もはや金運のない星の元に生まれたとしか思えない

「もはや金運のない星の元に生まれたとしか思えない」
これは会社の先輩に言われた言葉である。
その時私は、自分のデスクでジャムも何もつけていない素の食パンをかじっていた。

高校生までは実家暮らし・おこづかい制・急な出費にも対応してもらえる・服や参考書など大体のものは親に買ってもらえる・“お年玉”“お誕生日祝い”という名の不労所得獲得イベントの存在といった、『お金に苦労しないロイヤルストレートフラッシュ』状態だった。
そのおかげで、部活帰り気軽にコンビニでアイスを買ったり、休日に友人とケーキバイキングに行ったり、文字通り甘い生活を送れていた。

ただ、それも大学に入学しアルバイトを始めると、今まで通りにはいかない。
まず、当たり前だがおこづかい制度は撤廃され、自分のものは自分で買わなければならない。食事も衣服も参考書も、己のものは己の財布から。出費を体感することばかりだ。
それでいえば大抵の人がそうだろうし、実家暮らしと不労所得イベントは健在だったため、そこまで問題ないように思えるだろう。
しかし、本当の地獄は出費面ではなかった。

私が初めてアルバイトしたのは、個人経営の個別指導塾だった。これがお世辞にも儲かっているとは言い難く、なんなら毎月赤字を決めるような貧乏塾だった。
そして、赤字の波はこちらにも押し寄せる。

個人経営特有の文化なのか、その塾の給与は毎月末に封筒での手渡し制だった。
だったのだが。

「ごめんもちづきさん、給料の支払い、1週間待ってくれないかな……?」
塾長兼社長が私の目の前で手を合わせ、謝り倒す月末最後の出勤日。
いいですよ!と1週間待つと、今度は
「ごめんもちづきさん、給料、とりあえず1万で我慢してくれないかな……?生徒さん入会して、入会金入ったらすぐ残りの6万支払うから!」
「ごめんもちづきさん、また1万円で我慢してくれない……?絶対、すぐ残りも払うから!」
と、メリーさんのような間合いの詰め方をしてくる。
この調子で1週間後に1万、翌週にまた1万、儲かった日には残りの金額、といった具合に支払い続けられる給与。しかし、私が働くことをやめない限り給与は生まれ続けるため、未払金というものが発生してしまう。まるでアキレスと亀。そんな関係を続けた結果、ついに未払金は30万まで膨れ上がった。
たぶんただ事ではないのだが、どうか心配しないでほしい。もう全額支払われている(はずだ)し、エピソードトークとして昇華しまくっているので。

そうは言ったものの、当時は尋常ではなく焦った。収入がなければろくにご飯も食べれない。その上、1年後にはとある養成所(このことに関しては後日書こうと思う)の入学金として50万ほど必要だったので、貯金もしなくてはならない。
遊ぶのを控えればいいのだが、大学に入ってサークルが楽しすぎたので、なるべく飲み会や合宿イベント、友人との旅行は外したくなかった。
そうなると、食費など見えない部分で節約するしかない。夕食は実家で摂れるとして、問題は昼食だ。お弁当を作れば0円で済むが、普段料理など一切しない私が台所に立てば母親が怪しむはず。そこで詰められたら、嘘の苦手な私の現状があっけなくバレてゲームオーバー。ダメだ、この案は却下。

そこで私がとった行動は「ファミリーマートで売っているスティックパン(6本入り/税込¥100)を毎昼食にする」という、なんとも極端なものだった。しかし、これなら量もあるし、何より食費を極限まで抑えられる。それだけを希望に、私は大学の4年間、ファミマのスティンクパンを食べ続けた。今では、ファミマのものか他のコンビニのものかを当てる『利きスティックパン』ができるまでになっている。

さて、こんな生活を続けていると、周りにいる友人たちは「あれ?こいついつもあれ食ってね?」と不思議に思い、理由を問うてくる。そこで私が正直に現状を語ると、皆かわいそうに思ったのか、自分のバイト先の廃棄品を恵んでくれるようになった。パン屋の美味しいパン、輸入雑貨のお菓子、ついに巻き寿司をくれた友人もいた。
サークルの先輩方も、他の同期が「奢ってくださいよ〜(笑)」と言うと「ふざけんなよ!(笑)」とおどけて返すのに、私が奢ってくださいよ〜(笑)」と言うと「いいよ……たくさん食べな……」とお地蔵様のような慈悲深い眼差しで仰ってくれた。

そうやって優しい人々に助けられながら生活してはいたものの、やはり財布は潤わない。とうとう我慢ではどうにもいかなくなり、私は登校前の時間にコンビニでアルバイトをすることにした。

