紫式部や小野小町も参戦! 時代を超越した夢の紅白歌合戦の絵巻です@東京国立博物館
東京国立博物館(トーハク)で、今季楽しみにしていた1つが、鎌倉時代に描かれ書かれた《為家本時代不同歌合絵 A-19》です。
「時代不同歌合絵」とは、異なる時代の歌人たちを組み合わせて戦わせるという趣向です。つまりは時代を超越した、夢の紅白歌合戦……のような感じだと思います。もともと後鳥羽上皇(1180-1239)の勅撰とされる和歌集『時代不同歌合』を絵画化したもので、鎌倉時代後期に流行し、いくつも転写されたようです。「万葉集・古今集・拾遺集などの古典的歌人を左方に、後拾遺集から新古今集までの比較的新しい歌人を右方として都合百人の歌人を選び、各3首ずつで150番歌合としたもの」だということです。
トーハク所蔵の《為家本時代不同歌合絵》は、原本を転写したものの1つ。歌人たちは「墨線のみで描かれた白描画で、歌人たちの顔は【似絵】と呼ばれるスケッチ風のタッチで描かれています」と解説に記されています。
歌の意味も書いていこうと思いましたが、今回は翻刻だけにとどめました……力尽きました。次に展示されることがあれば、それを機会に、解釈も記していきたいと思います。
<参考サイト>
上のサイト以外にも多くのサイトを参照しました。全てを記せず……申し訳ありません。今後は気をつけます。
【十三番〜】中納言行平(在原行平) vs 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
【十三番】
立ち別れ いなばの山の 峰におふる まつとしきかば 今かへり来む(中納言行平)
としくれし なみたのつらゝ とけにけり こけの袖にも 春やたつらん(皇太后宮大夫俊成)
【十四番】
わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に もしほたれつつ わぶと答へよ(中納言行平)
たちかへり またも来てみん 松島や 雄島のとまや 波にあらすな(皇太后宮大夫俊成)
【十五番】
さかの山 みゆきたえにし せりかはの 千世のふるみち あとは有りけり(中納言行平)
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる(皇太后宮大夫俊成)
→本当は「世の中よ」だけれど「世の中に」と書いてあるかも……
【十六番〜】僧正遍昭vs 前大僧正慈円
【十六番】
いその神 布留の山べの桜花 うゑけむ時を しる人ぞなき(僧正遍昭)
そむれども 散らぬたもとに時雨きて 猶色ふかき 神無月かな(慈円)
【十七番】
皆人は 花の衣になりぬなり 苔の袂よ 乾きだにせよ(僧正遍昭)
おほけなく うき世の 民に おほふかな わが立つ杣に 墨染の袖(慈円)
【十八番】
末の露 本の雫や 世の中の 後れ先立つ ためしなるらん(僧正遍昭)
願わくは しばしやみぢに やすらひて かかげやせまし のりのともし火(慈円)
【十九番〜】小野小町 vs 正三位家隆(藤原家隆)
【十九番】
花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに(小野小町)
下紅葉 かつ散る山の 夕時雨 ぬれてやひとり 鹿の鳴くらむ(正三位家隆)
【二十番】
色見えで 移ろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける(小野小町)
松の戸を ゝしあけかたの やまかせに 雲もかゝらぬ 月をみるかな(正三位家隆)
【二十一番】
あまの住む 浦漕ぐ舟の かぢをなみ 世をうみわたる 我ぞ悲しき(小野小町)
ふしのねのの 煙もなほぞ 立ちのぼる うへなきものは おもひなりけり(正三位家隆)
【二十二番〜】業平朝臣(在原業平) vs 後京極摂政前太政大臣(九条良経)
【二十二番】
花にあかぬ 嘆きはいつも せしかども 今日のこよひに にるときはなし(業平)
ふるさとの もとあらのこ 萩咲きしより 夜な夜な庭の 月ぞうつろふ(九条良経)
【二十二番】
月やあらぬ 春や昔の春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして(業平)
洩らすなよ 雲ゐるみねの はつしぐれ 木の葉は下に 色かはるとも(九条良経)
【二十三番】
たがみそぎ ゆふつけ鳥か 唐衣 たつたの山に をりはへて鳴く(業平……と書かれているけれど、本当は古今和歌集の読人知らず)
