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シノパと僕と虹の山

オンラインゲームでホド星人の彼女ができた。
彼女の名前はシノパ。
百年ぐらい前から異星間恋愛も珍しくなくなってきたが、まさか自分もとは思わなかった。
言葉が伝われば星籍も種族もあんまり関係なかった。
ましてや地球人は先の大戦で人口が激減したから異星移民を積極的に受け入れているし。

ホド星人は地球人に近い姿をしているので人気の恋愛種族だ。
外見は肌の色が青くしっぽがあるぐらいの違いしかない。
会話は通訳機があるのでなにも問題ない。

僕たちは毎日のようにゲームの中で話しているうちに次第にひかれあいつきあうことになった。
すでにメタバースの中で同棲しているけれど、リアルでも同棲しようということになった。
航行料金はホド星から来る方が安いということもあって、シノパが地球に来てくれることになった。片道16時間。宇宙船の技術はホド星のほうが遙かに進んでいるのだ。

にぎわう宇宙ターミナルにシノパを迎えに行った。
待ちあわせの8番搭乗口にモデルのような黒髪の派手な美女が手を振っていた。
シノパだ。
地球人のコスプレをするのが好きなシノパは地球人仕様のボディスーツを何着も持っている。今日は平成バブル時代のモデルっぽいボディスーツにしたらしい。しっぽさえなければ地球人と見分けがつかないだろう。

挨拶もそこそこにシノパはハグをしてきた。
リアルのシノパの肌感。熱。香り。やっぱりリアルは最高だ。
ホド星人は慎み深いというが、地球の文化に染まっているシノパは日本人のギャルとそう変わらないスキンシップ感覚らしい。とはいえ、さすがにここでのキスは避けた。


僕らはエアタクシーに乗ってネオフジヤマに向かった。
シノパは地球に来たら日本の伝統的なデートをしたいと言っていた。
それはハイキングといって二十世紀の若者の定番デートだったらしい。
ハイキングは二人で山を登り、山頂で彼女の手作りサンドイッチを食べることだという。それのいったいなにがおもしろいのかわからないけれど、なんでもメタバースでできるようになったので、あえてリアルで疲れるようなことをするのが流行っている。余裕がないとできない娯楽だ。

ネオフジヤマが見えてきた。
駐車場から登山口まで観光客でごったかえしている。
ここはリアル観光スポットとして日本で一番人気の場所だ。
僕が子どものころは東京が一番人気だったけれど、あの一件で廃墟になってしまってからは一般の人は誰も近寄らなくなった。もう東京はメタバースの中にしかない。


受付でエレベーターのチケットを買う。
高い山だが山頂までエレベーターで六分だ。
ガラス張りのエレベーターで一気に山頂へ。シノパは高いところが好きらしくしっぽをふって喜んでいる。
雲の上から見る山頂の景色はどこまでも広く、美しかった。
僕もシノパも来てよかったと喜んだ。
ベンチに座り、シノパが作ってきたサンドイッチを食べることにした。

「地球人がおいしいと思うかわからないのだががんばって作ってきたです」
「ありがとう」

僕もサンドイッチは食べたことがない。
アーカイブにある昔の映像で見たことがあるぐらいだ。
パンという天然の小麦でつくったやわらかいものに具材を挟んで食べるものだということは事前に調べていたので、なんとなくはわかる。

シノパが作ってきたサンドイッチは三角の形をした資料通りのものだった。
「三ツ目牛の脳みそのサンドイッチだ。口にあうといいが」
「三ツ目牛の脳みそ」
僕はどうしたものか迷った。
どんな生き物だ。一応牛肉なのか。
いやわかっている。食べなくてはいけない。
「地球人は口から食べるのだろう? 見せてほしい」
シノパが目を大きく開いて僕を見つめている。
僕は覚悟を決めてかぶりついた。
おいしい。
マーガリンとひき肉を混ぜたような味がする。

「おいしいよ、シノパ」
「本当か。私は嬉しい」
「シノパは食べないの?」
「ボディースーツを着ているから……」
「脱げばいいじゃない」
「では、そうさせてもらう」

シノパは耳の下に指を入れるとぬるっとマスクのように頭を剥いた。
見慣れた本来のシノパの顔が現れ、ニコッと微笑んだ。
シノパはサンドイッチを目の高さまで持ち上げた。
おでこが縦に割れ、サンドイッチを頭の中に入れた。
むしゃむしゃとおでこでサンドイッチを咀嚼している。
メタバースで食事をするときは地球人仕様にあわせていたので、おでこから食べるのを実際に見るのははじめてだ。
「口とはまた別なんだね」
「地球人の胃腸に相当する部分が頭と首にある。脳はおなかの中だ。それ以外は……地球人と同じだから……大丈夫だ。子供も作れる」
シノパは頬を赤らめて、指先でのの字を書いた。僕もなんか恥ずかしくなった。

「お茶、飲むか」シノパは照れくさそうに言った。
「いただくよ」
シノパは水筒から薄紅色の液体をグラスに注いだ。
酸っぱい香りが広がり、口に含むと甘い生クリームのような味ととろみがある。
「これはなんだい」
「私のひいばあちゃんだ。死んだ後、液体にして大切な人と一緒に飲む」
僕は盛大に噴き出した。
噴き出したひいばあちゃんの飛沫が僕とシノパの間に虹をかけた。
シノパは手を叩いて喜んだ。虹はホド星人にとって吉兆の知らせらしい。

僕とシノパが結婚したのはそれから二年後だった。
どちらの星で暮らすか話し合った結果、二年おきに地球とホド星で生活するようにした。
僕も死んだらホド星で液体にされるのだろうか。
死んだ後も僕の大切な人たちの中に入り、共に生きる。
そのホド星人の考えも悪くない。
シノパの膨らんだおなかを見ながら僕はそう思っている。