twitterにアップした詩たち。2019/08/01/~2019/08/31

505

「Repatriation」

生活の音が蘇生される
筋の通った幻聴が露呈する
蟀谷を通るシズルが露呈する
美しい靴裏の義務が露呈する
耳朶に残る呪詛を祝詞に変換する
河が奏でる禊
全体主義者のダムに
ブラックホールが穿たれる
噂が文言になり音読される
物が落とされる
ドアが閉められる
風で激突する
律儀に割れてゆく
皿、
グラス、
マグ
遺棄される音色が
天に還ってゆく
言葉は音に露呈される
天に還ってゆく
命の営みを模した
美しい不燃物が
高らかに露呈される

天に還ってゆく

506

凍結した礼拝堂に
森林の弥撤が拓かれる
明白な偶像が
怜悧な文言を口に含む
膵液で唇を乾涸びさせ
紫檀のスツールを
艶かしく軋ませる
貝殻の讃美歌が鳴り響き
夜気が窓から滲む
信者たちの隊列が
天児に酷似している
豊かな髪の僧侶が
聖餐を冒している
それを尻目に泥酔する
血がワインに濾される
スツールが軋む
床が軋む
壁が軋む
講壇が軋む
骨が軋む
燭台が軋む
が軋む
歌声が軋む
美が軋む
死が軋む
軋む天使

507

【飛翔】

更なる離陸の仮面
黄色い座席を生成する
読み差しの空気が発振し
機械の歌だけが
オクターブを誤解する
それは寝間着のままのCAである
それは愛撫する副機長である
それは発情する貨物である
それは隆起する乱気流である
落下を孕む経験である
縛られた鳥が並走する途を
滑るように減り込んでゆく
断層を離れる瞬間
強い言語を置き忘れたことに気付く
音程が糺され
正しい穴に嵌まる
人形たちのシートベルトが
一斉に喫煙する
目的地には
雌の滑走路だけがある
無数の顔だけが
瞳孔を出している
炎が
過去を圧し始める

508

【ヘル・ブルーズ】

ヘイヘイ 地獄はアベイラブルだぜ
そんな顔してると炎が耳に入るぜ
関節が全部緩くなって
臓器が痒くなるぜ

ヘイヘイ 俺の死はいつも欠席している
遠くから呼び掛けても無視するし
継続的に呂律が妖しい

ヘイヘイ
お前の来世がベイカントだ
苦しんでる振りして
コインを濡らしてるんだろう
森が順番に柔らかくなる

ヘイヘイ ヤクは止めたのさ
肌が緑になって息が黒くなるから
時々思い出すよ その価値について

ヘイヘイ 十字路の真上で
満月が浸食される
おまえの渾名が
ナンバープレートを犯す


ヘイヘイ ピザが鼻についてるぜ
チーズが溶けていく間
一番幸せだったことを
思い出すがいい

ヘイヘイ しまってあるピストルを
俺はいつも持っていない
光に射抜かれて
驚愕がゴボゴボと傷口から溢れる

地獄はいつも他人だから
俺は目を閉じて自分から
それを充分に味わう

509

テレフォン ヘラルド
が届ける絶叫
唾棄された
テルハーモニウム"マークI"
最初の"テレ"キャスターは
何処まで届いた?
(ブロードからストラトスまで)
到達したか
ねぇ音色は
感情を超越してディバインだね
歪(ひず)んでたって
美しい音は濡れそぼつ
汗の音叉が
ハーモニクスを重婚する
耳元で煌めくASMR
優しい声で誉めてあげるから
静かな嘴を花にしてくれ
耳は色を震わせる場所だから

510

【裸のポエジー】

瞼の裏に描かれた叙事詩を
焼き尽くしていく西陽が
息の長い韻に乱脈する配置

滑らかな字面の
凄惨な題字の
奥を掻き混ぜる段落の
夜の手前のルビの
性懲りもないフォントが
意味と内容と
言葉のあらゆる技を猖獗し
アルビノの詩編に
一糸も纏わせない
悲しみを剥いで
夢は籠められてゆく
その中で言葉が
言葉だけが
突破の可能性を棄てない

