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[書評] 「世界史の構造」 柄谷行人

書籍情報

書評_#047
慶應義塾大学政策メディア研究科 松川昌平研究室 M1 野田元

著書:世界史の構造
著者:柄谷行人
出版社:岩波書店


0. はじめに

本書評は、2022年11月15日に慶應義塾大学SFC松川昌平研究室の書評ゼミ用に執筆した書評である。
これまでの松川研究室の書評は下記のnoteアカウントから読むことが出来るので是非ともご覧頂きたい(訳あってここ数ヶ月分は更新されていない)

本書評では、各交換様式の説明を行った上で、交換様式Dに関する筆者の持論を述べる。先に断っておくが、本持論は筆者の中でも未完成なものである。この書評を布石として今後も持論を発展する所存である。

1. 書籍概要

本書は現在の資本制社会における資本=ネーション=ステートという三位一体のシステムを「交換様式」という概念で捉え直し、歴史的にどのように交換様式と関連しているかを考察した本である。また、三位一体のシステムを超越する社会システムXをどのように考えればいいのか示唆した本である。

2. 著者の説明

著者は日本の哲学家、評論家である。1941年兵庫県生まれ。東京大学卒および同大学院修士課程修了。法政大学教授、イェール大学客員教授、コロンビア大学客員教授、近畿大学教授・国際人文科学研究所所長等を歴任。
代表作は、「トランスクリティーク カントとマルクス」、「世界共和国へ――資本=ネーション=国家を超えて」、「世界史の構造」など。

3. 要約

着眼点

本書は「ミニ世界システム」、「世界 = 帝国」、「近代世界システム」、「現在と未来」の4部構成となっている。各章ごとに「交換様式A」、「交換様式B」、「交換様式C」、「交換様式D」が歴史的にどのように関連するか述べられている。本書評は、建築デザインを研究する松川研の書評ゼミのために書いたものであり、要約では、各交換様式の簡単な説明を行い批評に繋げることを目的とする。各交換様式の詳細な内容を知りたい方は、本書を読むことを強く勧める。

交換様式A

互酬とは
交換様式Aとは贈与 - お返しという「互酬」である。未開社会では食物、財産、女性、土地等の様々なものが贈与と返礼という互酬システムによって社会構成体が形成されてきた。

互酬の持つ2つの性質
著者は共同体内の中核と周辺という位置によって互酬の様相が異なることをマーシャル・サーリンズを引用し共同体の様相の差異を下記の3つに区別した。

1 中核(家) : 一般化された互酬 - 連帯性の極(リニージ圏域)
2 村落圏域 : 均衡のとれた互酬 - 中間点(部族圏域)
3 部族間圏域 : 否定的互酬 - 非社交的な極

1は家族内で見られる見返りを求めない純粋贈与と見える互酬である。著者は1を肯定的互酬と呼んでいる。
2は1と3の間のグラデーションに位置付けされる互酬である。1に近づいた互酬、3に近づいた互酬が存在する。
3は部族間で現れる互酬である。1の肯定的互酬の対極にある否定的な互酬である。互酬における贈与 - 返礼は好意的とは限らず敵対的な血酬(攻撃(贈与)、復讐(返礼))も含まれる。

ミニ世界システム
未開社会では、肯定的かつ否定的な互酬によって、共同体同士は戦争状態と平和状態の均衡を保っていた。共同体同士が平和状態である時、複数の共同体はより高次元の1つの共同体とみなすことが出来る。高次元の共同体の下には一部族としての共同体、その下には世帯(家族)としての共同体が内包されている。その一方で、互酬の否定的な性質によって戦争状態に陥る危険性から各共同体の独立性は保たれている。このような複層化された共同体の連合体が「ミニ世界システム」といえる。

交換様式B

国家による搾取と再分配
交換様式Bは国家による搾取と再分配である。交換様式Bを説明する前に氏族的社会の形成から国家の形成への変革の過程について説明する。

国家の形成
先程、氏族的社会では肯定的かつ否定的な性質をもつ互酬によって共同体の連合体が形成されたと述べた。しかし、連合体の同士の共同体(スケールの大きな共同体)の形成においては戦争状態を抜け出すことが難しくなる。著者はスケールの大きな共同体の平和状態を持続させる方法の鍵としてホッブスの「社会契約」を挙げる。ホッブスは国家の成立を「恐怖に強要された契約」という意味で捉え、過程を下記の2つに分けている。

