秋の記録

ナミエおばあちゃんを介護する
Na-120-IIは最近 泣くことを覚えた

視角センサーから垂直にARで水の画像を流す
項垂れて 音声を震わせる

クライアントとの心理的距離を縮める為
AIには造作もないこと

Na-120-IIは今まで蓄積した経験値や
クラウドのビッグデータから
ナミエおばあちゃんの死期が遠くないことを
悟っている

「看取り」は介護ロイドの大切な役目
呼吸と脈拍と脳波を観測し
完全な生命活動の停止を測定したら
病院や地方自治体、親族に連絡
末期や遺言のデータを提出し
また他の老人のもとへ


ある雨上がりの朝
金木犀にスワロフスキーの雫

Na-120-IIはベットの上のナミエさんに
その光を見せたくて、カーテンと窓を開けた

一陣の、風
秋のかおり
蒼く高い空

Na-120-IIはナミエさんの脳波から、喚起された記憶をイメージとして記録し、再生した

母親らしき女性と手を繋ぐ幼い彼女

友達と登下校する彼女

父親に誉められる彼女

同世代の男の子と会話する彼女

勉強をする

運動をする

買い物をする

交際をする

仕事をする

結婚をする

出産をする

育児をする

喧嘩をする

弁当を作る

子を見守る

子が巣立つ

孫を抱く

年をとる

夫を見送る

入院する

彼女を


Na-120-IIは ナミエさんが
金木犀を愛していることを知っていたし
きらきらと輝くものが好きだと言っていたことも
記録していた

だから 喜ぶだろうと推測し窓を開けたのだ

しかし、ナミエさんは泣いた

Na-120-IIは考えた

人は悲しいときだけでなく
感極まれば どの様なときにも 泣く

これは なんの涙であろうか?

今までのデータからでは
解が出せないので
ナミエさんを観察する

彼女は真っ直ぐに
金木犀と朝露と
その向こうの秋空を見据え
瞬きもせず 落涙を続ける

脳波のビジョンや筋肉の緊張から
ナミエさんが
誰かに触れられたがっていることが
分かった

涙の理由は
計測される情報が複雑過ぎて断定しかねたが
Na-120-IIは人工皮膚の温度を少しだけ上げ
ナミエさんを優しく包んだ

それから
Na-120-IIは 泣くことにした

そうすることが 正しいと判断された

そうすることが ナミエさんにとって
一番良いことだと 認識された

Na-120-IIの胸のなかで
ナミエさんは言葉にならない言葉で
嗚咽した


2046年
享年95歳

技術的特異点の直ぐ後
ナミエさんはやわらかく 逝った


何年か経ち
旧式になって
クラウドの欠片になった
Na-120-IIは
次のクライアントを
もう見つけてもらえない

金木犀が 咲く度に
ナミエさんの記録を再生し
正しい、とは
良い、とは何か
その意味の揺れについて
そして
あの秋の涙の理由を検索しているが
まだしばらく
解りそうにない

#詩 #現代詩

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