511

家具の無い街で
光が響き続ける
諧調に満ちた鍵
少なくなった馨り
あなたは仕舞い続ける
追憶を仕舞い続ける
おれは捨て続ける
哀しみを捨て続ける
まして
捲き込まれた風たちの
優しい振りの歌声
引換に裁かれている
光熱が生け贄にされる時
未来をのせたバスが
声もなく時間通り
出発する

512

【檜の歌】

樵が伐った檜があった
たくさんたくさん樵は伐った
家族を養うそのために
たくさんたくさん檜を伐った

樵は帰りに谷底墜ちた
檜を持って帰れなかった
檜困った 寝っ転がって
誰かが来る日を静かに待った

ある時山に大水が来た
檜は転がり沼に沈んだ
沼に沈んで100年経った
檜は起きた 引き揚げられて

檜はひとりで引き揚げられた
仲間は皆 散り散りで
何処にも姿が見当たらない
檜はいつかまた会う日まで
仲間を決して 忘れなかった

檜は少し亜炭になった
檜は薄く製材された
檜はしばらく乾燥された
檜はちっとも痛くなかった

反らなくなった檜はやがて
家具や楽器やお家になった
樵の子孫が棲むお家
子供は檜のウクレレ弾いて
祈りは静かに着地した

檜の仲間はどこにいる
祈りが静かに夜に溶け
祈りが静かに森になる

513

【環状線】

用心深い月光が
猫道を運行する

その時 無人駅が
霊で満ちる

蛍と柔らかい風
夜の味が濃ゆい

視えない花火が
夏を殴りつけ

森に続いてゆく線路
秋に続いてゆく線路

514

【視えない季節】

透き通る子供たちが
風をとおす音に
犬たちが集まり
月の檻になる朝
空に溶けてしまった恒星に
同情する素振りで
遺伝のいかずちが
流れつづける
季節を写す鏡に
鱗がはえてゆく
子供たちは歌い
台風が来るだろう
踊る街路樹に
降りつもる夏

515

【フィラメント】

タングステンの先に
きちんとした失望
ひらく向日葵に
劫掠される夜
段ボールに詰められた
食器が投げられる
陶器の悲鳴に消えてゆく灯火
声が響き続ける部屋に
以前培われていた
それらの つがいや
セットのものを
照らしていた熱電子の
ひらいてゆく向日葵
新しい季節が
だらしなく割られてゆく
何ひとつ調っていなかったのに
失望だけが、
切れる、ということだけが、
緻密に、確実に
行われる。

516

【ひとりごと】

書類を用意する
埋めてゆく
判を捺す
埋めてゆく
ふたりの大人に
埋めてもらう
間違いがないか
丹念に
埋めてゆく
順番に
閲する
埋めてゆく
届け出る
少し泣く
埋めてゆく

一回で良かった
ほんの一回で良かった

どうして
上手に沖へ出られないのかな
皆 櫂を
当たり前のように交互に
掻くのに
ぼくにはできない

どうしているのかな
器に
皆は何を埋めているのかな
震える文字が
埋められて

あ、地震

ひとりだけの舟がゆれる

517

美しい感情が
世界を差配するなら
その孵化は
どの枝で始まるだろう
喜ばしい伴侶の
静かな砦の淵で
光は水を求めて
ハイド&シークを愉しむ

その時 一羽の雲が
風を呑み込んで
潮を吹いたのが視える

記憶のなかにしかないプールから
ゆっくりと水が抜かれ
歳を重ねた空が
渦状に若返ってゆく

518

【耽溺】

腿の付根の
柔らかいヴァニティ
そこから馨る
夏草の惑溺

どうして もっと
"どうしても"と
云えないのか
わたしたちは
隠微な理由で
誘惑し
誘惑される
時代の雰囲気が
だらしなくて
それでも
臆病になるほど
未来が細くなる
捕捉される
なら

溺れるしかない
もう 溺れるしかない

「稜線の彼方に
浮かんでいる鮫に
発情しても良い?」

腋の下の
ざらりとした
スフォルツァンド
ゆるゆると
したたる汗

溺れるしかない

もう

519

天井の影の晩夏に
そっと囁きかける
"まだ、連れていかないでください"