1 つ目は自然(恐怖)の力によるものである。戦争によって敵を自らの意思によって従わせ、服従を条件にその生命を与えるような場合を指す。これを「獲得されたコモンウェルス」と呼ぶ。
2つ目は、人々が他の人から自分を守ってくれることを信じて、一人の人間または合議体に自発的に服従することに同意した場合を指す。これを「設立されたコモンウェルス」と呼ぶ。

著者は根本的に国家は「獲得されたコモンウェルス」と考える。それは「設立されたコモンウェルス」も外の国家に対抗するためであるからである。つまり、国家の形成の過程が「恐怖に強要された契約」であると言える。結果として支配 - 保護の関係は安全という贈与と税という貢納の関係として考えることが出来る。しかしこれは一時的な交換契約であり、転覆の可能性を秘めている。結果として国家が行うのは課税(搾取)と富の再分配という条件の良い交換契約である。これが交換様式Bの国家による搾取と再分配である。

共同体の変質
国家の形成とともに旧来の氏族的共同体は変質した。ここでは、支配共同体と被支配共同体という2つの視点から変質を考える。支配共同体は互酬システムが消滅し、ハイアラーキカル(ヒエラルキーのある)な秩序が形成される。つまり、人間を統治する官僚制が生まれる。また、被支配共同体は農業共同体、つまり労働力、税を提供する側となる。国家によって大規模な灌漑システムを構築することで被支配共同体が農業に従事する。

交換様式C

商品交換とは
交換様式Cとは商品交換(貨幣と商品の交換)である。交換様式Cの商品交換(交易)は交換様式Aによる氏族的共同体や交換様式Bによる国家でも行われてきた。なぜならいかなる共同体(支配、被支配)は自給自足的であることは困難であるからだ。よってむしろ共同体や国家は商品交換を必要としていた。その上で重要点なのは、交換様式Cが支配的である前の世界では、交換様式A、Bによって商品交換が可能であったということだ。氏族的共同体においては贈与 - 返礼という互酬によって平和状態を構築し、商品交換が可能となる。また、国家においては各共同体が納税と引き換え(交換)に所有権を確保することで、商品(所有物)交換が可能でとなる。

貨幣の発生
交換様式Cが支配的になる前提は貨幣の発生である。アダム・スミスによれば、商品には使用価値と交換価値がある。しかし、生産物(商品)自体にはあらかじめ価値は内包されていない。なぜなら、売れない商品には使用価値も交換価値も存在しないからである。つまり、商品の価値とは売買(交換過程)によってはじめて存在する。一方で、金銀のような貨幣商品においてはあらかじめ交換価値が内包されているように見える。これに対して、マルクスは貨幣を他のすべての商品に対して等価形態(基準となる)商品であると説明した。よって金銀という商品はあらかじめ価値が内包された貨幣として発生したといえる。

資本家とプロレタリア
商品交換とは交換様式A,Bとは異なり双方の合意に基づくものである。よって一般的には交換様式Cは対等な関係が築き上げられると考えられる。しかし、実際には貨幣を持つものと商品を持つものの関係は対等ではない。なぜなら商品は売れる保証はないにも関わらず貨幣は常に商品と交換可能である。つまり、交換様式Cは自由で平等に見える関係を通して、交換様式Bで見られた恐怖による階級支配とは異なる階級支配を作り出す。これは、近代の産業資本主義においては資本家とプロレタリア(労働者)の関係として現れた。資本家は使用価値(商品との交換)を求めるためではなく、交換価値(貨幣の増殖)を求める。これによって貨幣が蓄積される。つまり、貨幣が資本へと転化するのである。貨幣の蓄積の過程を下記に示す

貨幣 - 商品 - 貨幣 + α (M - C - M’(M+⊿M)

上記過程を言葉で簡単に言えば「安く商品を買って、高く売ることで剰余を儲ける」ということである。また、産業資本は特殊な商品を用いることで剰余をさらに大きくすることを可能にした。特殊な商品とは、労働力商品である。資本家は生産設備を用意し、原料を買い、労働者を雇用し、生産した商品を売るのである。労働者は自由に自分の労働力を売ることが可能であるが、生産手段(土地)を持たない。よって労働者は自分の労働力を売って得た賃金を自らの作ったものを買うために用いる。つまり、産業資本は労働力が再生産されるオートポイエーシス的なシステムを形成しているといえる。このような、交換様式Cに見られる資本家とプロレタリアの関係性と交換様式Bにおける支配共同体と被支配共同体の関係性は酷似していると考えられる。どちらもハイアラーキカルな秩序による官僚制と労働力、お金の提供側である。