いく夜われ 浪にしほれて きふねかは 袖に玉ちる 物をもふらん(九条良経)
【二十五番〜】藤原敏行朝臣 vs 丹後(宜秋門院丹後)
【二十五番】
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(藤原敏行)
忘れじな 難波の秋の よはの空 こと浦にすむ 月は見るとも(丹後)
【二十六番】
秋萩の 花咲にけり 高砂の をのへの鹿は 今は鳴くらむ(藤原敏行)
おぼつかな 都に住まぬ 都鳥 言問ふ人に いかが答へし(丹後)
【二十七番】
明けぬとて かへる道には こきたれて 雨も涙も 降りそほちつつ(藤原敏行)
なにとなく 聞けば涙ぞ こぼれぬる 苔の袂に かよふ松風(丹後)
【二十八番〜】伊勢 vs 藤原清輔
【二十八番】
あひにあひて 物思ふころの わが袖に やどる月さへ ぬるる顔なる(伊勢)
たつたひめ かさしの玉の ををよわみ みたれにけりと みゆるしら露(藤原清輔)
【二十九番】
三輪の山 いかに待ち見む年経とも たづぬる人も あらじと思えば(伊勢)
今よりは 更けゆくまでに 月は見じ そのこととなく 涙落ちけり(藤原清輔)
【三十番】
思ひ川 絶えず流るる 水のあわ うたかた人に 逢はで消えめや(伊勢)
冬枯の森の朽葉の霜の上に落ちたる月のかげのさやけさ(藤原清輔)
【三十一番〜】元良親王 vs 権中納言定家(藤原定家)
【三十一番】
花の色は 昔ながらに 見し人の 心のみこそ うつろひにけれ(元良親王)
ひとりぬる 山鳥の尾のしだり尾に 霜置きまよふ 床の月影(藤原定家)
【三十二番】
逢ふことは 遠山ずりの 狩衣きてはかひなき音をのみぞなく(元良親王)
小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ(藤原定家)
【三十三番】
わびぬれば 今はた同じ 難波なる 身をつくしても 逢はむとぞ思ふ(元良親王)
消えわびぬ うつろふ人の 秋のいろに 身をこがらしの 森の白露(藤原定家)
【三十四番〜】素性法師 vs 修理大夫顕季
【三十四番】
我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕かげのやまとなでしこ(素性法師)
おほゐかはせきの音の なかりせは 紅葉をしける わたりとやみむ(修理大夫顕季)
【三十五番】
音にのみ きくの白露 夜はおきて 昼は思ひに あへずけぬべし(素性法師)
松が根に 尾花刈りしき 夜もすがら かたしく袖に 雪は降りつつ(修理大夫顕季)
【三十六番】
今来むと いひしばかりに なか月の 有明の月を 待ち出でつるかな(素性法師)
うれしくは のちの心を神もきけ ひくしめなはの たえしとそおもふ(修理大夫顕季)
【三十七番〜】在原元方 vs 中院右大臣(源雅定)
【三十七番】
霞立つ 春の山辺は 遠けれど 吹きくる風は 花のかそする(在原元方)
たづねきて たをるさくらの あき露に 花のたもとのぬれぬ日ぞなき(中院右大臣)
【三十八番】
おとはやま 音に聞きつつ あふ坂の 関のこなたに 年をふるかな(在原元方)
ありす川 おなじ流れは かはらねど 見しや昔の 影ぞ忘れぬ(中院右大臣)
【三十九番】
たちかへりあはれとそおもふ よそにても 人に心を おきつ白浪(在原元方)
逢ふことは いつとなぎさの 浜千鳥 波の立ち居に ねをのみぞ鳴く(中院右大臣)
【四十番〜】延喜(醍醐天皇) vs 法性寺入道前太政大臣内大臣(藤原忠通)
【四十番】
あしひきの やまほとときす けふとてや あやめの草の ねにたててなく(延喜)
夕されは をののあさちふ 玉ちりて 心くたくる 風のおとかな(法性寺入道)
【四十一番】
むらさきの 色に心はあらねども 深くぞ人を 思ひそめつる(延喜)
しのぶるに 心のひまはなけれども なほもるものは なみだなりけり(法性寺入道)
【四十二番】
はかなくも 明けにけるかな 朝露の おきてののちぞ 消えまさりける(延喜)
なからへて かはる心を みるよりも あふに命を かへてましかは(法性寺入道)
【四十三番〜】平貞文 vs 大宰大弐重家(藤原重家)
【四十三番】
枕より また知る人もなき恋を 涙せきあへず 漏らしつるかな(平貞文)
をはつせの 花のさかりを 見わたせば 霞にまがふ みねの白雲(大宰大弐重家)
【四十四番】
昔せし 我がかねごとの 悲しきは いかに契りし なごりなるらむ(平貞文)
かたみとて 見れば嘆きの ふかみぐさ なになかなかの にほひなるらむ(大宰大弐重家)