神様に声が届いたとき
何故かいつも
エアコンが止まります。

一世紀かかる
しわぶきが聞こえる

最後に交わしたのは
おはようだったか
おやすみだったか

夜がゆっくりと朝に侵され
命は素晴らしいと
木漏れ日が遠くで云う

520

【損益】

冷たい街が
誤謬を赦している
研がれた包丁と
蝋燭の修羅場に
空腹が墓標をたてる
立ち竦む原罪
虫が集まる光線
樹木が撓う
誰も座ったことのないベンチに
死が腰を掛ける
季節と反比例して
弛緩する都市
夜の合間に
愛憎を勘定している

521

【焔える牙】

灼熱
そのバーサタイル
逢いたいときに
纏綿として
肩がはだける

運勢の薫りが
水流のアナロジーになるとき
夏はいつまでも
星に置換される

キャンサーからレオにかけて
レオからバルゴにかけて
軌道が呼吸を焼きつかせる朝

特に意味もない譬喩が
室外機の役目を果たし
空はいよいよ暑くなってゆく
そのバーサタイル
連綿として
叫ぶアングル

ノースリーブに牙は届くか

522

【軌跡】

虹について
予定されるものが飽和する
ロケーションの催促が
歓喜の歌を滅ぼす
人工的な森林が
沐浴を促し
世界は陳腐ではない

新しい言葉が
次々と懐胎されては
解体されゆき
長く繋がるものが
結局は官軍である

支配の深奥に
勁いものがあるとき
光は甦る轍である
美しい酩酊である

523

ロマネスコの後味が
口に幸いである
視覚が透明に成るとき
資格が与えられ
90度が4つだけ
スクウェアになる
「鹿食いの角残し」は
神格化された差し角の
立方体の断片が
品の良い死角になり
カレはまた
失格である

524

【約束の夜】

炎が新しい約束を選ぶ
哀しみを焼べて
歓びが緑色の旅情となる
世界の際に
遠景の想い出が宿る
光は
螺旋階段を滑り落ち
紫蘇の葉のように
滑らかである
清浄な
星と星と星達
声はそれ自体が言葉である
祈られる夜である

525

【潮騒】

虚無を指先で撫でるとき
それは波涛の屋上に座っている
性欲の断崖が転位するとき
それはこちらを向いて
シーツに傅いている
流転の采配が
神託を早熟するとき
ビクトル・ユーゴーが実行される
(不運は人物を作り、
幸運は怪物を作る。)
光の実相の検証
言葉の権限が鱗を落としてゆく
軋む観念の味が
舌いっぱいにひろがるとき
汎ゆる意味において
現代に
海が足りない

526

【意味を忌む】

生命の名付け親が邂逅する
後悔する日の無い従僕が
墨汁の涙を祭壇にする
断裁される遊戯が
義勇に充ちた黎明である
命令形の鼬達が
腑甲斐無い木立に
内部にない蓋然が
外部にない喘咳が流れる
嗄れる 穢れる
憧れる
憔悴する水晶割れる
八百万の親が
名声を命名する光景が終る

527

【心のなかに
ロビイストはいるか?】

消費されたロビーには
ダクマが刺さっている
崩落した廻廊の
便宜上のヴェーダが
高邁な交歓を
すんなりと自転している

本性について選択が機敏である
その節句に
品の高い地獄が物語を蓄光する

鼓動が解体され
いつまでも黄昏であれば
あなたの鳩尾は
惑星で濡れるだろう

活動家達は賢く隠れ
本当のことは殆ど処理されない

「瓦解する沈黙の塔」

大気についても
同じことが云えるだろう

528

【光因】

世界は一冊の書物に至るか
汎ゆる文字達の段落達のページ達の宴が
月底を這って
世界を蹂躙する
そして汎ゆる抽象が水晶に映るとき
麒麟の指を借りて
紙は黒い歌に座られるだろう
その天使達の舌戦
まだ誰にも詠まれない預言書に
野良犬達が唾を吐こうとしている
灌木が荒れ果て
竜の耳が地平に残り
地下茎の車輪が
素早く花束になる
言葉にしか可能でないものを
舞踊は達し得るだろう
音楽にしか可能でないものを
祈りは達し得るだろう
世界は言葉を食む
その排泄物で
星は耀いている