朝5時に起き、6時から9時の3時間だけ働き、退勤後に大学へ。授業が終わったら例の塾でアルバイト、といった労働ルーティーンを作り上げた。ここでも私の貧乏が露呈し、母性が強すぎるパートのおばさま方にいろんなもの(主に食料)を頂いた。ついには洋服をくれる方もいたので、その方に関してはマジモンの母親より”お母さん”だったかもしれない。
さらに、コンビニで働くメリットは、廃棄品がもらえるところだ。退勤時間が麺類とスイーツの廃棄時間とかぶっていたため、例のごとくおばさま方が「いいよ!たくさん持ってきな!」とレジ袋パンパンに持たせてくれた。基本的に発注しすぎて余った商品が廃棄になるため、夏の間はほぼ毎日冷やし中華を食べていたが、普段から同じ食品を食べ続けることに対する忍耐に長けていたためノーダメージだった。
ちなみに、私の勤めていたのはまたもやファミリーマートだったため、本当に『あなたと、コンビに』なったということになる。

周りの人の優しさと己の努力のおかげで、なんとか養成所の入学金を貯めることもでき、路頭に迷うことなく大学生活を楽しく過ごすことができた。ちゃんと合宿も行けたし、海外へ卒業旅行まで行けたくらいだ。
このまま就職して、バイト代なんかとは比にならない額の固定給が毎月もらえるようになれば、もう勝ったも同然。
リッチだ!裕福だ!富豪だ!
トランプの大富豪でさえ貧民の私が初めて富豪(当社比)になれる!
もう昼食に100円スティックパン食べなくていいんだ!

入社前、お台場のおしゃれなカフェで優雅なランチを楽しむ姿を想像していた。
いたのだが。

入社後、自分のPCが必要となり、Macbookを購入しようとした時のことだ。
お値段およそ18万円。決して安いとは言えないが、今後長く使っていく予定だし、24回に分割して払えるらしい。1ヶ月7,500円なら……とネットでポチッと購入。
しばらくすると、Apple Storeから1通のメールが届いた。「登録したカード番号が間違っていたから再度登録し直してくれ」と。
いやあ、うっかりうっかり☆ごめんよAppleくん!すぐに登録し直すよ!ほうら!ポチッと更新!
その後、「受理しました」というメールを受け取り、そのさらに数日後、MacBookは手元に届いた。
やったぜ!これで私もおしゃれ社会人だ!スタバとかでも堂々と作業できちゃうんだ!『カタカタカタカタ……ッターン!(Enterキー)』ができちゃうんだ!
などと、頭の悪すぎる喜びを感じていたのもつかの間。クレジットカード会社から届いた明細を見て驚愕した。

あ、あ、Appleから18万一括で引かれてもうてるやん?!
嘘や!24回払いにしたはずやで?!驚きが1周してエセ関西弁が飛び出すほど、私は明細に書かれたその項目に目を疑った。
そして、気がついた。
……絶対カード番号間違えた時になんかやっちゃったんだな……。
登録し直す際に支払い回数を問う項目はなかった。それで私は24回払いが生きているものだと思っていたが、Apple様側の解釈はどうも違ったらしい。
明細が届いてからこの事実に気がついたため、今から回数変更も難しいだろう。その月、私は他の決済も重なり、『実質給料0円、むしろマイナス生活』が余儀なくされた。

1人暮らしも始め、私は貧乏体質・貧乏性にさらに磨きをかけ、100円のスティックパンでも勿体無く感じるようになり、セブンイレブンで売っている食パン(8枚切り/108円)を2日に分けて食べるようになった。
1瓶が食パン代より高値のジャムはもはや嗜好品、という戦時中みたいな発想から素の状態で食べている。その姿を目の当たりにした先輩が私に言い放った言葉が冒頭のセリフ、というわけだ。

もうここまで金運がないと、笑うしかない。
でも笑っているといいこともある。
私の貧相な食事を見て理由を尋ねてきた人に笑い話として今までの不運さを話すようになると、この食パン生活はすぐに社内に広まり、私は『貧しい子』として認識されるようになった。そのおかげで皆、お中元のお菓子、作りすぎたおかず、余ったケータリングなどを真っ先に私へくれるようになった。軽いユニセフである。とある上司は素食パンを食べている私を見かねてジャムとパンに挟むメンチカツを奢ってくれた。1回食事を奢るのではなく、長く食パンを楽しむ方針だったのは想定外だったが、大変ありがたかった。

私は人に比べて貧乏だ。
きっとこれからもこの金運のなさが災いして貧乏だろう。
それでも、笑えているならいいじゃないか。
それに、お金がないからこそ食べることへのありがたみや、周りの優しい方々への感謝の気持ちが溢れてくる。
笑う角には福以外にも来るのだ。


……あとは5億兆円が来れば完璧なのだけど。

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