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点取占い掌編3作

怪獣と仲よしになれる 6点
 この世のぜんぶのすべてにむかついてる。向かいの家の猫きらい。よその家のテレビの音きらい。ひざになすった唾のにおいきらい。通学路緑のペンキきらい。お母さんきらい連絡帳きらい晴れた日の夕暮れのかまぼこみたいなピンクの空きらい。きらいを追い出すためにうおーと叫ぶときらいはもっと大きくなって、気づいたらクラスのやつらを手当たりしだいに殴っている。走ってきた先生に抱きしめられても止まらずに手と足をばたばたさせてふーっ、ふーっ、とうなる。お腹の中が熱くていらいらする。押さえられて首が動かない。だから、殴りそこねたやつらが壁にくっつくみたいに並んで立ったままこっちを見てるのを見てるしかない。手前に机と椅子が生き物の死骸みたいに倒れて重なっている。次の週から空手の道場に入れられる。ごわごわでくさい道着を着せられてサンドバッグを殴る。うおーと叫びながら殴る。ずっとやっていると中指の付け根の骨が盛り上がったとこから血が噴きだして、止まって、かさぶたになって剥がれて固くなる。少し黄色っぽいそれはうろことか角に似ている。もっともっと大きくしたい。怪獣と仲よしになれる。

どこでもくすぐってください 4点
 「どこでもくすぐってください」と、たしかさっき春木と名乗ったやつが言ってきたので「いやや」と答えた。なんでですか、どこでもいいんですよ、と春木は両腕を大きく広げてなおも食い下がる。「いやそれが嫌やねん。ちょっと筋トレしてるからって腹殴ってみ? って言ったりとか、腕相撲しかけてくるやつとかと一緒やん。なんで初対面の男くすぐらなあかんねん」そう言うと春木はほんまにどこでもいいんすけどねえ、と下を向く。こいつ新歓やからって変に印象づけようとしてるな、とピンときて、でもそのまま出席だけで単位をとれる講義の話が始まって、そのことは忘れてしまう。ひと月経ち、ふた月経ち、春木がなかなか気のいいやつやということがわかってくる。夏休みの合宿でまわりにせっつかれながらも幹事をやりとげた春木が、「先輩、アドバイスありがとうございました」とみんなが酔いつぶれたあとでこっそり礼を言いに来る。ぺこりと下げた無防備な頭の後ろにすばやく手をまわし、うなじを思いっきりくすぐると、春木は驚いたように顔をあげるが、笑ってはいない。首を押さえた隙をついて脇や脇腹をくすぐるが、春木はやはりむっつりと真顔のままで、かわりに酔っ払ってころがっていた部員たちが目を閉じたまま笑い出す。部員たちは虫みたいにのたくってげらげらひいひいと笑い、だんだん笑いの輪が広がって、旅館じゅう笑い声でいっぱいになる。

山登りしておにぎりをころがした 3点
 消極的な自殺の一環としてねずみ浄土を探していたところ、山登りしておにぎりをころがしつづけた甲斐あってついに先日、穴を見つけることができた。狭い土の壁に身体をこすりつけながら下に降りていくと、人ほどに巨大なねずみが砂利にまみれたわがおにぎりを暗闇の中に差しだし、これはあんさんのおにぎりでっかと聞いてきた。やや緊張しながらも、はい、そうです、と答えるとねずみは目を閉じてぱくりとひと口食べ、むっと手元を見つめてなんや塩むすびかいなと言った。たしかに、ねずみには十分だろうと具を入れずにただ塩をつけて握っただけのおにぎりをころがしていたのだが、この反応には少し傷ついた。まだ傷つくような心が残っていたのかとふしぎだった。さらにねずみはもちゃもちゃと咀嚼しながら、これ、ブランドはなんですの? と聞いてきたので、正直に、よう知りません、たぶんいろいろ混ざってるはずですがと答えた。でしょうなあ、とねずみは不穏な相槌をうち、ごくりと飲みこむと、すいませんけど弊浄土も昨今希望者が殺到しておりまして、このおにぎりはうまくこさえてありますけどもどうも他の方のような本気を感じないですねえとおにぎりを突き返してきた。あの、御浄土には入れてもらえないということでしょうか、と尋ねると、ねずみはうなずいた。まああの、今回は縁がなかったちゅうことですわな。またお越しくださいや。するとすうっと気が遠くなり、気づくと山の開けたところの草むらにつっぷしていた。穴はどこにも見当たらなかったが、ぐちゃぐちゃにつぶれて指にこびりついた飯粒だけが、夢ではなかったことを語っていた。その日から至高のおにぎりを探求する日々がはじまった。炊飯器のハイエンド品を購入し、山形県産最高級つや姫でおにぎりをにぎりつづけた。研ぎ方、浸水時間、水の量や蒸らし時間。具についても研究し、脂ののった若い鮭を取り寄せ、炭火で焼きあげることに決めた。おにぎりを包む海苔は有明産だ。試食のためにむすんだおにぎりに自分でかぶりついてみると、前歯が海苔にめりこみ、ばりばりっと音がして、香ばしい香りが鼻に抜けていく。割れた飯の間から鮭の身がこぼれでて、わたしは深呼吸をする。つややかな米粒が口の中で星のようにちらばっていく。その一瞬だけ浄土にいる。

(了)

初出:2020/07/22 犬と街灯とラジオ#11 35:40~

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