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vol.1 〈山下町・かずら工芸教室〉 ー集まるきっかけがあって嬉しいんよ

 香春岳のふもと、かつて宿場町として栄え、今なお情緒溢れる街並みを残す山下町。初夏にはひぐらしの声が心地よい秋月街道。この町の一角にかずら工芸のギャラリーがあります。
 このかずら工芸をつくっているのが〈ギャラリーあかつき〉の矢野文子さんです。2004年頃、矢野さんは嵐の後に山から流れてくる屑かずらの束を見て、何かに利用できないものかと思い自宅倉庫に持ち帰りました。引っ張りや曲げに強く、しなやかなかずらの特性を利用して編み籠を作ってみると、作品を見た旦那様が大変喜び褒めてくれたといいます。

かずら工房ギャラリーあかつき 矢野文子さん

実際は簡単なものではなかったんよ。  失敗ばっかしよる。

 ギャラリーあかつきには多くの個性的、かつ温かみのある作品があふれています。そんな矢野さんも今に至るまでは試行錯誤の連続であったといいます。
 手探りで始めた最初の作品は失敗つづき。スプレーで染めたかずらは、時間が経つと湿気で白く変色し、カビが生えてしまって使い物にならず。山から採取してきたばかりのかずらで仕上げた作品は、編み上げた後に乾燥して縮んでしまったそうです。
 つるかずらを採りに行くのも簡単ではありません。山を登ってもなかなか良いものに巡り合わない事もあり、また採ったかずらは重く重労働。それでも矢野さんは「好きだから苦じゃないの」と言います。息子さんが一緒に山に登ってくれたり、作った作品を見に来てくれるお客さんがいたり、かずらを通して人とコミュニケーションがとれる。それが、作品作りの活力になるそうです。

 矢野さんの活動は口コミで広まり、地域のイベントとしてかずら工芸教室を開催する事になります。「まさかこんなに多くの人が興味をもってくれていると思わなかったんよ。」イベントは毎回大盛況を収め、熱心なファンも生まれます。そのうち、「定期的に開催して欲しい」といった意見も多く寄せられルようになり、自宅倉庫を活用した定期的なかずら教室が始まりました。

町内外から人の集まる教室へ

 本格的に始めたかずら教室はいつも多くの生徒さんが参加します。「人に喜んでほしい」という想いから、かずら教室では作品の編み方や技法だけでなく、お茶やお菓子、時には季節のお野菜といったものまでお裾分けしてくれます。
 そんな矢野さんを支えるのは、ママ友時代からの親友、横本さんと中川さん。かずら教室では縁の下の力持ちとして、準備片付けやお茶出しだけでなく、生徒さんたちへの気遣いや、おはなし相手にもなってくれます。同年代であった事もあり、お子さんが幼稚園生の頃から家族ぐるみで仲良し、おしゃべりが大好き。かれこれ40年以上の付き合いで、住む場所が離れた今でも山下町で常々集まっているそうですが、話は尽きないと言います。

”先生とかじゃなくて、一緒になって ああやないこうやないて  言い合うのがいいんじゃない それで、楽しくって輪ができていく”

  「ケンカは一度もしたことないけど、しょっちゅう言い争いはするんよ。でも、おしゃべりしているうちに自然と笑い話になっていくんよ。」と中川さんは言います。 
 「今日は三人お揃いのピンクのポロシャツを着るはずだったのに、私だけ派手なピンクのポロシャツで恥ずかしいがぁ。」と横本さん。 
 こんなやり取りからも、お三方の豊かで自然な人間関係と仲睦まじさが伺えます。時が経っても変わらない仲良し三人組の関係は地元山下町でも有名で「かずら教室の雰囲気が楽しいから来てるんですよ、来たら次回も来ずにはいられない。またね、気付いたら地べたに座り込んでしまうぐらい夢中になっちゃうんですよ」と地元の方は言います。

 「手先は器用な方じゃないけど、かずらを編むのは好きなんよ。」矢野さんの黙々と動かす手に力を感じます。あたたかく柔らかいその手は、おしゃべりしながらもずっと動いています。初めて来られた方でも不思議とリラックスした気持ちで、思い通りの作品が仕上がるのは、矢野さんマジックにかかっているからでしょうか。
 中には「一度しか欠席したことない。ほぼ皆勤賞」といった方もみえます。「ここに来るといろんな人に会える」「来るのが楽しみ。ずっと通い続けたい。」皆が揃って口にすると、矢野さんの顔はほころび、みんなを笑顔にさせます。そこには優しく豊かな時間が流れていました。

山下町・かずら工房ギャラリーあかつき

旧香春小エリア・山下町周辺
 江戸時代には小倉領内の宿場町として栄えた香春町。なかでも、ここ山下町は小倉街道の名残をとどめ、通り沿いに軒を連ねる家々は、支え合いながら密接な人間関係を築いてきました。

香春町って
 春が香る町と書いて「香春町(かわらまち)」。福岡県の筑豊地域の北東部に位置し、石灰石の産地として日本の近代化を支えてきました。
 町のシンボル「香春岳」をはじめ、山々に囲まれた里山の暮らしは、都心部からのアクセスの良さもあって、登山好きや、歴史好き、手作り暮らし好き、半農半X志望者などさまざまな個性を惹きつけます。
(アクセス:福岡市から約70分、北九州・小倉から約50分)

ハダシノステージ01  2021年秋号



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