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フィリピンで聞いた怖い話③【学校のトイレで見た地獄】


セドリックが人生で一番怖い思いをしたというのは、次のような話だった。


これはセドリックが小学4年生、年齢でいうと8,9歳くらいの時のこと。奇しくもまたもや彼が朝学校に行ったときの話だ。

その日は1人でなく、友達2人と一緒に登校していた。

学校に着いてすぐ、セドリックはトイレに行きたくなった。しかし友達は行きたくないと言う。なので一人で向かった。


セドリックは学校の1階の便所に駆け込んだ。中は電気がついておらず真っ暗だった。構わずセドリックは中に足を踏み入れた。


入ってすぐ、何かを踏んずけた。

奇妙な感触だった。何か、柔らかいもの。


床が濡れている感覚もあった。

しかし暗くて何も見えない。だから電気をつけた。

一瞬で明るくなる室内。全てがセドリックの目の中に飛び込んできた。





―――血の海だった。


床一面、壁に至るまで血塗れだった。

血の中に何かが散乱していた。便器の中にそのひとつがぶら下がっていた。

それは人の手だった。

足元を見る。さきほど自分が踏みつけたもの。もうひとつの腕だった。

絶叫をあげるセドリック。半狂乱になりながら友達の元へ戻った。今見たものを友達に話す。にわかには信じてくれない友人たち。彼らも同じトイレへ入り、そこで同じ地獄を目の当たりにした。セドリックの幻覚や妄想では無かったのだ。



 すぐに先生を呼び、そして警察が来た。やってきたのはSOCOだった。

SOCOとはScene of the Crime Operatives—フィリピンでの凶悪犯罪を調査する警察部隊で、アメリカでいうFBIみたいなものらしい。

彼らの捜査によって、これは同学の女子生徒の遺体であることが分かった。他でもない殺人事件だった。

殺された生徒は当時のセドリックより年上の6年生であったという。セドリックも知らない子だったそうだ。



ところで犯人はすぐに見つかった。そいつは学校のすぐ近くに住むヤク中だった。

ヤクで頭おかしくなったこの男は学校に侵入し、この女子生徒をレイプし、殺し、バラバラにした。なんともあっけなく不条理なこれが事件の全てであった。


なぜ、どうして、この男はこの女子生徒を狙い、ただ手をかけただけでなくこのような残虐な行為に及んだのか、それはセドリックにも誰にも分からない。その男がどのような人物だったのかということも、イカれたヤク中であったということ以外、周りの噂話からも浮かばなかった。

がしかし、この犯人がその後どうなったかというのは、セドリックも知っていた。

俺が何気なく、「そんな鬼畜にも劣る野郎は地獄行きだね」と言うと、セドリックはこう言った。「もう、堕ちたよ」




男は逮捕された後、しばらくして姿を消した。警察の取り調べ所から留置所へ送られるはずだったその日、男は何処かへ居なくなってしまったのだ。

そこから数日後、男は郊外の林の中で発見された。

発見されたのは、木の下に吊るされたそいつの生首だった。

誰がやったのか、今だに分かっていない。しかし地元の人々にとって、誰がこの男に制裁を下したのか、見当はついていた。

「これは噂なんだけど、殺された女の子のお父さんは地元の警察署長だったらしいんだ」

セドリックは言う。「男は留置所に送られるはずだった日にいなくなったんだ。そんなの、警察以外、誰も連れ去れるわけがないじゃないか」


この話はこれで終わりではない。事件にはまだ被害者がいた。他でもない、惨状を目の当たりにしてしまったセドリック自身だ。

あんな恐ろしいものを目にしてしまったのだ。当然、深い深いトラウマとなった。数週間学校に行けなかった。トイレにも行けなくなった。しばらくはお母さんに付き添ってもらわなければオシッコもできなかった。同じものを見た友達と一緒にカウンセリングを受ける日々がしばらく続いた。大人になった今でも、真っ暗なトイレの電気をつけるとき当時の記憶が蘇り、吐き気がすると言う。



あまりにブッチギリの話に面食らっていると、セドリックは付け加えるようにこう言った。

「嘘だと思うならニコに聞いてくれ。あいつも知ってるから」

ニコとは同じ現場で働いてる仲間のことだ。ニコはセドリックの昔からの幼馴染で、兄弟分みたいな仲だ。セドリックのFacebookにも彼と十代のころからつるんでいる写真がある。

しかし、結局俺はニコに裏を取るようなことはしていない。あまりにショッキングな話過ぎてちょっとにわかには信じがたいが、だからと言って疑う理由も俺には無かった。

「ファック。俺、腕、踏んじまったんだよ。柔らかかったよ。今でもあの感触が忘れられないよ。ファック。」

そう話すセドリックは照れ笑いするようにはにかんでいたが、さっきから鳥肌の立つ自分の腕をさすり続けていた。



それからしばらくして、俺はセドリックの家に遊びに行くことがあった。奴の家の前に腰掛けて2人でビールを啜っていると、ふとセドリックはある道の先を指さした。

「ここをまっすぐ行くと、俺の通ってた小学校だよ。ほら、前に話した・・・」

セドリックは今も生まれ育った地元・家に住んでいる。

家の前はセドリックの親戚やら友達やらがやたら通り、声を掛けて来る。一杯差し出すと景気よく飲み干し、何事もなかったかのようにバイクで走り去っていく。

きっと昔から変わらない、ざっかけのない、どこにでもあるマニラ下町の姿がそこにはあった。

もしあの話が作り話ではなかったら、今、俺がこいつと眺めているこの風景は、セドリックがあの日見た惨劇と地続きで繋がっている。

なんとも言えない奇妙な思いがした。


ちなみにセドリックの近所、というか奴の家の目の前の一軒家について、もうふたつほど”奇妙で不気味な話”がある。それについては、次回書こう。

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