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【創作】OVER

祭壇の上には花に囲まれてぎこちなくはにかんだ顔が飾られている。
俺はぼんやりとその笑顔を見て、子供の頃にあった爺さんの葬式を思い出していた。

実家の狭い仏間に坊さんが来てお経をあげていたこと、正座しながら意味の分からないそれを聞いている時間が辛かったこと、庭に所狭しと並べられた花輪のこと。
あれから十数年、葬式なんてものに出たことがなかったのは近しい人に不幸がなかったということであり、それは幸せなことだったのかもしれない。

郊外のセレモニーホールは記憶の中の仏間と違って広々としていた。
まだ受付も始まっていない時間ということもあって、スタッフと思しき人たちが周囲をせわしなく動いており、その真ん中で無言の留美がいる。
そして俺はその傍らでそんな彼女の顔を見つめていた。
お互いに言葉を交わすことはもうできない、俺と留美との時間はもう終わってしまったのだ。

お互いの仕事終わりの時間を合わせて待ち合わせ、デートをするのが金曜日の俺たちの決まりだった。
プランを考えるのは毎週交代で、あの日は俺の番。
駅前にある行きつけのイタリアンレストランに予約を入れていて、その後はレイトショーで新作映画を見るか、飲みに行くかと考えていた。
駅前で待ち合わせるはずだったが、急な残業が入ってしまい遅れる旨を留美に連絡をすると、
「じゃあ先にレストランに行って待ってるよ、いつものあそこでしょ?」
とあっさり返事が返ってきた。
そんな日常の些細なやり取りが、最後だなんて思うはずもなかった。
残業をさっさと片付けて会社を出る、駅まで急いで3分、電車に乗って目的の駅までは3駅、駅前のロータリーから路地に入ればすぐにレストランだ、入って右奥のいつものテーブルに座った彼女に「ごめん」と謝り、そしてお詫びにデザートのケーキでも奢ろう。
そんな風にしていつものように進んでいく、はずだったのだ。

「どうして……」
ふと気づくと小さな嗚咽が漏れていた。
広いホールの中、スタッフがせわしなく動くその中で、それはまだ小さな音であった。

あの日レストランの前の通りで起きた自動車事故は、翌日の新聞によると運転手の飲酒が原因だったそうだ。
車は駅前のロータリーから路地に入り、およそ300メートルほど蛇行して暴走したのちに電信柱に突っ込んで停止したという。運転していた若者はその時に頭を打つ軽症だったというが、それは逆に彼にとっては辛い人生の始まりになってしまったのかもしれない。
通行人の5人が重軽傷、そして1人が死亡した。

嗚咽は次第に大きくなってきていた。
スタッフのうち数名がそれに気づいたようで、作業の手を止めてこちらの様子を伺っているのが視界の隅に見えた。

「どうして……死んじゃったのよ……!」
そして堰を切ったように流れ出した涙とともに、留美はその場で崩れ落ちた。棺桶に眠っている「もう一人」の俺に縋りつくように……。
慌てたスタッフ達がざわつく中、ちょうどホールに入ってきた留美の友人が彼女に駆け寄り、宥めるように背中をさすっていた。

「さて、そろそろお時間のようですね」
そう言って祭壇の裏から一人の黒服の男が顔を出した。閻魔大王の使者だと名乗ったその男は続けた。
「この度はご愁傷さまでございました。準備はよろしいでしょうか?」
こちらの返答を待つ前に男は小さく指を鳴らした。するとふわりと俺の体が浮き上がっていくではないか。
天井を突き抜けるかどうかというタイミングで、泣き崩れていた留美がハッとしたように顔を上げたのが見えた気がした。


■あとがき
文章を書くこと自体がとても久しぶりなので、リハビリがてらに昔に書いた作品をリファインしてみました
その頃も一時期ネットで公開していたので、もしかしたら「似たような話を見たことがあるぞ」と思う方もいるかもしれません

当時も書きましたが、Mr.Childrenの同名曲から「あれは死別の歌では?」と思いついたネタです、どういうわけか友人には激しく否定されましたが…

こんな感じで、気が向いたらショートを中心にまた何か創作していければと思います。春日でした。

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