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ヘルスケアビジネスにおけるマネタイズの共通項を考察する

ヘルスケアビジネスのマネタイズのは難しい

健康・医療・介護を含んだヘルスケアという市場は、人口動態から推測されるように今後も拡大が予想される数少ない市場の一つであり、その市場規模は2030年に37兆円規模にまで到達すると言われています。

その一方で診療報酬を含めた制度の複雑性や、支払者と受益者が異なること、さらには自覚症状がないため個人が予防に投資しないなど様々な要因によってヘルスケアビジネスのマネタイズの難しさを良く耳にします。

またここ最近では、医療専門職による起業なども増えており、現場感や患者様目線かつ、専門性の高い知識に裏付けされたサービスなども増えてきている印象です。ただし、患者様・利用者目線で良いサービスであることは最低限の必要条件です。

『良いものさえ作れば売れる』→『ビジネスとして成功する』という単純なものではなく、サービスや事業を持続可能な仕組みにするためには”適切なマネタイズの仕組み”を構築することが重要です。

そこで、多分に私見を含みますが今回はヘルスケアビジネスをマネタイズという軸において考察をしたいと思います。

ヘルスケアビジネスのプレーヤーとビジネスモデル

ヘルスケア業界におけるバリューチェーンでは、複数のステークホルダーが存在し、複雑に関係し合っています。ビジネスモデルを考える上では、以下のステークホルダーの役割とキャッシュの流れをある程度理解しておく必要があります。

Patient : 患者
Provider:医療機関や薬局
Payer:公的保険者(健康保険組合など)、民間保険会社
Supplier:製薬企業や医療機器メーカーなど
Goverment:政府

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誰の何を解決するのか?どんなビジネスモデルがあるのか?

以下にヘルスケアビジネスを誰からマネタイズしているかを軸に提供されるモノ・サービスの一部を整理をした表を示します。

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こちらの表を見てわかるように一言にヘルスケアという市場においても上記のように多様なビジネス・サービスが存在することが分かります。

では、マネタイズ手法の共通項はあるのでしょうか?特に従来からのビジネスモデルではなく、新規事業として新たなキャッシュポイントを作るという視点で新興企業を中心にいくつかの企業を分析していく中で感じたポイントを3点にまとめました。

マネタイズポイントの共通項

あくまで私見にはなりますが、いくつかの企業を分析していく中でマネタイズを紐解くポイントとして以下の3点に集約されるのではないかと考えました。

① 複数のステークホルダーのペインを同時に解決する
② 同じステークホルダーの複数のペインを解決する
③ より深く強いペインを解決する

それぞれのステークホルダーへのビジネスモデルにおけるいくつかの事例を見ながら考察していきたいと思います。

※以下に示す企業と所属企業ならびに個人的な利益相反関係はございません。また公表されているデータからの個人的な考察になりますので、本記事が原因で発生した損失や損害について、一切責任を負いかねます。ご了承ください。心からリスペクトをしているただのファンです。

Payer向け事業の事例

Payer向け事業として取り上げたいのは「JMDC社」です。JMDC社は、公的保険者である健康保険組合を中心にレセプトや健診データ分析など保健事業を支援するWEBツール「らくらく健助」や加入者の健康管理や健康増進を支援しPHRとしての役割を果たすツールである「PepUp」などをサービスとして提供しています。

すでに250を超える保険者に導入され市場に広く受け入れられているサービスですが、JMDC社の強みはこれだけではありません。

それがデータの利活用です。健保組合向けサービスからレセプトや健診データと言った医療ビッグデータが集積し、さらにPepUpを通して加入者のライフログ情報などを収集できます。これらのデータを加工し、製薬企業や生命保険会社などへ販売することで、更なる収益を得ています。

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売上高としてはデータ利活用事業の方が健保組合向けの事業支援の約3倍の規模があり、後ろ側でさらにキャッシュをつくる仕組みにより、安価で健保組合向けにサービス導入を可能にしています。また、下図を見ていただいて分かるように多数のキャッシュポイントを形成している点が特徴です。

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JMDC社が解決しているペイン

・保険者の医療データマネジメント支援(レセプトや健診データなどの複雑な医療データを簡易に分析できる支援ツールの提供)