【四十五番】
ありはてぬ 命まつまの ほどばかり うきことしげく おもはずもがな(平貞文)
後の世を なげくなみだといひなして しぼりやせまし すみそめのそで(大宰大弐重家)
【四十六番〜】中納言兼輔 vs 権中納言俊忠
中納言兼輔は、紫式部の曽祖父にあたり、三十六歌仙の一人。
【四十六番】
みじか夜の ふけ遊くまゝに たかさこの みねの松風 ふくかとぞ聞く(中納言兼輔)
さらでだに露けきさかの 野辺にきて 昔の跡に しおれぬるかな(権中納言俊忠)
【四十七番】
あふさかの このした露に 濡れしより わがころもでは いまもかわかず(中納言兼輔)
我こひは あまのかるもにみだれつつ かわくときなき 波の下草(権中納言俊忠)
【四十八番】
みかの原 わきて流るる いつみかは いつみきとてか 恋しかるらん(中納言兼輔)
いはおろす かたこそなけれ いせの海の しほせにかかる あまのつり舟(権中納言俊忠)
【四十九番〜】紀友則 vs 良運法師
【四十九番】
ゆふされば 蛍よりけに もゆれども ひかり見ねばや 人のつれなき(紀友則)
たづねつる 花も我身もおとろへて のちの春とも えこそちぎらね(良運法師)
【五十番】
(紀友則)あつまちの さやのなかやま なかなかに なにしか人を 思ひそめけん
寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも おなじ秋の夕暮(良運法師)
【五十一番】
下にのみ こふればくるし玉の緒の 絶えてみだれん 人なとがめそ(紀友則)
いまはとてねなまし物をしぐれつる空とも見えずすめる月かな(良運法師)
【五十二番〜】紀貫之 vs 左京大夫顕輔(藤原顕輔)
【五十二番】
しらつ遊も 時雨もいたく もるやまは 下葉のこらず 色づきにけり(紀貫之)
かつら木や たかまのやまのさくらはな くもゐのよそに みてやすきなん(左京大夫顕輔)
【五十三番】
むすぶ手の しづくにゝこる やまのゐの あかでも人に 別れぬるかな(紀貫之)
逢ふと見て うつつのかひはなけれども はかなき夢ぞ 命なりける(左京大夫顕輔)
【五十四番】
よしのかは いはなみたかくゆく水の はやくぞ人を 思ひそめてし(紀貫之)
思へとも いはての山に 年をへて くちやはてなん 谷のうもれき(左京大夫顕輔)
【五十三番〜】凡河内躬恒 vs 紫式部
【五十三番】
いづくとも 春の光は わかなくに まだみ吉野の 山は雪ふる(凡河内躬恒)
み吉野は 春のけしきに かすめども むすぼほれたる雪の下草(紫式部)
【五十四番】
すみよしの 松を秋風 吹くからに こゑうちそふる をきつ白波(凡河内躬恒)
→本当は「すみのえの」で始まる
鳴きよわる まがきの虫も とめがたき 秋の別れや 悲しかるらん(紫式部)
【五十五番】
伊勢のうみの しほやくあまの ふちころも なるとはすれと あはぬ君かな(凡河内躬恒)
見し人の 煙となりし 夕べより 名ぞむつまじき しほかまの浦(紫式部)
→夫の宣孝を亡くした後に詠んだ歌です
【五十八番〜】壬生忠岑 vs 源俊頼
【五十八番】
春立つと いふばかりにや み吉野の 山も霞みて けさはみゆらむ(壬生忠岑)
やまさくら さきそめしより ひさかたの 雲ゐに見ゆる たきのしらいと(源俊頼)
【五十九番】
夢よりも はかなきものは 夏の夜の あか月かたの 別れなりけり(壬生忠岑)
うかりける 人をはつせの 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを(源俊頼)
【六十番】
ありあけの つれなく見えし 別れより 暁ばかり うきものはなし(壬生忠岑)
おもひくさ はずえに結ぶ 白露の たまたまきては 手にもたまらず(源俊頼)
以上が、今季のトーハクで展示されていた部分です。右からずっと見ていくと、左から2番めに紫式部が登場することになります。紫式部は目立つように小さいけれども赤いマークが付けられていた気がするのですが……たいていの人は、右から5〜6人くらいを見ると興味を失って次の展示へと移っていくような雰囲気でした。むしろ左右を気にせず見ていく欧米系外国人の方が、紫式部を目に触れていましたが……誰だか分かって見ている人は、ほとんどいなかった気がします。
■その他の続き
■今回展示されていなかった【一番から十二番】
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