアルを要求して、誰にも質問をすることなく業務をこなせるような環境を要求していた。小林の話では、速水も同じような環境を要求しているそうだ。

事務仕事は、日々変わっていくものだ。

昨日まで決められていたやり方が、次の日には変わっていると言うこともしょっちゅうある。ルールの変更、特別対応が必要な突発事項。デザイナーに仕事を発注する際のフォーマットの改善やそれに伴う手順の変更。挙げて行けばきりがない。柔軟性を求められる仕事ではマニュアル主義の人がやっていくのは難しいのではないかという気がした。

「それにしても、自分から食らいついて仕事を覚える気はないんですかね・・・それを言ってたら、また退職者を出しちゃうことになるんですかね」

「食らいつく雰囲気は無いですね。あくまで文章で指示が欲しいそうです。口頭で言っても右から左で、何も覚えようとしない。

思うんですけど、これ、うちのセクションに同期の新人がいないからなんじゃないでしょうか。他の部署の人達とも話したんですけど、新卒の人が五人入った所では、みんな新しい知識を覚えようと全員必死で頑張ってるって・・・

うちの部署、ある意味ぬるま湯ですよね。比較対象になる人もいないし、「頑張らなきゃ!」って思える環境がないというか」

「それじゃ、これからはチャットで指示を出してみたらどうでしょう?そもそも彼女はチャットで指示が欲しいんですよね?」

「でも、彼女チャットを活用しているんでしょうか?山崎さんがしょっちゅう送ってくれる英文メールのひな型や、チームの決まり事。最新情報すらも覚えていないんですよね。ひな形があるのに、メールも一から打ってるし。チャットで共有している情報って、皆どこかにメモとして残してマニュアルにしていると思うんだけど、多分そういう使い方をしていないのかもしれません。正直、何のためにチャットがあるのか、分からなくなってきました」

私は、今抱えている問題まずは率直に速水に言って、速水なりのマニュアルを自分で作ってみてはと提案してみることを勧めた。多分メモ機能を使ったことが無いのかもしれない。

それでもらちがあかなかったら、簡単に課長に報告してみることを勧めた。仮採用ももう終わるころだし、そろそろ課長との面談も入るはず。現場でどのような点で困っているかは、やはり管理側に報告しておかなければいけないだろう。

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「エリカ、見て!海がすっごく綺麗!」

その年のゴールデンウイークに、私は社内の同期達やフィールド・セールスの先輩達と一緒にお台場のバーベキューガーデンに出かけた。

フィールド・セールスのチームは面倒見の良い先輩が多く、今回のバーベキューも私達新入社員が入社する以前から企画してくれていたと聞いた。

その中の一人の塚田さんは、チームの中心的な人物だった。学生時代はサッカーをされていたそうで、精悍な雰囲気に反して、はじけるような笑顔が素敵な人だった。営業成績も最近は同じ部署の竹中さんと二人でトップ争いをするなど、会社の期待も篤い人だった。

大盛の肉や野菜が運び込まれ、鉄板にも火が入る。皆でわいわい言いながら野菜を切り、熱くなった鉄板をじゅうっと言わせながら美味しそうなポークリブやソーセージ、キャベツや茄子、ピーマンが焼けていく。グランピング施設も兼ね備えており、鉄板のそばには素敵な白い屋根のあるテントと、大きな白いビーチパラソルが三つがあった。塚田さんがバーベキューを仕切り、私達は銘々皿に盛ったお肉と缶ビールやハイボールを持ってシートに腰かけ、食欲も旺盛にバーベキューにかぶりついた。

塚田さんは婚約したばかり、と聞いていた。出張の際に出会ったキャビンアテンダントの方だそうだ。同じフィールド・セールスで親友の竹内さんとも三人で一緒に遊ぶ仲で、三人で言ったディズニーランドでの写真も見せていただいた。ほっそりとして瞳の美しい女性が二人の間でにこやかに笑っている。

「この時だよね、塚田がプロポーズしたのは」竹中さんが懐かしそうに言った。

「本当はもっと良い場所で言いたかったんだけどね・・・友梨佳はディズニーランドが大好きだから、本当はカリフォルニアかフロリダに連れて行ってプロポーズするのも考えていたんだけど、それだとタイミングを逃しそうで」塚田さんが照れながら言う。