・保健事業におけるポピュレーションアプローチの支援(PepUpを通して組合員の方にインセンティブを付与した健康増進事業や情報提供の実施)

・製薬企業に医療データを提供することにより市場調査の支援、上市後の治療効果や副作用の発生分析に活用いただく

・生命保険会社に医療データを提供することにより、新しい保険商品設計や保険の引受基準設計に活用いただく

マネタイズの特徴

保険者向けの事業により、保険者の業務支援を中心としたサービスを提供し、そのサービス内で収集した他社が持ち合わせない大規模な医療データを製薬企業や生命保険会社向けに販売することで、一連の事業の中で複数のステークホルダーのペインを解決し、複数のキャッシュポイントを作っていることが大きな特徴です。


Provider向けの事業

Provider向けの事業として取り上げたいのは「メドレー社」です。メドレー社の収益の柱となっている事業は、医療介護求人サービスとしての「ジョブメドレー」です。既に21.6万件の事業所に導入がされており、これは、全国の事業所の約20%に当たるほど強固な顧客基盤を形成しています。

さらに医療機関向けにオンライン診療やクラウド型診療支援サービスである「CLINICS」、薬局向けにはオンライン服薬指導支援ツール「Pharms」を提供しています。また、2020年12月には電子カルテ「MALL3」を提供しているパシフィックシステム社をグループ化し、さらにProviderへの提供価値を高めています。

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メドレー社が解決しているペイン

・大手医療専門職の人材紹介では採用しづらく、かつピンポイントでのニーズの高いのコメディカルスタッフ(医師・看護師・薬剤師以外)の採用プラットフォームを提供

・中小規模事業者が使いやすいように成果報酬型かつ、業界水準より安価での提供(従来の人材紹介:年収比20-35%、ジョブメドレー:2-13%)

・デジタル化に悩む中小規模事業者に対して、クラウド型電子カルテや検索予約などの診療支援ツールやオンライン診療、オンライン服薬指導ツールを導入

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マネタイズの特徴

先行していた大手人材紹介サービスとは違う切り口で、人材採用PFサービスからマーケットイン。その結果、中小規模事業者をも含めた大規模な顧客基盤を構築を達成。

特にデジタル化に悩む顧客のペインを解決するツールを導入促進を行うことで「同じクライアントの異なったペイン」に対して、それぞれソリューションサービスを提供することでアップセルを重ねています。

また医療PF事業の方が人材PF事業と比較し、1クライアント辺りの売上規模は大きく、いまだ導入件数は人材PFの2.5%程度であり、既に有している顧客基盤における今後のポテンシャルもかなり大きいことが予想できます。


Supplier向け事業

Supplier向けの事業として取り上げたいのは「Welby社」です。Welby社は、PHR(Personal Health Record)のドメインを代表する企業であり、唯一無二のポジションを確立しつつあります。

WelbyのPHR事業は、製薬企業などのSupplierからの依頼で疾患特化型の疾病管理アプリを構築し、アプリから収集したライフログやユーザーからの症状の記録など製薬企業にバックする疾患ソリューション事業と、生活習慣病などの管理を利用者がアプリ上で実施し、主治医と連携することで診療支援を行うマイカルテ事業の2種類があります。

売上構成比としては、疾患ソリューション事業で約80%、マイカルテ事業で約20%程度であり、医療機関側からもマネタイズを行っています。

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Welby社が解決しているペイン

・これまで薬を服用している患者さん本人と大きな距離があった製薬企業に対して、患者さんの生活の様子やまた詳細な効用、副作用についてのデータ収集を可能にしている

・疾患をお持ちの方のプラットフォームが形成されることで臨床研究の実施や、疾患特有のペインを解決する商品のEC販売などが今後期待できる

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マネタイズの特徴

製薬企業にとって自社の薬の服用者との接点の形成にはかなり深いニーズがあったことが想像されます。その証拠に上場時の売上先構成比をみてみると、上位7社で売上高が半分弱を占め、1社あたり数千万円規模となっており製薬企業側のペインの大きさがうかがえます(上図)。


