「星降る町の物語」3章 ほんとうは、ほんとう?
学校の帰り、アイリスはいつもより急いで広場へ駆けつけましたが、ヘスペランサはいませんでした。
広場に来ていないときは、彼はたいてい教会の裏の公園で、ひとりでぼんやりしています。
アイリスは教会へと向かいました。
教会の裏の公園のベンチには、ぼんやりと空を見上げて、ヘスペランサがひとりで座っていました。
「こんばんは、アイリス」
ヘスペランサは、かくん、と首をかしげながら言いました。
「こんばんは、ヘスペランサ。まだ、雨は降りそうにないよね」
「約束どおり、不思議な話を聞かせてくれるの?」
逆がわに首をかくんとかしげながら、彼はたずねました。
「そうそう、ヘスペランサに聞いて欲しくて。あれから不思議なことが増えたんだよ」
「アイリスはいつも不思議なことを連れてくる。アイリスは不思議」
くっくっくっ、とヘスペランサは笑いました。
アイリスは、友達が宮沢賢治を知らなかったことと、自分がイフェイオンの存在を忘れていたことを話しました。
アイリスが話し終わるまでの間、首を逆にかしげたり、手首をぐるぐると回したりしていたヘスペランサですが、話が終わると、ふむふむとうなずいて言いました。
「アイリスは、宮沢賢治を知っている。友達は、宮沢賢治を知らなかった。友達は、今も宮沢賢治を知っているか知らないか、わからない」
「うん」
「アイリスは、イフェイオンという少年を知らなかった。友達は、その少年を知っていた。アイリスは、今はその少年を思い出したと思っている」
「『思っている』じゃなくて、『思い出した』んだよ。ねぇ、そんなことってあるのかな? 私、本ばかり読んでいるから、どれがお話でどれが現実か、分からなくなっちゃったんじゃないかって不安になってしまったの」
ふむふむ、とうなずくヘスペランサに、アイリスは続けて言いました。
「それに、どうして毎晩雨が降るんだろうとか、私の両親はどうしていないんだろうとか……今までは、そんなことあたりまえだと思ってたのに、何だかいろんなことが急に分からなくなってたの。私、頭がおかしくなっちゃたのかなぁ……ねぇ、ヘスペランサ。こんなとき、どうしたらいいの?」
ヘスペランサは、少し驚いたような顔をして、しばらくアイリスを見つめていました。
どれくらいそうしていたでしょうか。ヘスペランサはやがて、かくん、と首をかしげると、唐突に風琴を奏ではじめました。
「ほんとうは、ほんとう?」
いつものように、やさしい音色を奏でながら、彼は歌うように言います。
ここのほんとうは、そっちでもほんとう?
せかいのほんとうは、ほんとう?
まちがいが、ほんとう?
ほんとうは、ほんとう?
アイリスは、ヘスペランサの唄をじっと聴いていました。
歌い終えたヘスペランサはアイリスに向き合うと、静かな声で「不安になることなんかない」と言いました。
そして、そっとアイリスの両肩に手をのせて、温かい声で言いました。
「アイリスは何もおかしくなんてない。大丈夫、大丈夫。
ほんとうを探しなさい、アイリス。ほんとうは、いつもじょうずに隠れてしまう。
でも大丈夫。アイリスはたくさんの本を読んできた。出会ってきたたくさんの物語が、アイリスを助ける。ほんとうは、きっと見つけられる。
どちらに進むかは、アイリス、君が決めるんだ。ほんとうを探しなさい。君のほんとうを探しなさい。
大丈夫、大丈夫。アイリスは、きっと見つけられる。僕は信じてる。大丈夫、大丈夫。」
そう言うと、ヘスペランサはかくかくとした動作で、ポケットから何かを取り出し、アイリスの手に握らせました。
そして、何も言わずに立ち上がり、くるりときびすを返すと、向こうへと歩いていってしまいました。
手のひらには、小さな銀色の指輪が残されました。
つる草のような透かし模様が入っていて、小さな石が飾られています。
アイリスは指輪をぎゅっと握りしめて、その後ろ姿を見えなくなるまで見送りました。
あたりはすっかり暗くなり、やがて霧のような雨が降り始め、アイリスは町外れの家に向かって歩き出しました。
ヘスペランサの唄を、ぎゅっと抱きしめたい思いでいっぱいでした。
細かな雨粒がメガネに吹き付けてきます。視界が悪くなるのも構わず、アイリスは霧雨にぬれながら歩き続けました。
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