「それは新婚旅行で行けばいいじゃん」

「それもそうだよね」

「結婚式の日取りは決めているんですか?」

私は思わず聞いてみた。

私も五つ上の彼と同居しはじめて半年になる。将来の事も少しずつ考えるようになってきた。会社の同じ課にいる三十代の独身の先輩達とは、不思議なくらい将来の結婚や出産の話にならなかった。同じ会社の人で人生のコマを一つ進めている塚田さんの話には興味を隠せなかった。

「それが難しくてね。婚約はしたけど、俺、海外転勤の話が出てるんだよ。正直付いてきてくれるか分からなくて。だから入籍をどのタイミングにするか迷ってるんだよね」

「まずは入籍しちゃえばいいじゃん。シンガポールだろ?そんなに遠くでもないし。やろうと思えば日本と往復もできそうじゃん」竹中さんが勢いよく言った。

「確かにそうだね。それより竹中、お前の方もどうなんだよ。尚子ちゃんと住むようになってから結構経つだろう?」

「それはそうだけど、タイミングってものがあるだろう・・・言い出すのもなかなか難しいよね」

「そこはお前の勢いで言っちゃえばいいじゃん!両親の公認なら迷う事ないだろうに」

「分かってるって」

竹中さんは恥ずかしそうに笑った。

話を聞きながら、私は普段自分が置かれている職場がどれほど無機質なのか思い知らされた。

仕事、仕事、仕事。

プライベートの事は全く話題に出ず、課を上げて飲みに行ったり食事に行くことも無い。

私は同じ課の先輩達が恐ろしいと思うことがあった。この人達、人生計画をちゃんと立てているんだろうか?

食事が終わり、デザートになった。大きなアイスボックスからは、沢山の美味しそうなジェラートが顔を出す。ミルクにピスタチオ。ピーチにマンゴー。チョコレートにカフェオレ。皆ここぞとばかりに自分の好きな味を求めて奪い合いになった。

そして、これも先輩達が用意してくれたプロセッコのスパークリングワインがコルクの音も高らかに開けられ、バーベキューは最高の盛り上がりを見せた。

すでにハイボールで火照っていた私達は、冷たいジェラートと冷えたプロセッコで涼を取りつつ、普段は味わえない特別な時間を心行くまで堪能した。

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夏が来て、鈴木さんが産休に入った。双子をご出産される予定で、重い体を引きずって産休ぎりぎりまで頑張ってくれた。私達はしばしの別れを惜しみ、営業全体で彼女を送り出し、元気な子供が産まれてくることを祈った。
その年の四月に入社した人は、誰も辞めることなく夏休みシーズンを迎えた。速水も仕事に慣れ始め、少しずつ担当してもらう作業も増えてきていた。

作業を担当する際、海外支店やパートナー企業に送るメールは、必ず誰かが二重にチェックすることになっていた。個人情報を始め、誤送信を防ぐためでもあるのだが、時に内容のチェックを入れることもある。「会社」として送るものと、「個人としての意見」は特に気をつけなければいけない。

慣れもあるのだが、速水はすべて「個人としての意見」のメールを打っていた。会社としての方針を相手に伝える場合は、Weを一人称として使ってください、という一文をチャットで送ったが、その後も彼女の使う一人称が変わることは無かった。

私は速水に声をかけ、「個人としての意見」と「会社としての意見」をきちんと分けるように促した。要領を得ていないようだったので、私は速水が打つメールを一緒に見ながら、「ここは会社としての意見を述べてくださいね」「ここは自分の意見で大丈夫ですよ」とアドバイスをした。

そのメールが送られた後も、速水の一人称のメールは続いた。

私は、先日速水が送ったメールをコピーして、チャットに送り、ひな型にするように言った。それでも彼女はやり方を変えなかった。チャットを送っても、口頭で注意をしても、速水は表情を変えることなくただ「はい」と生返事をするだけだった。

七月と八月には、私達セクションでは交代で夏休みを貰っていた。昨今では国を挙げて休暇を取る方向に行っており、企業も国から社員が連休を取る様働きかけられている。私は自分の担当しているオセアニア方面への仕事が一段落する八月の末に休暇を申請した。

小林は七月の中旬に毎年ハワイに行っており、今年もそれに合わせて休みを取ることになっていた。

月日はあっという間に過ぎ去り、私は小林に毎年お願いしているハニー・ピーナッツの缶のお土産を楽しみに、彼女を休暇へと送り出した。

小林からは、休暇中の速水のサポートを任されていた。言葉の少ない人だとは聞かされていたが、勤務中は本当に静かに作業を進めていた。質問も無く、本当に大丈夫だろうかと私は心配になった。

