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春の終わり、夏の始まり 8

1月末。
美咲が友人宅に身を寄せてからひと月が経つ。
唯史は最終的な話し合いのため、彼女と会うことにした。
その日の朝、唯史は鏡の前で何度も深呼吸を繰り返し、心の準備を整えた。

わかっている。
感情を抑え、冷静に話を進めるだけだ。

唯史が美咲と待ち合わせたのは、街の片隅にある小さなカフェだった。
店内には穏やかな音楽が流れ、小春の柔らかい日差しが窓から差し込んでいる。

唯史はカフェの一角にある静かな席を選び、美咲が来るのを待った。
ほどなく、美咲が到着した。

「久しぶり、忙しいのに呼び出してごめん」
若干の皮肉を漂わせて、唯史が穏やかに切り出した。
そしてテーブルに置いたカップを手に取り、コーヒーを一口飲んでから続ける。

「このひと月、よく考えたんだ。美咲の行動が俺にどれほどのダメージを与えたか、そこは理解してほしい」
美咲は静かに聞いていたが、目には涙が浮かび、手はわずかに震えていた。
「唯史、本当にごめんなさい」
消え入りそうな声で、美咲が謝罪の言葉を口にする。

深く息を吸い、唯史は心を落ち着けた。
「美咲、もう俺たちは元には戻れない。俺たちの間にあった信頼は、もう二度と戻らない」

唯史は愛用のショルダーバッグから離婚届を取り出し、テーブルの上に静かに置いた。
すでに、自らの記入欄は埋めてある。
「これが最善の選択だと思う。美咲も新しい人生を始めるチャンスになる」
美咲は緑色に縁どられた離婚届を見つめ、涙を流しながら署名した。

「私が言えた義理ではないけど…唯史も幸せになってね」
言葉を詰まらせる美咲。
唯史はただ頷き、心の中で美咲への愛情と虚無感が入り混じるのを感じていた。

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