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大阪礼賛 斟酌忠恕篇


00:40

スマホに表示されている経路に沿って
冷たい風を切って歩く。

鶴橋駅、予定到着時刻は02:19とある。

心は混乱している。
その理由はライブ後の自身の言動について
心の中での問責を始めたからである。

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脳内議会は紛糾した。

あらゆるものから逃げて
自己満足させている、怠惰極まる生活。
それを恥もせず語り理解を求めましたね。

いいや、理解は求めていない。
ただ、私を認識してほしかったのです。

それが自分への甘えだというのです。
承認欲求に経歴を使わないでいただきたい。

過ちや罪を「思い出」などと言い変えて
音楽で癒しているなどと
よくも言えたものですね。
お前には何の資格もない癖に。

今回の問責で一番問いたいのは
他者への配慮のなさが目に余る点。

特に最愛の人を亡くされた人へ
弔意を伝えることもなかった。

友情や愛情を語り伝えたいなら
まず、すべきは人間らしい行動だ。
普通のことが、なぜできない。
その愚かしさの責任は誰にある。

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自分を責め立てる厳しい言葉が駆け巡る。
誰も悪くない。全ては自分の行動で
その責任は自分にしかない。

自分の暗部を、菅野さんへ晒すこと
思い返せば恥ずかしい言葉が並ぶ。
それらは自分の弱さに他ならない。


結論はいつも早く下される。

これは答えのない詰問だ。
不毛な議論はこれまで、何度もしてきた。

いいか、考えることを止めるぞ。

「いくら後悔したところで」だし
「失敗は繰り返される」のだ。

お前が善人であろうとなかろうと
そこに変わりはない

わかっている。

まぁ、しかし。
一旦落ち着いたとしても
記憶とは忌まわしいもので
後悔の波が逡巡するものだ。

それも、変わらないものである。

今回の帰路はきっと
この思いの繰り返しだろう。

シンプルな帰路プランとは裏腹に
思考迷宮への落とし穴は常に足元にある。

しんどい帰り道の予感がしている。

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あらためて地図を確認する。
ゆっくり歩いたとしても
3時間はかからないな。

途中からは前回と同じ道になる

…いや、到着地点を変えよう。
目標を大阪上本町へ変える。
今回は歩く距離が長い
少しでも近い方がいいだろう。 

それに、精神的にも歩きつく前に
気力が尽きないか、その不安がある。

「過去を掘り返しすぎだ」
私を見守る心の支えと
「のんびりいけば辿り着くでしょ」
相変わらずのマイペースが
今夜はやけに心強い。

住宅地を横切る。
左手に小学校が見える。
子どもが減る未来について思う。

子どもを育めないのは、結局のところ
国の失政なのだと感じるのだが
国は個々の国民の問題と考えているのだろう。

誰もが誰かに責任を押し付けたいのだ。

子どもが少ない社会より、近い将来
大人が少なくなる社会をについて
すぐに考えなければならなくなる。
10年、20年などすぐに経つ。
本来ならば時間に鈍感ではいられない。
それを認識している人間は
今、どれほどいるのか?

 

南下した先は大きな通りへ出て
大きな病院と、大規模な浄水場が現れる。

左手は静寂。医院は眠りについている。
右手からは、遠く低いモーター音と水の音。
ザァザァと水の落ちる音がしている。

 

川が近い。

それも大きな川だ。

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 01:14

淀川 長柄橋

小高い堤防に行きつき、橋を渡る。
大きな川は見慣れている。

三重県と愛知県の間には
でかい河川が、3本も流れている。
揖斐川、木曽川、長良川。
社会科の授業で習うだろ知らんのか。

 