私は時々、現地の支店や、パートナー企業の担当者の事や、これまでに彼らが制作してきたインテリア製品について速水に説明した。

「ほら、この写真見てください。大きいハンモックでしょ?これは防水加工がしてあって、キャンプに出掛ける時でも家のベランダでも使えるようになっているんですよ。大きいから大人の男性でも使えるし、ハンモックをつるす台が強靭にできているから、200キロぐらいある人でも使えるんですって」

「こっちは新婚の顧客から注文が入ったダイニング用のテーブル。白とブラウンで落ち着いたものが欲しい、というオーダーだったんだけど、オーストラリアのマックさんというデザイナーさんが、何度も私達経由でお客様の意図をくみ取ってくれて、完成したものなんですよ」

「こちらのカーペットは、フランスにいる中東系の作家さんが作ってくれたもの。母国のイランで修業したあとフランスに移住して、カーペット屋さんを一から立ち上げた強者だそうよ。イラン人は親日的な人が多くて、このラシッドさんもその一人。カーペットの相談が来たら、ラシッドさんに話してみるのも一つの方法ですよ」

しかし、速水の反応は薄く、「早く具体的な作業を教えてください」と暗い声でぼそりと言うだけだった。

そんなある日、速水がこちらを向いて小さな声で話しかけてきた。

「あの、電話代わってもらえますか?」

「どうしたの?何の件?」

「フィールド・セールスの方がお怒りで。他の誰かと変わってくれと言ってて」

クレームか。私は速水が出ていた電話を取った。

「お電話代らせていただきました。山崎です」

電話の相手は富山さんだった。すごい剣幕だった。

「あ、山崎さん?今日手元に届くべき資料が届いていないんだけど!?
インサイド・セールスの村山にも念を押していたんだけどね。

今日顧客の所に伺う時にお持ちするはずなのに、資料が届いていないって、一体全体どういう事なんだよ!?

しかも朝10時を回っても一向にメールも来なければ電話連絡もないって、こんなことあり得るのかよ!

資料が間に合わないのであれば事前に行ってもらえないと、こちらは今日、顧客にどう説明すればいいんだよ!

資料だって何日もお待たせしてるんだよ?今日必ず出すことになってるんだから、資料が手元にあるんならすぐ転送するように言って!」

怒りに任せた会話は10分ほど続いた。
私は富山さんに事実関係を確認し、すぐに連絡を入れさせてもらうと言って、電話を置いた。

「速水さん、今日フィールド・セールスお渡しする資料、今作っている所?」

「いいえ」

「じゃあ、シンガポールからの資料はもう届いているの?」

「いいえ」

「いいえ、って。今日セールスにお渡しするんじゃなかったの?」

速水は答えなかった。

私は社内にいたインサイド・セールスの村山に連絡を取り、先ほどのクレームを簡単に説明した。

「それは速水さんにお願いしてあるはずですよ。フィールドには今日までに送ることになっていたはずです」

「それじゃ、速水さんが担当になってから、特に期日については話していないんですね?」

「はい。任せてあることですから」

それだけ言って、村山は内線を切った。

私はセクションのリーダーと課長、そしてフィールド・セールスのリーダーにクレーム内容と自分が速水と村山に行った簡単なヒアリングを説明し、対応を依頼した。その後、速水にはシンガポールに電話をして、資料がどうなっているか確認をするよう指示した。

シンガポール側では、資料が用意できていて送付するばかりになっていると言う。早急に送ってくれることになったので、私は速水に資料を即刻翻訳してセールスに提出する様促した。

その後事情徴収が行われたようで、私達のセクションとフィールド・セールスの各個人宛にルール変更のメールが届いた。

これからは資料などの提出など期日を守るべきことは、フィールド・セールスと営業の双方が、事前に期日を確認しあう事となった。

その日を境に、私に対する速水の態度が変わった。

何を言っても目を合わさず、話をしてもぶっきらぼうに「はい・・・」と生返事をするだけになってしまった。

仕事で質問があるかと尋ねても、「転職してまだ年数の経っていないあなたに聞くことはありません」との小さな声の返事が返ってくるだけだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その日初めて社内で失敗してしまった私の事を聞いた塚田さんと竹中さんが、飲みにつれて行ってくれた。

