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短歌「春の夢」

ことば交はすことなく逝きし父なれば語らはまほし春の夢みむ

 息絶えた父の身体はまだ熱かった。亡くなるまでの一週間ほど、ずっと体温は38度台だった。その未明も脇の下に体温計をはさんで「まだ38度6分……」とため息をつき、ふと見ると息をしていなかった。もうことばは発せられなくなっていたから、臨終を見届けられたとて何か会話が出来たわけではない。だが、最期に何かことばをかけたかった。ちょうど前日が母の誕生日で、「今日はおかちゃんの誕生日やから、一緒に飲もらよ」と言って、父の唇を酒で湿らせた。その目は笑っていたから、ことばは通じていたと思う。

 自宅で父を見送れた。さまざまな哀しい別れを思えば、それだけで幸いとすべきではあるが、心残りと言えば心残りではある。

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