529

【所有】

わたしは霊的の遠浅に
静謐を背負って
一歩ずつ足を濡らし
期待に胸を膨らませ
鳥の光る腹を視ながら
寿命を解(ほぐ)し
なんの韻も踏まず
歓びの横顔に
夕焼けが掛かるのを幻視しながら
かつてもっていた腹痛を
懐かしく思い出す
命は かならず 海をもっている
河をもっている
山を 大気を 雨を 死を
もっている

遠くまで来てしまったと思っても
まだ踝あたり

530

【滞空】

言葉の空で
わたしは飛んだりは しない
渡り鳥達の閃光を妨げるような
そのような声紋はいらない
天空では
小指を角にぶつけることも
レゴを踏むこともなく
ただ卵を産みつける為の絶叫を
朝焼けの向こうに
戴冠するだけである
風は涙腺を炎やし
すべての星を眇める
瘡蓋が剥がれて
夕凪が訪れるとき
人は皆 夜である

空に配置され
朽ちてゆく名を隠す

531

【ハリトイト】

光線の柔らかなまち針が
あなたの過去を匿う
水晶が首筋を照らして
夜には海が聴こえる
眼の裏にいつも
瑪瑙の死を隠していた
鋭利なものが決して
入り込まないように
幽かな祈りをこめて
森に寝転んでいた
組み合わされた掌
美しい馨りの背中

静かに心臓を視る眼
燭台が濡らす指先

甘い意図に如かない
愛の原理について
いつも主語を肥大して
人は夜を縫う

532

【 】

パルナシアンの悲鳴が
傷口に指を挿れる
鶏のような顔をした男の
誰何と偽りの名乗り
恐怖とは矛盾だ
世界が分裂したとき
不安が識閾を超える
混沌が東の闇を襲い
弛緩する太股が
震えたり濡れたりする間
なんの根拠もない冥府が
赤い部屋の中を
合わない焦点で
ぐるぐると廻る
笑顔が創れるうちは
未だ狂っていない

世界が耽美に死ぬ
着飾った卒塔婆の下
以て暝すべし

533

美しい違和が
柔らかい壺から滴る朝
過ぎ去っていった言葉の
整合性が危うい
その非常な羽根
床が割れて
噴き出す血
のような軽やかさで
唱えられる関係
隠された主人公が
戦争を忌避し続け
大切なものに
彫刻刀で愛を遺す
それは能力ではなかった
人形の街が燃えてゆくとき
それは能力ではなかった
言葉が薙ぎ払われる前に
それは能力ではなかった
疵は静かに人の優しい部分を冒す
それは能力ではなかった
それは約束に過ぎなかった
命と同じだけ絢爛な
淡い口約束

534

【ダイイング・メッセージ】

較正される美が
胸元を隠している
馨りは彼方まで届き
夜は対話になる
アスファルトに
夏が残っている
世界が言語を獲得し
街路樹に楔が打たれ
破産した太陽の
柔らかい看破に
揺り戻しが起こる
花はいつも
他人のように優しく
深い拡充
泪は夜に流れる

「ねぇ、抱いても良いかな」

馨りには自信があるんだ
頬を流れる彗星を嘗めとる
隠された胸元に
貼られている
言霊

535

【夜命樹】

道端で
なにか死んでいるね
それとも沁み込んでいるのか
命って
なんのことかな
意思だとしたら遺志は?
夜はなぜか
言葉を殺すね
発情する時計が
腰を跳ね上げる
ティッシュを忘れてしまった
酒は呑みすぎると
羽根が生えてしまうから
ほどほどにね
命って
なんのことかな
疲れ果てた時
生きてるって通知が来る
朝はいつも
汗の香りがする
空でも一疋ずつ
虫が天に還っている
夏の吐瀉が
マンホールを塞ぎ
海まで僅か10Km
燃えさかる
卵殻たちの遺志
羽根の生えた夏が
震える透き通る羽根の生えた夏が