会社近くの気の置けない居酒屋で、私の大好きな日本酒を飲みながら私の話を聞いてくれた。

これまでは先輩達が資料のチェックをしてからセールスに提出していたこと。

ここに来て、自分で書類提出のスケジュールを自分で管理することになったこと。

そこでたった一回漏れがあっただけであれほどのクレームになるとは思ってもみなかった。

フィールド・セールスであるお二方からは、資料が現場でどれほど大切かを教えてもらった。

お客様にまだ形になっていない商品を売るには、どうしても資料が大切になる。

通常、営業にでる一日前には資料を貰いたいところだけれど、当日にもらうとなると営業に出る電車の中で資料を読み込み、まるで商品の開発当初から商品に携わっていたかのように細かいところまで顧客に説明しなければならないこと。

分からない点ももちろんあるので質問が出ればそのまま持ち帰るが、できればその場で商談を進めたい。そのために資料はどうしても必要になる。

「しかし、富山さんも変だよね。朝PCを開けて資料が届いていなければエリカちゃん達に言えば良いのに。自分がぎりぎりの時間になるまでぼーっと待ってるのが悪いよ。それをあんなにクレームにするなんて、おかしいと思う。自己管理がなっていないフィールド・セールスは最低だね」

塚田さんがまくし立てた。

「エリカちゃんも今回は失敗しちゃったけど、次からは自信を持って。間違いは誰にでも起こることだから」

竹中さんもフォローしてくれる。

「富山さんに叱られたのはいい経験になったと思います。ただ・・・」

「うん?」

「山崎さんが・・・」

「山崎さんがどうしたの?」

「私、あの人苦手なんです。ロボットみたいに仕事ばっかりしてて、今回も事後処理を淡々と進めて、私には簡潔に注意をしただけ。お二人みたいに資料の大切さとかフィールド・セールスの状況とかも教えてくれなくて。
とにかく、うちの課ってマニュアルがないし、何を質問していいのかも分からないし。教えてくれる時は大量の情報を一気に言われるからとても覚えきれないし。

それに、普通の企業だったらOffice365の使い方とを教えてくれるのが基本だと思っていたんですけど、いつまでたっても社内システムばっかり使ってて、PowerPointやExcelの使い方も教えてくれないし。私なんだか意地悪をされてるんじゃないかという気分になってくるんです」

「山崎さんは問題だよね」

塚田さんは言い切った。

「あの人、もう三十代半ばでしょ?いつまでたっても家庭を持って落ち着くとか考えてないのかね。あんなオールドミスに関わり合いになっちゃ駄目だよ。人生を真面目に考えていない人だから。

ExcelやPowrpointすら教えないのも、多分エリカちゃんが若くてこれからの可能性が大きいから嫉妬してるんだよ。あの人はそういう人。人間味もないし、人格も疑われて仕方がない人だからね。第一、うちの会社に来てまだ日が浅いくせにあんなに態度がでかいってどういうことだよ?ちょっとした問題でも淡々と処理しちゃって、取り澄まして。エリカちゃんの言うロボットっていうのも俺、よくわかる」

「そうですよね?良かった、私だけがそう感じているのかと思ってた・・・」

「あんなの気にしないほうが良いよ」竹中さんも相槌を打ってくれた。
私は思い切って言ってみることにした。

「あの、現場の仕事って、そんなに知らなくちゃいけない事なんですか?」
「何、どういう意味?」

「私、将来管理職になりたいんです。物のデザインがどうの、色がどうのと言う事よりも、会社組織の運営に興味があるんです。

ここの会社を選んだのも、外資系だから年齢に関係なく出世ができると思ってて。管理側に回るってことは、商品の細かい色だとか部品の専門用語とか、正直言って知る必要もないんじゃないかと。なんだか毎日無駄な知識ばかり詰め込まれていて、将来役に立つことをぜんぜん教えてもらえない。
パワーポイントだって、ゆくゆくマネージメントの職に付いたらプレゼンとかで必要じゃないですか。エクセルだって、会社の売り上げや数字を本社に報告するときに必要だし。そういう、管理職として必要な知識をつけたいのに、今の配属先じゃ何も学ばないまま終わりそうで・・・」

これを聞いていた塚田さんが、温かい声で念を押してくれた。

「それだけやる気があれば、エリカちゃんが上のポジションに立てる日もすぐに来るよ。部下があんな変な人達だけど、それでもいいの?良かったらフィールド・セールスに来ない?エリカちゃんみたいに人好きのするキャラだったら通用すると思うんだけどね。こっちでキャリアを積んで、マネージメントまで上り詰めちゃいなよ。俺も応援するから」

(続く)



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