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少年が線路に立ち入り、石を投げていた。

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Twitterのタイムラインを眺めていると、不意に流れてきた動画。私は、思わず釘付けになった。

10代と思われる青年が線路に降り立ち、石を投げている。やがて母親と思しき女性が線路に降りて少年に駆け寄り、なだめるようにして抱きしめた。表情までは読み取れないが、少年も母親のことをしっかりと抱きしめ返している。ところが、少年は母親を振り切り、再び走り出してしまう。母親もまた必死に息子を追って走り出すが、その距離は次第に離されていく。

私の目が釘付けになったのは、こうした光景を映し出す動画だけでなく、その動画を貼り付ける形で投稿されていた冒頭の一文だった。

「藤沢駅こいつのせいで東海道線止まってる💢」

動画に映し出されている状況と、それをホームの上から撮影していたのだろう利用客のつぶやき。そのあまりの距離感に、私はしばし呆然となった。

しかし、そこに“距離”を感じた私は、もしかしたら少数派なのかもしれない。この国では、この投稿者と同じように「迷惑だ……」と冷ややかな視線を向ける人のほうが多数派なのかもしれない。

本来なら、もう少し感情の揺れが落ち着くのを待ってからツイートすべきだったのかもしれないが、私は目を閉じて、その親子に思いを馳せたときに頭に浮かんだ言葉を140文字にしたためた。

このツイートは思いのほか反響を呼び、数時間で5000超のRTがされていた。

賛否両論。当然だと思う。もっと言えば、「賛」だの「否」だのといった単純な構図ではなく、さまざまな意見が寄せられた。当然だと思う。

そうして寄せられた意見を目にして、さらに私のなかでは書きたいこと、伝えたいことが出てきたのだが、さすがに140文字に収まる気がしないので、今回はnoteに書かせてもらうこととする。


私が最も伝えたい、みなさんに問いかけたいことは最後の一文だったのだが、しかし最も多くの意見が寄せられたのは、冒頭の一文についてだった。

「それはやっぱり迷惑ですよ」

そんな声が相次いだ。もちろん、はっきりとそう断言されると、心情的にはつらいものがあるが、事実として否定することはできない。「事実として」というのは、下記の3点だ。

・線路から石を投げていて、他者にぶつかる恐れがある。
・電車を緊急停止する必要性が生じ、鉄道会社に大きな損害が生じる。
・電車の緊急停止により、乗客の目的地への到着に遅れが生じる。

こうした事実がある以上、「誰にも迷惑はかかっていない」と強弁することは難しいだろう。もっと言えば、「迷惑だと感じる」という他者の感情を否定することはできないので、こうした状況に居合わせた人々のなかで「迷惑だと感じた人」が多くいたこともまた事実だと言えるだろう。

だからこそ、私は最後の一文で問いかけたのだ。

「彼らを社会から排除したら、みなさんは満足ですか?」

おそらくは知的障害があるのだろうその少年は、誰にも迷惑をかけずに生きていくことは難しいだろう。線路に立ち入り、石を投げ、母親に抱き止められてもまた走り出してしまうあの光景を見れば、それが“あの場面”に限ったことではなく、日常的であることが容易に想像される。

もちろん、母親をはじめとする彼を支える方々は日常的に彼をサポートし、できるだけ周囲に迷惑がかからないよう必死に神経をすり減らしているだろうことは容易に想像ができる。それでも成長とともに体が大きくなっていく彼の行動をすべて制御できるわけではないだろう。

だから、少年の行為が迷惑かどうかで論争するつもりは、私にはない。私が問いかけたいのは、どうしても迷惑をかけてしまう存在である人がいたときに、その人は社会から排除されるべきなのだろうか、ということである。

Twitter上では、この問いに臆面もなく「YES」と答えることができてしまう人があまりに多くいることに、私はいささか狼狽した。いや、もう少し正直に言うならば、ある程度はそうした回答をする人がいることを想定していたものの、いざそうした人々の冷徹な言葉に触れてみると、想定していた以上の棘に胸をえぐられてしまった、というところかもしれない。

もちろん、大多数の人は「答えを出せない」といったふうだった。もっと言えば、「少年の行為が迷惑か否か」といったところで思考が止まっていて、「排除すべきか」という最後の問いまで辿り着けていないようだった。これは、私のツイートがあまり文面を練ることができていなかったせいで、反省するしかない。

