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オススメ配信映画「マエストロ:その音楽と愛と」~捉えきれない天才の天衣無縫~

 ブラッドリー・クーパー渾身作。製作にはマーティン・スコセッシ、スティーブン・スピルバーグが揃い、彼らが監督をクーパーに任せたとか。そんなネームバリューたっぷり作がスクリーンではなく(申し訳程度に映画館でも公開)配信でもったいないと心底思う。中身は天才指揮者レナード・バーンスタインの生涯をスケッチのように断片的に描く、優しい口当たりではないけれど堂々たる芸術的作品。

 くれぐれも伝記映画ではありません、ありがちな起承転結の方策は一切執らず、主に妻との関係を主軸にトピックスを描く。冒頭からモノクロかつスタンダードサイズで展開される若き日のレナードとフェリシアの周辺を切り取るように描写。場面展開が凝りに凝って品格とともに奔放な天才に追いつこうとの工夫が見ものです。分かり易いモンタージュではなく、敢えて再現のように、もしくはドキュメンタリーのように。

 主人公が後に大成するレナードであれば、彼の意志を主軸にそれに従って成長を描いて行く、これがフツーの伝記映画でしょう。しかしここで明確なのは25歳にして早々にその天才ぶりを世に発揮することが出来たラッキーマンであったこと、だから苦節のドラマなんてあり得ない。映画の冒頭から大成しているのです。本作のトップビリングはキャリー・マリガンです、妻との軋轢こそがメインであり、妻のフィルターを通して、彼の天衣無縫な自由さをとことん描く、なにしろ天才なのだから描くバックボーンがない、よってドラマは無きに等しい。

 本作のキーワードに彼のセクシャリティが取り上げられますが、妻フェリシアも彼がバイセクシュアルなんて百も承知、それをひっくるめての唯我独尊ぶりに彼女は少々辟易する。カラー画面になってからの後半に登場するホテルの一室での夫婦喧嘩のシーン、憚りもなく男に接近するレナードに、その性癖だけを捉えて耐えられないのではないのがポイント。フェリシアはそんな肝っ玉の小さい女性ではなく、聡明な女性。怒る次元を見誤ってはもったいない。それは妻だけでなく、最愛の子供においてもフツーの物差しを超えた理解を求められた。

 時代に沿って彼の曲を彼(レナード本人)自身が指揮した録音盤によって盛大に流れる。ジーン・ケリーとフランク・シナトラ主演ミュージカル映画「踊る大紐育」1949年は本作にも描かれるように1944年のブロードウェイ・ミュージカル作品「オン・ザ・タウン」を基にしたもので振り付けは本作にも登場するジェローム・ロビンズ。そのステージの一部が本作に再現される。このシーンはレナードとフェリシアの愛の昇華と重ね、2人を巻き込んだダンスとなって素晴らしい。こうした経緯から世紀の名作「ウェスト・サイド物語」に繋がる。圧巻はラスト近くのミサ曲で、教会での数多の観客を入れて、フルオーケストラに合唱団、そしてソリスト、を従えての指揮のシーンがたっぷりと再現される。もはや全身全霊と言うべき神かがったその様子は、否応なくレナードの天才ぶりを目に焼き付けられる。

 強いて言えば、モーツァルトの天衣無縫な天才ぶりに周囲が翻弄されることは名作映画「アマデウス」に明らかに。そう、ここでもモーツァルトが主役ではなくサリエリが主役。まさに本作の主役が妻と言うのと等しい。

 それにしても、時代とは言え夫婦揃ってのヘビースモーカーには辟易です。役者も大変ですが、食事の場での喫煙には反吐を催しました。終始つけ鼻メイクのクーパーのそっくりぶりには驚嘆で、その上での大熱演。そして実年齢で約10歳年下のキャリー・マリガンの演技はさらに凄まじい。顔だけのアップのシーンがたっぷりで、彼女の演技をたっぷり堪能出来ます。「17歳の肖像」2009年での透き通るような美少女が、すっかりおばさん役が似合うとは残酷です。もっとも17歳の役の時は既に24歳だったわけで、時の流れが速くなるわけです。2人以外の人物が混迷なのは大きなマイナスポイントで、だれが誰だったのか、分けわかりません。

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