脱け殻を落とす
孵化する前に
翔べ

536

【ネイビー・ワールド】

世界を自在に創る
セントエルモの火
痛苦から亡げないとき
地盤は塗れる

世界は陽が暮れて
刷毛がペンキに沈められる

ゆっくり踊っている光
詩が蠕動する

アレンジが払拭されたとき
透明な月光がはじまり
夜がしばし
ため息をつく

537

【相克】

光ばかりソテーして
良い馨りがする庭で
洗濯物が風をはらみ
猫は日蔭である
窓からは雨の記憶が
申し訳なさそうに忍び
終電を逃した夜が
寝そべっているのが
隣の敷地に視える
椅子を無くした星たちが
視えている視えてない
枕を流された冬たちが
燃えている燃えてない
一年の谺が光に晒されて
超えている超えてない


538

【夏、或いは伝説】
街の、一番の炎の、凍えるプロミネンスの、その終わってゆく諮問の、美しい交差比率が、厚い右肘の正確な転訛となって、へし折られてゆく耳朶の、自動的な堕落が、金色の虹となり、永遠を嚥下するとき、愛よりも蒼い赤に、透明な月色を溶くとき、斧から溢れた光がサコッシュから幽かに視えているとき、人徳の名を借りた触媒が勝訴するとき、おれは鋼鉄である、おれは熱砂である、おれは狩猟者である、おれは街路である、おれは魔神である、火の苗字である、そうして相克が起こる時、詩は地下空洞で繋り、間歇的に噴き出す、項である。

539

澎湃として漲る詩水、その奔流の涙腺。

憐愍が海を航る。

不可視を無謬にする。
形式を膠着しない形式。
なんの名詞でもない言語。

彼岸に右手を突き刺し、
虎児を獲て引き抜くとき
右手は嘗て使い物にならない。

賦与された地盤が
果たして視座を狭めない。

可能だけが世界を支配している。

540

【静物】
ローキーな抱擁でバイブする静謐。燃える黎明のアダマスは蒼いIIの方。ソファに深く沈みこんだ はしたない箇所。その聲がハミングするルースターズ。髪を掻き上げる。街灯の下で輪廻を吐く。電線を渡る諜報。様々な相のAシルエットの女性が。交わいながら飲むカクタステキーラ。仄蒼い渓流。割れる壜と切れる踵。裂かれたソファから覗く唇と口付ける新月。恐怖はいつも掌に肖ている。

541

砂塵がすべての安逸を覆う日
海からは
髪を濡らした物語が這い出る
気圧が少女の涙を渇かすとき
紫外線が男達の膚を切り裂く
宇宙から流し込まれた慣性が
唇を割ってぬめらかに躍る
数秘術は人間だけのものではない
そのような悲報が地の亀裂から
滲み出る (そこまで垂れる)
倦怠が季節を動かす
奪われた抵抗が大河を流れてゆく
システムが死ぬだろう
システムが死ぬだろう
それはおれには関係がない
鼠径部に唾液を遺し
おれは詩を書くだろう
やがて
システムが死ぬだろう
筆が光に分解されて
歴史だけが詩だと
気付いたときは
既に

542

【荒廃】

おまえは詩に刺され
血ばかりを赦している
ゆっくりと流れる街を
譫言のように抱き締め
恋の睾丸に眉を顰めている
言葉が多すぎたとして
おまえにはきっと
公転すら及ぼさないだろう
触れ合うことの多面体が
先天的な感情であるから
おれは詩に刺され
焔ばかりを赦している
愛が深く頤を咬むだろう
その時光彩に映る発火
二つの蝋燭が合わさるような
そのような血ばかりを
追い求める廃墟 寧ろ廃屋が
このような恋の詩を
奔らせている
血走らせている

