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バッドエンドを覆す

お題:「恋人が敵にホルマリン漬けにされている」状況を全力でハッピーエンドにする
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彼は筋肉をしならせた。この、"悪"の組織を壊滅せねばならない。自分が授かった力は、"正義"のために振るわなければならない。もっと速く、もっと正確に!

「博士、彼女はどこに、」
『突き当たりを右だ』

インカムから聞こえる冷静な指示が、熱く煮える血液を冷やす。戦闘員さえどうにかしてしまえば、残るは非力な研究員だけ。振り抜いた拳が、背後に朱を散らしていく。

「ここか」

仰々しいロックのかけられた、重たい金属の扉を押し開く。
薄暗い室内。しばらく目を慣らせば、映るのは──

「・・・」

彼は息を呑んだ。行儀良く並んだガラスの瓶を満たす液体。その中に浮かぶ、老若男女の体。
まだだ、まだ、決まったわけじゃない。彼女がコレになっているなんて。

『何がある』
「ホルマリン漬けだ。恐らく、行方不明者たちの」
『彼女は』
「まだ、」

その時、視界に飛び込んできた金糸。美しいブロンド。その薬品の中で漂う鈍い輝き。

「・・・あ、ああ、」
『どうした』
「まに、あわなかった」
『見つけたのか』
「まにあわなかった」
『・・・』
「嘘だ、そんな、俺は何のために」
『悲しいことだが、研究所を潰したことでさらなる被害者がでることは食い止められた』
「そんなこと関係ない!!彼女が戻らないなら、意味無いじゃないか!!」

激昴しようにも、相手はもういない。号哭しても、一番聞いてほしい人の耳には入らない。
彼はガラス越しに彼女の頬を撫でた。

『落ち着け』
「アンタ天才なんだろ」
『・・・』
「天才科学者なんだろ」
『・・・』
「頼む、何でもするから、彼女を、元に戻して」

『・・・体は、完全なんだな?』
「え?」
『肉体に損傷はあるかと聞いている』
「ない、と思うが」
『そのまま持って帰ってこい』
「なんだって」
『瓶ごとそのまま持って帰ってこい。できるだろう、お前の能力なら』
「それで、彼女は生き返るのか」
『完全に元通りは不可能だ。だが、やってみよう』
「わかった」


彼女の瓶詰めとともに、博士は研究室に篭った。季節が二つほど巡っても、彼は待ち続けた。天才の言葉と、奇跡を信じた。

「エイデン」
「・・・イヴァ?」
「私、あの、なんでここにいるのかしら、博士に起こされて、エイデンがいるからって」
「イヴァ?」
「えぇ、どうしたの?そんなに驚いて」
「本当にイヴァなのか?」
「え?ええ、一応、あなたの恋人だと思うけど」

狼狽する自分をみて可笑しそうに笑う彼女。記憶と違わないその表情と声。

「なに、どうしたの?」
「・・・っ、・・っ」

声を落っことしてしまったのか、嗚咽に首を絞められたのか。彼女の体を壊さないようにそっと抱きしめる。驚異的な身体能力を手に入れてしまった今、大切なものに触れるのは、すこし、怖い。
そして、伝わる彼女の体温に、これは夢ではないのだと確信した。

「は、はは、やっぱりあの人は天才だ!!」
「あの、実は記憶がちょっと曖昧で、なにかあったの?」
「いいんだ、いいんだ君は知らないままで」
「えっ?えっと」
「君がここにいる、それだけでいいんだ」
「そ、そうかしら?」

「・・・いいんだ」

腕の中に閉じ込めた彼女の体から僅かに響く、何かの駆動音には、気付かないふりをした。

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どう頑張ってもメリーバッドエンドです本当にありがとうございました。わりとあるあるエンドだと思いますが、皮の中に機械詰めるの。主人公が幸せならハッピーエンド説を唱えたい。診断メーカー「バッドエンドを覆せ(https://shindanmaker.com/716282 )」でした。

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