商品交換が支配的な時代へ
交換様式Bが支配的な時代からなぜ交換様式Cが支配的になったのか。著者は交換様式Bが支配的である世界 = 帝国と交換様式Cが支配的である世界 = 経済の違いは国家による交易の管理があるかどうかで区別する。世界 = 帝国では国家官僚が交易を独占し、食料等の価格を統制する。一方、世界 = 経済では国家的統制を受けず、ローカルな市場と交易が結合している。この区分を基に交換様式Bの国家(帝国)と交換様式Cの経済の拡張可能性を比較する。まず、国家(帝国)の拡張可能性は制服力(軍事力)にかかるコストと得られる富の比率によって決まる。つまり、拡張可能性は無限であるとは言えない。一方、経済は拡張可能性は無限である。なぜなら、商品交換は空間的にどこまで及ぶことが出来るからだ。結果として西ヨーロッパから広がった世界 = 経済は世界 = 帝国をのみこんだのである。

交換様式D

社会構成体Xを目指す
現在の資本制社会において、産業資本は人々の労働力の搾取だけではなく自然も搾取(開発)しているとされる。しかし、人々の労働力及び自然が無限であるという前提無しでは資本制社会は成立しない。資本制社会は常に新たな労働者(消費者)を巻き込むことで資本の増殖を行ってきた。しかし現代社会において資本制の外側の社会は無尽蔵に存在するとは言えない。また、資本制社会は無尽蔵の自然資源があること、そして生産に伴う廃棄物の処理を自然界が可能であることを前提としている。これは人間と自然の交換の問題であり、現に環境破壊は加速し物質代謝のエコシステムは崩壊している。以上を踏まえ、著者は現状の国家 = ネーション = 資本の三位一体のシステムを超越する交換様式Dとは、交換様式Aの互酬の高次元的な回復であると述べている。

4. 批評

筆者は交換様式A,B,Cによる世界と交通(交換)を空間的に捉えたい。著者は本書において度々空間的な捉え方し、言語で記述している。筆者は、ネットワーク図を用いてノード(共同体の中核)、パス(交通)、領域(世界)を図式化する。また、物理的距離が存在しないインターネット、情報空間で商品の交換が可能となるブロックチェーンを用いて持論を展開する。本書でも述べられた「特定の交換様式が支配的であっても、他の交換様式も存在する」という概念をシステムの内の重み付けと捉え、交換様式Dに向けた1つの手がかりを考える。

ネットワーク図から考える交換様式

本書では、交換様式A,B,Cの世界が順に空間的に拡大する様を言語で記述している。筆者はネットワーク図を用いて各交換様式を図式化した。ネットワーク図におけるノードは共同体の中核を表し、パスは交通(交換)を表し、領域(円)は世界を表す。
交換様式A

fig.1 交換様式Aにおける世界と交通

交換様式Aでは互酬の肯定的、否定的の性質から「中核(家)」、「村落圏域」、「部族間圏域」の3つの共同体が形成される。3つの共同体は複層化しており、各共同体の独立性が保たれている。もっとも大きな共同体である部族同士は戦争状態にあり、地球全体で見ればミニ世界システムが乱立している様相を取る。

交換様式B

fig.2 交換様式Bにおける世界と交通

この図ではハイアラーキカルな共同体を、中央集権的なネットワーク図として記述した。
交換様式Bの国家による搾取と再分配では、支配共同体と被支配共同体に分かれ、変質する。支配共同体では、官僚制という秩序を形成し、被支配共同体は労働力、お金を提供する側に変わる。巨大な帝国が発生するものの、制服力(軍事力)にかかるコストと得られる富の比率から地球全体を支配する帝国は生まれることはなかった。

交換様式C

fig.3 交換様式Cにおける世界と交通

交換様式Cの商品交換では、資本家とプロレタリアというハイアラーキカルな関係性が生まれる。資本家の経営する企業という共同体の構成は官僚制であり、帝国の構成と酷似する。しかし、商品交換の空間的な無限性から地球全体を世界 = 経済が広がる。