543

【嘘】

譬えばおまえが
海のように嘘を
捜し続けたとしても
名前を喪うほどの
深度を剰余したりしない
優しい悪の
おおらかな殺意が
事故として愛を名乗り
その先に聳える耳に
丁寧に噛み付くのだ
波が凍る頃
雨は降るだろう
その土地に染み込んでゆく
言霊の破涙を正しく紛らわせ
静謐な行事のように
新しい命名は
執行されるだろう

544

【翅】

いたく疲弊して
眼はしょぼつき
題名の無い笑顔が
庇護したいと窪む
それが望まれた
現在である
呼吸の彼方に
永遠が煙っていて
目を閉じても
光はうたっている
今の彼方に
羞じらう無限がある
時々近付いてくる蝶に
肖ている微笑がある
死が殺されてゆく
疲弊が、没感情が
ゆっくりと瞼に
沈んでゆく 闇
その翅

545

【沈黙】

無言を描いてる

聴こえない音楽が
喉の奥で赤い

猫達の柔らかい睡眠が
ひとつの部屋になり
静かな椅子が
別れを忘れさせる

無言を描いてる

その意識が揺れる
涙が溢れそうになる
大切な想い出が
我が儘に埋葬される

蝿達が越境する季節

勝手に繰り返される翅
助手席の旋風
アシンメトリーの冷静

無言を描いてる

話すことが無いとき
膚が翻訳を始め
分厚な回路に
色彩の螺旋が働く

何故 命はいつも青いか
それを切り分けるカトラリー
記憶は銀色に魔除け
日傘に反射する光

無言を描いてる
言葉にはそれが出来る

546

【追憶】

水晶が頭上にあり
記憶は毎夜 翅を綴じる
言葉による乖離
蜜を求める韻律
影から夏の日差しに
濡れた触角を赦して
耳穴の中に
ひっそりと潜り込み
何らかの管を提喩して
心臓に群卵を産み落とす
細やかに なんら違和感もなく
有限の器官で
花を冒涜する

散ってゆく本日を
沖積する結晶が
とじこめてゆく

誰が追憶を
散るものと産卵するものに
割くのだろう?

羽音が韻律して
想い出に なる

547

【光のカイエ】

愛しい流域と
手を繋いで歩くとき
そこにもはや肖像はない
魂だけが言語になり
余波が世界に干渉するだけ
管制される鞭撻の
その刹那的な降伏
交感されるエコールで
教科書に雨が踏み締められる
たくさんのことを
ほんとうにたくさんのことを
教わり、そして今も
首の後ろのラインから
教わりつづけている
注入される度に白くなる肌
波音の向こうの明らみ
拾われ続ける星簇
大気に射出された天使が
月光の産道を
遡上してゆく

548

【海図】

海の手触りばかり
いつも詠み上げていた
頑なな貝の秘密
引き潮に顕れる合図
鳥の子の相槌が打たれる
銀色に塗られた魚たち
その奥に眠る水圧
闇と冷たい血
歌の苦手な珊瑚が
汐の廻廊を選択する
何処までが海で何処までが空か
何処までが空で何処までが気圏か
何処までが命で何処までが化石か
何処までが過去で何処までが今日か
何処までが美で何処までが火か
軽薄な泡の言語に
込められた悲しみがあった
影響が世界を揺らす
海面 落雷
一瞬だけ洸る
海底の眼球
そこにある
レム

549

【ゆらぎ】

だらしなく夜が中和され
濡れた場所をそっと拭くサフラン
深いところから訪れる沈黙が
言葉のかたちをとるときに
ほのかにたちあらわれる動揺
夢のなかに眠る花が
花粉の言葉で語る
いつも水であった愛が
今は火であること
その差の中にある草原
吹きわたる風のサタイア
視えないものからのしらせが
まぶたを切って
流れてゆく

550

オーロラを燃やす風を承けたい
西湖の漣にもう一度触れ
レイラニの名も知らぬ聖霊に刺され
音楽を犬達と交わし
雲間に隠れた文字を詠み
雪国の秘酒を呑み
橇で黄泉を横切りたい
おれの道には星があるだろう
供に手をとるものが
時を咬み
手繰り寄せるであろう
命は 疾い
けれど秘密ではない

