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読書感想文|かけがえのないひと

年森 瑛『N/A』(文藝春秋)

第167回(2022年上半期)芥川賞候補作の中で、唯一読みたい(読めそう)と思った作品。

はじめは今どきの若者言葉(「り」とか)や今どきのツール(TikTok、アクスタとか)といった時事性の強さに戸惑いがあったけど、テンポがよい文章なので、一度波に乗れたら最後まであっという間だった。

中編小説の中に、思考を刺激する要素がふんだんに散りばめられている。一言では言い表せられないことを表現するものとしての文学、その存在価値を示しているような作品だと思った。それはとても凄いことなんだけど、一方で社会性があまりに強すぎるようにも感じてしまう。
社会的な問題を取り上げた文学作品でないと、いまは評価されないのかしら。

――以下、ネタバレありありの長々感想――

●主人公:まどか

最初は斜に構えた子かと思ったけど、途中から行動力がある子なのかもしれないと印象が変わった。

月経を止めるために食事制限をしたり、「かけがえのない他人同士」を求めて人との付き合い方を模索したり、不満を垂れ流したり脳内で考えるだけじゃなくて、求めるものを手に入れんと行動に起こす。その良し悪しはさておき、それってすごいことなんじゃないかと思う。

ただ、なぜ自分がそういう行動をとっているのかを誰にも説明しない。本音を打ち明けようとしない。それは、わたしにはいくらか怠慢に映る。その怠慢を続ける限り誰かと彼女の求める「かけがえのない他人同士」になるのは無理なんじゃないかな。

最後にきっかけを与えるような出来事が立て続けに起きたので、そのことでまどかに何かしらの気づきや変化をもたらしていたらいいなって思った。

●「かけがえのない他人同士」

ぐりとぐらや、がまくんとかえるくんのような「かけがえのない他人同士」をまどかは求めている。「うみちゃん」とのお付き合いもその一環。

まどかが「うみちゃん」の呼び方として、彼氏(彼女)/恋人/相方/パートナーのどれもしっくりこないというシーンがあるけど、その気持ちには結構共感を覚えた。

まどかにとっては、「かけがえのない他人候補」という位置付けなのだろうけど、既存の言葉では表現しきれない人という意味では、とても理解できる。個人を特定の部類に振り分けて判断することに無理があるように、人との関係性も既定された枠におさめるには無理なことがある。
 
「かけがえのない他人」と思える人が、私にはいる。「同士」になれているかはわからないけれど、「友だち」と呼ぶには深みが足りないけど、「親友」ではなんだか胡散臭い。彼/彼女とでしか成り立たない関係、そんな感じ。まどかが求めている人物像として、わたしはその人たちの顔が浮かぶ。だから、その関係性が成り立つには、いくらかの出来事や会話の積み重ねというような、ある程度の時間と手間暇が必要なのではないかしら。

●カテゴライズ

「女の子なんだから…」「男のくせに…」というような言い回しは避けられるようになってきたけれど、所属グループの単位でその人のことを語られることはいまだよくある。

「LGBTQの人を無闇に詮索しない」「拒食症のこの前で体型の話をしてはいけない」。まどかの母親や友人たちは、まどかのことを慮って、ネットなどで調べた正しい(とされる)接し方を試みるけど、当の本人にとってこれらは余計なお世話でしかない。そもそも彼女はその「当事者」ではないのだし。

本人のことを大切に思っているからこそ、良かれと思って気を遣うことがあっても、本人の意思がそこで無視されてしまったらなんの意味もなさない。何も言わないまどかにも問題があると思うけど、勝手な先入観や決めつけは、独りよがりでしかない。そう考えさせられる。対象を見るうえで、何かしらのカテゴリーに振り分けることは便利ではあるけど、それはあくまでこちら側の都合であって、相手を思いやっている行為ではない。

●女子高生

私にとって「女子高生」が遠い昔の話になってしまったので、まどかや他の子たちにどっぷりと感情移入することはなかった。よく言えば、距離感を保って読めた。ただ、ある種のグロテスクを感じるのはなぜなんだろう。

現役、あるいは近い年代の人たちがこの作品を読んだ時、どんなふうに受け取るのか興味がある。また、男性が読んだ場合にも、きっと私とは違う読み方をするだろう。

この物語は、女子高生の閉じられた世界を描いているものの、著者が言わんとしていることは、すべての人が「当事者」として当てはまることだと思う。

「誰にも受け取られなかった言葉はヒーターの風に押し上げられて、広告のくぼみにひっかかって帰ってこなかった。」

p. 13

「自分の言葉で人の心を揺らしてしまうのが怖くて、自分の言葉の責任を担保してくれる何かが欲しくて、他人のお墨付きの言葉を借りたくて仕方がなかった。」

p. 103

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