しかし、夜の川というのは怖い。
海ほどではないが。
その黒々とした大きな水の塊が
大地に横たわり、時折うねる。
一つの巨大な生き物のようにも感じる。

左手を欄干に手をかけ立ち止まる。
うつむきつつ川を見下ろす

「お前に飛び込んだら
 俺を大阪湾あたりまで運んで
 吐き捨ててくれるのか?」

真っ黒な闇が口を開けている。
闇は何も答えない。
何一つ果たしていない男の願いなど
答えるに値しないのだろう。
小さく笑い捨てる。

顔を上げ右手奥、道を挟んだビル群を見る。
あちらは梅田方面らしい。明るいなぁ。

「うう、止まると寒いなぁ」

橋上に冬の風が流れる。
また歩き出す。


橋を渡りきる。
大通りは、堤防の下り坂となり
右へゆるくカーブしている。
大通り横の細い側道だけは
やたら直進に見える。

ああ、ここに出たか。

淀川から橋を渡った先
この道、この角度、この配置
来たことはないが、地図上での記憶がある。

この直進の先は、天神橋筋商店街だ。

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何か発見があるかとも、
と、少し期待したのだが
商店街は深夜。
ほとんどが眠りの中である。

歩いたことのない場所ではあれど
この先は3週前に歩いた道へ合流する。
期待する気力も沸いてこなかった。

また、以前も寄ったトイレに寄ろう
扇町公園がなくなることはないだろうし。

長く明るいアーケード街をゆっくり進む。
カンテレそばまで来て右折。大通りへ出る。

飲み屋か何か、飲食店が開いているらしい。
サラリーマン風の男女がバカ騒ぎしている。

そうか、今日は日付が変わったが金曜日か。
金曜25時。なんだか警察の番組みたいだな。

騒ぐ彼らを通りを挟んで眺める。
仲の良い同僚、職場の仲間、信頼ある上司。
そんなものは世の中にごまんとあるのだろう。 
自分の平日と見比べると羨ましくある。

…まあ、土日祝は真逆だから
バランスは取れてるのか。

信号待ちに深いため息をしたあと
トイレへ急ぎ用を足す。 


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02:00

トイレから出ると、さっきまで騒いでいた
サラリーマンの一団は通りから消えていた。
タクシーでも拾ったのだろう。

考えるのに疲れていたので
ここからは前と同じルートを辿ろう。

空腹感はなかった。ただ、前回より
アルコールの摂取量と疲労感が多すぎた。

疲労感。そうだ、あまりに疲れている。
なぜか?当然の話だった。

日のあるうちずっと、重たい盆栽や
鉢や石を運ぶ「荷運び」をしていたのだ。

そんな身で夜中の遅くまで
街をふらつくなんて
本来あってはならない。

けどあるからなぁ。困るなぁ。

往路の移動中は
今回の遠征に向けての希望について
つらつらと書くことができた。
たぶん、銭湯の紹介くらいまでは
何も問題なく書き出せるだろう。

だが、正直、今日のライブ後はどうだ。
自分の気持ち悪さを、どう文章にする?