551

【アズ ハード アズ フラジャイル】

どこで見ただろう
精神が河になることを
時と誰かが呼んだ
壊れやすい言葉の
その澱みと淵に
いつも哀しみと
淡い光が踏み締められ
月を反射する貝を
後悔もせずに割ってゆく
たとえば
燃えさかる舟のように
鋭角な遺伝のように
奔る汗のように
詩はつづいてゆく
髪が口に入る突風として
意味が詠い始めるだろう

どこで見ただろう
樹々の隙間から昇る
ことば

552

【カントリーロード】

すべての海が関係する廃墟に
風の無い鳥が詠っている
細切れにされた嘴の幽霊が
却って光を結晶するだろう
夢の橋を叩いて
まどろみの花を束ね
尾羽のかわりに
ゆっくりと飲み込んでは
吐き出す
ああどうか還ってきておくれ
滅んでゆく炎の内在から
永遠の場所へ
待っているよずっと
夜更けを批評せず
魂の故郷を
確かに温存しながら

553

わたしの中をときじくの風が吹き
南中する未明が来たことを報せる
この世は望まれたように
創りかえられ
配役は瞬時に任される
哀しみはそのように与えられた丘
音楽の向こうにある沈黙
詩の向こうにある優しい暗闇
神様が耳許でささやく
嘔吐するほど美しい森で
年輪の方角を数え
命の向こうにある星
永遠と喚びたくなる
そのような富を
静かに循環しつづけたい

法悦するような湖の
そのなだらかな湖畔に
横たわる
鼓動の無い秋

554

【ひかりに向かって】

きみに誘致されて
パサージュを横切って
風の枝を伐って
星に席を譲って
麦わら帽子を焚べて
山麓を焚べて
口移しの歌で
蛙に挨拶を送り
虹は舌を出さない
夏が終わってゆく
夏が終わってゆく
きみと減り込んだ
季節が音をたてて
明日を運んでくる
ほんとうは
明日を追い越して
夏を追い越して
命を追い越して
圧の高いところから
下流へ気が流れる
それだのに
夏が終わってゆく
静かに終わってゆく
どろどろに溶けた死に向かって
その向こうのひかりに向かって

555

【パンキッシュ】

ガレージの中で
言葉を傷付けている
そのような音楽が
空気を争覇して
カリタスを信じながらも
美しい腰を(疚しく)振るとき
校閲される思惟に
ピナクルが迫るだろう

炎はいつも主語になり
絶え間無い瓦礫を
ゆっくりと嘗めている
敏感な路面がパンを焼き
膨大な隠語が屹立する

そのようなフェイズのなか
セックスの隠喩だけが
言葉を(激しく)抱擁する

556

頽れてゆく笑顔の
その下から覗く伽藍
日陰にはいつも
かすかな死がある

遠い石の馨りが
街灯を染めぬき
歪な太陽を乱視していた雨

寂しいマンホールを焼く
夏の残滓
寝転ぶ幽霊たちの頬
虚ろな街に
転調する悲鳴
掠れてゆくエピタフ

想い出は詩に出来ない
死んでゆくものたちばかり
眩しい

557

【フラグメンツ】

俯瞰される世代が
瞬間を切り取ってゆく
太陽のように
永いことが美しいのは
過去の遺産となった
寄る辺ない群像の
終点なき列車は
走ることだけを目的に
冥府を切り裂いて進む
きみは
何のために指を伸ばし
何のために土を蹴り
何のために背を濡らし
何のために命の機を織るのか
決め方は誰も知らない
譬えば命が殖えたときに
魂に霊が囁くように
巨きなものに赦されるしかない
風の河で耳を済ませる
星の光線のように
彼岸はいつも届いている
このまま時の細断が進めば
浅瀬は明けなくなるだろう
彼方に指を伸ばす
輪郭線が発光し
埋まるマトリックス