Patient/User向け事業

最もヘルスケアビジネスにおいてマネタイズが難しいと言われているのがtoC(一般消費者向け)ビジネスです。

この領域でマネタイズに成功した事業と言えば、エムティアイ社の「ルナルナ」でしょう。ルナルナは2001年に携帯電話で利用する生理日管理アプリとして登場し、今では、1,600万ダウンロードを誇る巨大サービスです。

無料機能は生理日管理機能を中心としたアプリでしたが、有料版では、妊活支援機能としてルナルナがこれまで蓄積してきたユーザー情報から構築したオギノ式とは異なる制度の高い排卵日予測のアルゴリズムに基づくサービス提供を行いました。

これは、妊活を希望されるユーザーに響き、2011時点では有料ユーザー会員が200万人(月額約200円)を超える規模にまで上ったと報告されています。現在では、さらに不妊治療などの支援やオンライン診療サービスなどとの連携もで更なるユーザーニーズへ応える機能が追加されてきています。

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エムティアイ社がルナルナで解決しているペイン

・女性が自分らしく生きることをエンパワメントするべく、日々の生理日管理を含めた体調管理ができるアプリを無料で提供

・妊活という非常にニーズの大きい課題に対して、絶大な信頼と規模を誇る「ルナルナ」のこれまでの利用データに裏付けされた妊活支援サポート機能を提供


マネタイズの特徴

無料アプリで大規模なユーザー基盤を獲得し、利用者との信頼関係の構築をした結果ユーザー情報の収集に繋がり、このユーザー情報から生み出されるルナルナでしか構築しえないアルゴリズムは最大の強みといえるでしょう。そして、非常にユーザーニーズの大きい「妊活」機能を有料化し、これまで他社には真似できないサービスで妊活支援を行いニーズに応えていることが大きな特徴です。

ヘルスケアビジネスにおけるマネタイズ

ヘルスケアビジネスのマネタイズについて各ステークホルダーに対する事業の一例を紹介いたしました。様々なヘルスケアにおけるビジネスモデルを分析した結果、マネタイズのポイントとして前述のように以下の3点であると分析しています。

① 複数のステークホルダーのペインを同時に解決する(例:JMDC社)
② 同じステークホルダーの複数のペインを解決する(例:メドレー社)
③ より深く、強いペインを解決する(例:Welby社、エムティアイ社(ルナルナ))

ヘルスケアサービスは、社会や患者、利用者の健康増進にいかに貢献するかが最終ゴールとなっており、高い志や理念に基づくものがほとんどです。

こうした取り組みを持続可能なものとし、さらにはより良いサービスにすべく投資をし続けるためにもマネタイズは無視できない重要なポイントです。残念ながら事業活動は、奉仕精神や大きな志だけでは社会課題を解決するまで大きくなれませんし、長期的に続けることが困難です。

今後、ヘルスケア領域におけるサービスがたくさん生まれ、社会がより良いものになっていくことを願っており、この記事がへルスケア領域での起業を目指す方や新規事業の立ち上げの一助となれは幸いです。


参考文献

ビジネスモデル図解のコツ(ツールキットを拝借しました)
JMDC社決算資料(2020年3月期通期決算、2021年3月期第三四半期決算)
メドレー社決算資料(2020年12月期通期決算)
Welby社決算資料(2020年3月期通期決算、上場目論書)
エムティアイ社決算資料(その他プレスリリース含)


この記事を読んでヘルスケア領域の事業に興味を持っていただいた方にお勧めの本

2021年2月17日発売
加藤浩晃(著、編集)デジタルヘルストレンド2021: 「医療4.0」時代に向けた100社の取り組み

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弊社も寄稿させていただき内容も拝見させていただきましたが、これだけ多くのヘルスケア企業の事例がまとまっているものは貴重であり、非常に読みごたえがありました。全紹介企業のビジネスモデルを図示して分析したい欲求にかられています(笑)

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PREVENTでは、ヘルスケア領域で「一病息災」をかなえるべく、慢性疾患を抱える方へのデジタルヘルスを活用した重症化予防に取り組んでいます。一緒に大きな社会課題を解決する仲間を募集しておりますので、興味がある方は、ぜひコンタクトください。


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