自信ないなぁ…。

楽しかったこと考えたらどうか。
嬉しかったこと思い出したらどうだ。
ウーン、やってみよう。

おでんの「だし巻き卵」美味しかったなぁ。
ライチのお酒もいっぱい飲んじゃったし。
煮卵&メンマも、うまくて堪んなかった。

菅野さんはこう言ってたっけ
「ひかり」は久しぶりに演奏した。
リクエストなければ弾かなかった。
改めて良い曲だなー、と。

ありがたかったなぁ。


中之島を渡り、川沿いを行き
京阪天満橋駅付近まで来る。

いや、騙し騙し来たが。疲労がピークだ。
空港リムジンバスのりばのイスにかける。

時計は02:45の表示。
こんな時間だ、少しばかり休んでても
誰かに迷惑はかからんだろうて。

目を閉じ、闇に落ちる。

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03:45

ぐぎぎ…

さ、寒い…

目を開ける。
時間は1時間たっている。
寒さが数段階、凶悪さを増している。
かなわん、耐えられん。
流石にバカでも風邪ひくぞ。

すぐ近くにコンビニがあったはず。
ひとまず避難しよう。

のそのそと歩き、コンビニへ入る。
店内はそんなに暖かくないなぁ。
長居せず出よう。缶コーヒーを買う。

今、思えば。
この時なぜカイロとか
もっと適切な物品を購入しなかったのか。
まだ酔っていたか、寝ぼけていたか
疲労で判断力が減衰していたか
その全部か。


がんセンター前や、大阪城を経由する。
今回も天守閣を目指すことはなかった。
公園内の松柏の写真を撮ることもなかった。

寒くて。目もくれてらんない。

とにかく寒い。目的地へ急ごう。
寒くて吐きそうだ。



45分ほどをかけ、
大阪上本町駅近くまで来る。

おそらく駅への入り口は
まだ開いてないだろう。
何時に開く?5時くらいか?
根拠はないが、5時としよう。
時間まであと30分ほど。

先の交差点に、なか卯が見えるが
動く気力は尽きていた。

上本町六丁目バス停のイスに座り
時計のアラームをセットする。
少しぬるくなったコーヒーを
両手で包み、また少し目を閉じる。

まとめて寝てくれませんかねぇ…


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前回の鶴橋駅は待機できるような場所に
巡り会うことがなかった。

だが今回は違っていた。大阪上本町駅は
近鉄大阪線、近鉄奈良線の始発駅であった。

5時ぐらい。
むっくりとイスから立ち上がるゾンビ。
フラフラと駅の地下への階段をくだる。

構造がよくわからなかったのだが
あとで調べてみると
大阪上本町駅は近鉄難波線や
Osaka Metroの千日前線も内包する
デカハブ駅であった。

ゾンビは名張行き始発の電車が出る
4番ホームを探した。

駅が広い。

広いが、しかし…

あったか~い!

みるみる人間性を取り戻すゾンビ。
4番ホームを見つけると同時に
待ち合い室を見つけ、完全に人間に戻る。


待ち合い室
すっかり冷めたコーヒーを
眠たいからだに流し込み
始発の時間まで微睡む



05:41
いつ電車に乗ったか覚えていない
名張まで眠ろう…すぐに意識を失う



06:46
名張駅
うう…乗り換えしないと…
駅のホーム向かいの電車に移動…
うー…えー、なにこの寒さ…意味わからん
大阪が可愛く思える、寒さ。

そう言えば寒波がくるだの
ニュースで言ってたっけ…。
今来るか。つらいわ。

電車を移るもまだ寒い。うう。
目を閉じ眠るに努める。


07:10
西青山駅
突然のこと。寝てられない事態が発生する。

足が、つった。

前日日中の労務と、夜間の長時間歩行
早朝から今まで横にならずの座った体勢。
それらが、限界値を越えたのだろう。

通学の学生が増えてきた車内で
腓返りを治そうと必死の男ひとり。

押し殺した呻き声が
ガタゴトいう走行音に溶ける。


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12:45
津市某所

あのあと、足は誤魔化し誤魔化し。
しかし、大事はなかった。

伊勢中川駅の駅ナカのコンビニで
朝食と水分を買い、1時間ほど休む。
だいぶ回復した。
定時となり「みどりの日」へ繰り出す。

盆栽たちは何も言わない。
今の私には、ありがたかったりもする。

午前中に菅野さんから
昨夜のお礼のDMがくる。

少し悩むも、恥を忍んで
正直な気持ちで返事を書く。

対する彼の答えは
とても温かいものだった。


ブーゲンビリアが揺れている
彼と彼の歌を思い出す



明るすぎる昼間に、夜の影は探せない。


昨日の夜のことは夢だったんじゃないか
そんな風にさえ、思えてしまう。

ポケットに手を入れると何かが当たる。

おや、これは…なんだった?

取り出してみる。


ああ、夢ではないのだな。

宝石



寒さは昼も続いていた。
つらい日々は色褪せない。

それでも喜びはあるし
感謝は尽きない。

どう生きていくか
決めるのはそれぞれだ。


願わくは、過渡期に立ち会う
友人たちの行く先に

ひかりあるように。






おしまい



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