インターネットとネットワーク理論

情報空間での交換様式
先程、各交換様式A,B,Cをネットワーク図を用いて説明した。ここで目指すべき交換様式Dの世界と交通はどのようになるのか考えたい。筆者は物理的距離のある実空間ではなく、距離がない情報空間(インターネット)を考える。現在は世界の多くの人が日々インターネットに接続し、地球の裏側の人とでさえ情報のやり取りが可能である。情報空間における交換様式を考えることが未来の交換様式Dを考える一歩になると筆者は考える。

ネットワーク理論
ネットワーク理論と呼ばれる実体と関係をノードとパスで表す考え方がある。筆者が先程記述したネットワーク図はネットワーク理論でも用いられる実体と関係の抽象化である。
東浩紀の「ゲンロン0」によれば、ネットワーク理論の期限は、18世紀の数学者、レオンハルト・オイラーに遡る。1990年代にダンカン・ワッツとスティーブン・ストロガッツが「スモールワールド」を発見し、アルバート=ラズロ・バラバシとレカ・アルバートが「スケールフリー」を発見したことで急速に複雑系を数学的に分析可能になった。
ここでは「スモールワールド」と「スケールフリー」を東浩紀の「ゲンロン0」を参考に簡単に下記に説明する。

スモールワールド
スモールワールドの概念を簡単に説明すると、「世界は実は狭い」ということである。ここで述べる「世界」とは人間社会を表す。ここで言う「狭い」とは、全ての人間(ノード)につながるための関係(パス)の数が少ないことを表す。ネットワーク理論の発展の前でも仮説としてはスモールワールドは知られている。「六次の隔たり」と呼ばれ、6つの友人関係(友人の友人 ・・・の友人)によって人間社会の全ての人と繋がることが可能であるという仮説である。ダンカン・ワッツとスティーブン・ストロガッツはこの仮説を数学的に証明した。

fig.4 スモールワールド
引用 : https://www.itmedia.co.jp/im/articles/0507/28/news127.html


スケールフリー

スケールフリーの概念を簡単に説明すると、「人間社会は不平等である」ということである。アルバート=ラズロ・バラバシとレカ・アルバートは、90年代からインターネットの大規模構造解析を行い、当時のウェブからスケールフリーを発見した。ここでは数学的な説明は割愛するが、東の言説を簡単に説明する。東は「成長」と「優先的選択」という概念を導入した。成長とはネットワークに新たなノードが追加されることを表す。優先的選択とは新たに追加されたノードが既存のノードの中から多くの関係性を持ったノードと優先的に関係を持つ概念である。もう少しわかりやすく例を出して説明すると、SNSを始めた際にフォロワーが多い人をフォローすることが多いということである。結果として、ハブのようなノードが出現する。

fig.5 スケールフリー
引用 : https://mas.kke.co.jp/model/albert_model/

スケールフリーは、統計学ではべき乗分布という確率分布現れる特徴である。べき乗分布はウェブページの被リンクや年収の分布のみならず多くの社会、自然現象にも現れる。べき乗分布が表すのは、例として年収の不平等性である。fig.6を見れば富裕層の年収が平均年収の1000倍である可能性が確率分布としては説明出来る。人間の身長や体重などの特徴は正規分布に従う(振れ幅が小さい)ため平等的と言えるが、べき乗分布で現れる事象は不平等であるだろう。

fig.6 べき乗分布
引用 : https://investortrader.info/%E5%8F%8E%E7%9B%8A%E7%8E%87%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%B9%E3%81%8D%E4%B9%97%E5%89%87/


スモールワールドとスケールフリーから交換様式を考える

スモールワールドから考えれば情報空間上の世界は狭い。つまり、交換様式Aでは実環境の部族間を超える共同体の形成はなし得なかったが、情報空間では部族間を超える地球全体で互酬が可能ではないかと筆者は考える。一方で、新たなにネットワーク上にノードが追加され、情報空間では接続するノードを選択肢し変えることが出来る。よってスケールフリーが発生し、不平等性が加速する可能性が高いとも考える。氏族社会では、自分が所属する共同体を変えることは出来ず、互酬システムを守らない人は村八分となることで互酬システムは権力を持っていた。このような規範はインターネット空間に移行することだけでは効力を持たない。情報空間での権力は規範だけでは成り立たない。