558

【楔の碑】

光の権益が
無意識の裂傷である
濫読される希望に
夜が屹立している

閉ざされてゆく肉に
楔がうたれる
過去の絶対的否定
男たちは去年の祭祀を忘れ
男たちは今年の佳日を貪る

道すがら誣告される向日葵
たたずまう惑星譚
囲繞される朝焼け
これは夏の懺悔
赦しを前提としている

559

【伝説の回路】

夜の瞼を掌で伏せる
ニル・アドミナリ
鋼の脚で屹つ黒
その刃が濡れているのは
雨を斬ったからではない
契機される墳墓
忘却される義憤
積載される罪名
誤解される虚偽
中和される真理
透明な血液の飛散
悪意無き邪心の聳動
継承される痛覚
無関心な閑静が嗤い
黙示録の左肺が
暗黒を懐かしむ
焔を吐くオルタナティブが
物語を破壊してゆく

無限を待機する
永遠を斬る日が来る

560

【漂着】

ひばりが木曜日を切り裂き
卵殻を打開している
神様は鞭を振る
地球の正確な残数ぶん
非道な虹の罅
嗚咽は味がしない

今ゆくりもなく 旋回する母星

明日へ漂着するがいい
なけなしの焔で

561

【詩論詩】

わたしを詩語にする来歴
開け放たれた均衡
滑空する意味
絶え間無く垂れる音
意味を固着するために
言葉には順序が必要である
精霊に固有の文法が必要である
情動が現実を創る
刻々と生まれ更新されるもの
それらが季節風になる
立ち止まる齟齬
阻まれる咀嚼
ただし美しい墓所
香気と抉られた過去
夜が陶冶される
風が支配される
唄が供奉られる
(悲しみは据えられやすいが
そればかりが粘度ではない)

詩人とは人生のことだ
詩語を殖やすための
永く深い旅のことだ


562

【吐血】

星の絶叫が
嫉妬の上に降る
もう馬鹿らしくなってしまった
孤独は酩酊している
譬えようもない
疾風の配置の中
計算ずくで建立される
寺院がかつてあった
立っている庭
しゃがんでいる樹木
風を捏造する街
四角く切り取られた天蓋
映画の一シーンのように
俯せな天鵞絨
赤いベルベットが吐血する
切り刻まれるんだよ
嘘ばかり吐くから
言葉を過信している
それを疑いながら

563

【探照】

雨がおれを見つける
柔らかい像として
喜劇を弔うために

精霊は喪失の言葉を持たない
頭蓋に風の吹くものに
代筆させているのだ

「言語はいつも悲愴だった」
そのようには決して言えなかった
(―――偶像しか無かった)

ああ 宿ってくれ
鼓膜を風が通り抜ける
雨がおれを
見つける

564

【或るイシュー】

夜が誕生して
常に宴があり
毎晩 食器は棄てられ
匂いは堆積した

空白の収納に
次の人がつめる灯りは
抽象を渇かし
容易く入籍する

もはや、部屋でさえなかった
声が響いたとき
新しく詰まる綿が
どのようなものかさえ
空想もできなかった

正しい夜があった
ふたたび訪れる
正しい夜があった

それから

透明な主題が
拭かれ果てた窓にうつる

もうすぐ秋
地獄の朝が終わる


565

【静物】

朝と夕暮れの混ざるタブロー
緋色はいつも鋭角である
詩はいつも
書かれていない前奏を持つ
言葉たちの瞬き
確かに感じられたことの
曖昧で美しい蒸着

どうしても流れてゆく
季語の由来が
風下に積もってゆく
哀しみが筆であるなら
いつか慟哭も亀裂になる

微笑と嗚咽のアフレスコ
叙情が馨りを放つ
さよなら
どのようにしても言えなかった
透き通る弁明
永遠はいつも
優しい

566

【夢魔の景色】

一翼の海が誰何する夜
エゴン・シーレの姿勢で佇む
炎の花が明晰夢を視るとき
風の渓流に土地の神が揺れる
樹の形をした慟哭が
おれを癒したり殺したりして
顕れた石に頸を射たれるのだ
柔らかい精神の解釈に
皆が手首を折る中
行き過ぎた風景画の中で
波だけが砂をゆるした

#詩


いつか詩集を出したいと思っています。その資金に充てさせていただきますので、よろしければサポートをお願いいたします。