もちろん、「ダイバーシティ」を標榜して活動している私は、「排除すべきではない」という結論になる。しかし、だからと言って、それ以外の人々は黙って迷惑を受け入れろ、と主張したいわけでもない。いや、本音ではどこかで主張したい思いがないわけでもないが、私は思想家でもなく、哲学者でもなく、あくまで政治を用いてどうダイバーシティを実現していくか、と考えている人間なので、そんな主張をしてもハレーションが起こるだけであまり意味がないと思っている。あくまで、一つひとつのケースにおける現実解を見つけ出していくしかないと思っている。

ならば、今回のようなケースにおいては、どんな方策があるのか。これはTwitter上でも多くの方が指摘していたが、まずはホームドアの設置が挙げられるだろう。これによって物理的に線路に立ち入ることが難しくなり、今回のような事態を防げるばかりか、酒気帯び客や視覚障害者が線路に転落することを防ぐこともできる。

だが、それとて簡単な話ではない。ホームドアの設置にも莫大な費用がかかり、鉄道会社の資金だけに頼っていたのではいつまでも設置されない可能性が高い。そうなれば政府が補助金を出すといった仕組みが必要になってくるが、当然ながら拠出元は税金であり、「そんなことに税金を使うな」と主張する人々も登場するだろう。マイノリティを社会に包摂するために税金を使うことに、後ろ向きな方々もいらっしゃるのだ。

そうした思想や感性の違いは、いったいどこから来るのだろうか。私は幼少期の経験も、大きな差異を生み出す要因となっているのではないかと思う。

「インクルーシブ教育」を聞いたことがあるだろうか。わかりやすく言い換えれば、「すべての子どもを包摂する教育」。具体的に言えば、障害の有無にかかわらず、一人ひとりの子どものニーズに配慮することで、誰ひとりとして排除することのない教育のことだ。

ところが、日本ではいまだに「分離教育」と言って、障害の有無によって学ぶ場所を分けてしまっているため、大人になってから障害者と接したことのある経験のある人が、他の先進国と比べて非常に少なくなってしまっているのが現状だ。こうして健常者のみで学校生活を送ってきた人にとっては、どうしても障害者は「未知の人」となり、できれば関わりたくない、迷惑をかけてほしくないといった思考になってしまうことは仕方がないようにも思われる。

しかし、ここまで読んで、こんな反論を持つ人も出てくるだろう。

「子どもの頃に障害児がクラスにいたが、嫌な思いばかりさせられて、いまでも障害者にいい感情を抱くことができない」

これは推測の域を出ないが、こうした経験を持つ方が受けてきた教育は、「インクルーシブ教育」ではなく、「統合教育」だった可能性が高いのではないかと思う。先ほども書いたように「一人ひとりのニーズにきめ細やかに対応する」ことを旨とするインクルーシブ教育と違い、統合教育では「ただ学ぶ場を同じにする」ということに主眼が置かれてしまっている。

本来であればサポートが必要な子なのに、そうした支援もない状態で、ただ健常者のなかに放り込まれただけになってしまっては、当然ながらトラブルが頻発する。これでは障害当事者にとっても、周囲のクラスメイトにとってもマイナスの経験になりかねない。「インクルーシブ教育」と「統合教育」は似て非なるものであるということに留意が必要だ。

今回の動画投稿者や、投稿からにじむ「こいつ迷惑なんだよ」という負の感情に共感する人々が、実際にどんな教育を受けてきたのかはわからない。だが、こうした感情を抱く人々のボリュームが少しでも減少し、「迷惑だとは思わない」「迷惑だけど仕方ないよね」「せめて迷惑をかけなくて済むよう予算をかけよう」といった考え方に賛同してくれる人々を増やしていくためには、インクルーシブ教育を充実させていくことが鍵になってくるのではないかと思っている。

とはいえ、インクルーシブ教育の実現にもやはり予算がかかるため、ここでも「そんなことに予算を使うなんて」という声が上がることが予想される。そうなってしまえば、「卵が先か、ニワトリが先か」問題になってしまい、いったいどこから手をつければいいのだろうかと頭を抱えることになる。

それでも、とにかく理想を描きながらも現実を見据え、いま私にできることから着実に取り組んでいくしかない。だが、その「いま私にできること」があまりに少ないことが、不甲斐なく、悔しく、本当に情けない。

今回はいつも以上に結論めいたものを示しづらく、感情のほとばしりが文章の多くを占めてしまったことをお詫びしたい。それくらい、今回の出来事は私にとって大きく感情を揺さぶられるものだったのだ。

なぜなら、私自身が、タイプは違えど、他人に迷惑をかけずには生きていけない存在だから。

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