ブロックチェーンとスマートコントラクト

先程、筆者は実環境から情報環境(インターネット空間)に移行することで物理的距離をなくし、全ノードとパスを繋ぐことが可能であると述べた。その一方で交換様式Aで見られる規範が効力を持たないことを説明した。ここではブロックチェーンとスマートコントラクトの概念を導入する。

ブロックチェーン

ブロックチェーン技術とは情報通信ネットワーク上にある端末同士を直接接続して、取引記録を暗号技術を用いて分散的に処理・記録するデータベースの一種であり、「ビットコイン」等の仮想通貨に用いられている基盤技術である

引用 : https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd133310.html

ブロックチェーンは、第三者の取引記録の改ざんを実質的不可能とし機密性を担保しながらも、システム全体としては取引の流れを追うことが出来る。ネットワーク図で考えれば、パスに矢印が明記され、どのノードと取引されたか追うことが出来る。しかし、ブロックチェーンの技術だけでは暗号資産(貨幣)のみ取引で交換様式Cの商品交換は不可能である。ここでスマートコントラクトの概念を導入する

スマートコントラクト

スマート・コントラクトとは、ある契約・取引について「特定の条件が満たされた場合に、決められた処理が自動的に実行される」といった、契約履行管理の自動化を指します。ブロックチェーン上に記録された実効性のある取引・契約について、その発効などの条件をプログラムとして記述し履行管理を自動化することで、様々な業務をシームレスに繋げられると期待されます。

引用 : https://www.hitachi.co.jp/products/it/blockchain/features/index.html

スマートコントラクトによって 貨幣 - 商品 - 貨幣 + α  の商品交換が可能となる。交換様式Cでの商品交換ではお互いの合意によって交換が完了すると述べた。一方でスマートコントラクトでは規定された条件によって自動的に処理が実行される。これは、スマートコントラクト上で規定された条件が平等的であると仮定すれば、交換様式Cで発生する資本家とプロレタリアというハイアラーキカルな関係性の消滅が可能かもしれない。もちろん、スマートコントラクト上で規定された条件が平等的であるとという仮定自体が多くの問題を含んでいるのだが。

交換様式Dに向けて

「ネットワーク図から考える交換様式」では各交換様式の世界と交通(交換)を空間的に捉え、ネットワーク図で図式化した。「インターネットとネットワーク理論」ではスモールワールドとスケールフリーの概念から情報空間上での交換様式Aの可能性を述べた。「ブロックチェーンとスマートコントラクト」では、ブロックチェーンとスマートコントラクトの概念から情報空間上での交換様式Cの可能性を述べた。本書評では情報空間上での交換様式Bの可能性を述べることは出来なかったが、上記の考えを踏まえ交換様式Dに向けた手がかりを考える。

ローレンス・レッシグの「CODE」から交換様式A,B,C,Dを考える
ローレンス・レッシグの「CODE」では、人の行動を規制する4様式として「法律」、「規範」、「市場」に並んで「アーキテクチャ」を挙げている。各交換様式A,B,Cをレッシグの4様式に置き換えて考えたものが下記である。

fig.7 柄谷行人の交換様式とローレンス・レッシグによる4様式
  • 交換様式Aの互酬では共同体の規範として権力が働き、贈与と返礼が行われた

  • 交換様式Bの国家による搾取と再分配では国家が定める法律によって搾取と再分配が確立した

  • 交換様式Cの商品交換では、市場によって労働力が再生産された

  • 交換様式DではアーキテクチャによってA,B,Cの重み付けが規定される?

筆者は交換様式DではアーキテクチャによってA,B,Cの重み付けが規定されると考える。「ブロックチェーンとスマートコントラクト」で述べたスマートコントラクトの取引の自動処理はアーキテクチャそのものである。スマートコントラクトのアーキテクチャはどの交換を行うのか。「インターネットとネットワーク理論」では情報空間上では交換様式A(規範)だけでは成り立たないと述べた。筆者は本書で幾度も述べられた「特定の交換様式が支配的であっても、他の交換様式も存在する」概念から交換様式Dは交換様式A,B,Cを止揚し、重み付けのついたアーキテクチャとして機能するのではないかと考えたい。

6. 参考文献

  1.  柄谷行人, 「世界史の構造」, 岩波書店, 2010.

  2.  東浩紀,「ゲンロン0」, 株式会社ゲンロン, 2017.

  3.  WIRED, 「Web3 所有と信頼のゆくえ」, コンデナスト・ジャパン,2022.


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