ナンカヨウカイ「折る」⑦
捜査の基本、現場百回。
ってことで、俺は虎猫に姿を変え、手始めに花咲プールアイランド周辺で聞き込みを開始した。相手はもちろん、近所の野良猫どもだ。
「おはよう、お前ら」
俺がたまり場に顔を出すと、2匹の野良がニャーとあいさつを返した。
「なんだい赤虎、仕事か?」
「まあな。お前らに聞きたいことがあるんだけど」
俺は、ラッパみたいな妙な鳴き声を聞いたことがないかと訊ねた。
2匹は顔を見合わせて、首をかしげている。
「聞いたことないなあ」
「そうか。じゃあ、変な鳥みたいなのは見てないか?」
「変な鳥? 見たぞ」
「マジか、どんなヤツだった?」
「紙飛行機みたいな妙なヤツ。向こうの方から飛んできて、あの建物に入っていくんだ」
ブチ猫が鼻先で示したのは、プールアイランドの入口だった。
「向こうの方ってのは?」
「町の方。学校がある方向」
「ふん、なるほど」
俺は2匹に礼を言うと、町の方へと歩き出した。
頭をひねりながら歩いていると、すぐ上空で、バサ、と羽音がした。
見上げると、枝の上に黒い影が降り立ったところだった。
「旦那、水くせえじゃないですか。調査ならあっしにもお手伝いさせてくださいよ」
「おう、クロノスケか! 助かるぜ、お前ら翼のある連中が手伝ってくれりゃあ百人力だ」
「あっしは旦那の片腕、じゃなかった、片翼ですぜ。すぐにここいら一帯を調べてまいりましょう」
「よろしくな。頼りにしてるぜ」
返事がてらに「カア」と一声残すと、クロノスケは再び空へと舞い上がっていった。
古い屋敷が多い住宅地。塀伝いに歩くと、やがて大きな楡の木が見えて来る。木陰には3匹の猫が涼んでいた。
「おっす、久しぶりだな」
「おお、赤虎か。毎日暑いなぁ」
伸びをしながらそう答えたのは、マルって名前の白黒の猫だ。こいつは近所のクリーニング屋の飼い猫で、俺とは顔見知り。
ここでも俺は、ラッパみたいな鳴き声の変な鳥を見なかったか聞いてみた。
「その声なら聞いたよ」
そう言ったのは、ウズって名前の虎猫だった。
「どこらへんで?」
「公園のあたりかな。朝早くに、カォーン、って感じの音」
「それ、俺も聞いた」
もう1匹の灰色猫も顔を上げた。
「先週だよ。えらい騒ぎだったからよく覚えてる」
ジロンという名前の灰色猫によると、それはラジオ体操のときに起こったらしい。
ラジオ体操も終わりに近づいた時、突然音楽がぐにゃりとゆがんだようにひずみ始めたという。
スピーカーからは不気味な不協和音とともに延々と同じフレーズが繰り返され、音源の電源を抜こうが電池を抜こうが、音楽が止められなくなったという。
あまりの気味の悪さに子供たちは泣き出すし、大人たちも怖くなってきたころ、突然ぴたりと音楽が鳴りやんだ。
そして、あの鳴き声が響き渡ったのだそうだ。
「そりゃあ、ずいぶんと薄気味が悪いな」
「だろ? 大人たちも真っ青な顔してたぜ」
そいつは間違いなく、折り鶴の起こした怪異だろう。
でも、なんのためにそんなことをするんだろうか。
俺が考え込んでいると、頭上を黒い影が横切った。
「旦那、ここにいらっしゃいましたか」
クロノスケがスイーっと地面に降りて来た。
「ごくろうさん。何かわかったか?」
「ええ、例の鳴き声は、やはり花咲町内で聞かれてますね。だいたい小学校近くです」
「やっぱりそうか。他には?」
「小学校の校庭でサッカーをしていた子供が数人、軽いけがをしています。サッカーボールが急に変な動きをしはじめて、猛スピードでぶつかってきたと言っているそうです」
プール、ラジオ体操、サッカー。
それらをぶち壊すような怪異と、妙な鳴き声。
「んー、どうもしっくりこねえな」
もう少し情報が必要だ。
俺はマルたちに礼を言うと、クロノスケを連れて移動することにした。
ショッピングモールの屋上。昼間はクソ暑いが、隣のビルの影になる一か所だけはまだ涼しい。
相変わらず誰もいない。俺はいったん人の姿に化けた。
猫のままじゃ、さすがに携帯電話は使えないからな。
『もしもし、まひる?』
「よう姫子。どうだそっちは。何かわかったか?」
『ええ。あの印は、願いを叶えるまじないよ』
「まじか! ソレ俺も欲しい」
『残念でした。これは本人の代わりに依代――つまり折り鶴がその願いを叶えるようにできてるわ』
「なーんだ。じゃあ世界征服とか願ったら、俺の代わりに折り鶴が世界の帝王になるってことかよ」
『そういうこと。しかも、より凶悪なカタチで叶えるように仕組まれていたわ。世界征服を願ったとしたら、征服するはずの世界を滅ぼされてしまう感じね』
「うへぇ、とんだ開運グッズだな」
『ただ、制限があるの。ひとつは、世界征服みたいな大規模なものは不可能ってこと』
だろうな。所詮は折り紙なんだし。
「ほかには?」
『もうひとつの制限は、贈られた者の願いを叶えるものだということ。自分で折り鶴を作っても、自分の願いを叶えることはできないわ』
「なるほどね――だんだん見えてきたぜ」
俺は聞き込みで得た情報を並べる。
プールにラジオ体操、校庭でのサッカーボール。
「なあ姫子。だったら、折り鶴を贈られた者の「本当の願い」って何だと思う?」
『それは……「楽しく遊びたい」とか?』
「正解! さすがは補習出席組だな」
『夏期講習だって言ってんでしょ、このバカ猫!』
「何怒ってんだよ。あ、さては本当に補習だったんだろ」
『違うっての! それにしても、もしアンタの推測が当たってたとしたら、願った者っていうのは……子供?』
「そ。間違いなく小学生。怪異が起こっている範囲からして、恐らく花咲小学校に通ってる」
遠くでクラクションの音がした。少しずつ、少しずつ、空は夕暮れに向かって傾いている。
『で、どうするの?』
「ここまでくりゃ、あと少しさ。明日の朝までには決着つけてやるぜ。渡のほうはどうだ?」
『今のところ問題なし、ですって』
「了解。また連絡する」
「さすがは赤虎の旦那! もう事件は解決したようなものでござんすね」
クロノスケが目をキラキラさせて、俺の顔をのぞき込んでいる。
「ばーか。これからが本番だっつーの」
「では、旦那はこれからどちらへ?」
「ハルさんに会ってくる」
俺がそう言うと、クロノスケはヒェッと言って飛び退った。クロノスケはハルさんが苦手なのだ。
「心配するなよ、お前を連れていったりしないから」
俺は笑いながら、自分の影に身を沈めた。そして、ふたたび猫の姿へと身を変える。
「クロノスケ、今日はありがとうな。助かったぜ」
「何をおっしゃいます! また何かできることがあれば、お声をかけてくだせえ」
俺は尻尾を軽く振って応えると、屋上から柵の外へと飛び降りた。
ご覧いただき、ありがとうございます!是非、また遊びに来てください!