スコール 或る些細な企みが失策に終わる頃 或る少女がドーナツを口にする 或る技術が磨かれ達する時 或る少年はオナニーを覚える わたしは何と対峙する 夢か、アスファルトか、概念的な痛みか 幾度も言葉が流産され 名も知らぬ権威に手懐けられ 日常の最小公倍数が神話になる 愛の誤作動 既視感の正体 うまく息ができない夜だ 東京のスコールが見えるかい わたしは君に話しているんだよ
分かりやすい文章は好きだ。しかし、分かりやすい詩は好きではない。 詩を書こうと思ったら、論理の余白というものが絶対的に重要になってくる。唯物的に言葉で全て説明しきるのではなく、その奥を読者に感じさせる。目に見える形よりも大切なのは香り立つ余韻であり、これがなければ詩として成立しない。 私が好まないのは、この論理の余白があからさま過ぎる場合だ。 ペーパーテストの解答欄のように、「ここにこれを書き入れてください」と言わんばかりの区画されたスペース。これも余白であることには違い
X 曇 風が強かった 煉瓦が赤かった 他愛もない会話、最早空間ごと目的的という異常 この低俗を世界の起源と呼ぶ男もいた 幾人もの夢を肥やしにして ようやく一輪の花が咲く 与えられるものを与えられるままに 感覚を研ぎ澄まし(或いは知らぬ間に鈍っているのか) 鉄を熱いうちに打つ! 凶暴を諫めるな その塊だけを見よ 忘却の速度が上がる 飽き果てぬよろこびを噛み締めながら 私は躊躇うことなく世界に背を向けた 小さな死をこそ愛したいから 社会に反比例する力を信じたいから
寺山修司が「人は自分で名乗った瞬間から詩人なのだ」みたいなことを言っていた記憶がある。 確かにそうだ。政治家でも小学生でも痴呆症の老人でも無職でも、自分が「詩人だ」と言えば詩人なのだ。 私は中学生の時から詩人をしている。主に退屈な授業中。ルーズリーフ(当時はノートよりもルーズリーフを使う方がスマートでかっこいいと思っていた)を引っ張り出しては、今思いついた言葉を書いて並べてみて、時に出来栄えに満足したり、時に「くだらない」と思ったりしていた。 詩というものは厄介なくらいに
出番 彼らはきっと 即席の愛を貪りに来たんだろう カドカドしいE.B. 粗の目立つハイ・ハット 狭い狭い宇宙いっぱいに 光を満たす 構造を重ねる 腕を鳴らす 日常を黙殺する たまに無茶をしてみる 時に甘い囁きを入れてみる 敢えて慣れないステップを踏んでみる (例えるならそう、寝覚めの水道水のようなピアノソロ) 醜いまでに顔を歪ませ、初めて歌える歌だ 私は自分自身にアドバイスをした 無知への恐怖を棄て続けること そして 自他の境界線を忘れ続けること 6月11日 罪悪感
赦されぬ朝 秒針 膝掛け 崩されぬ自我 悲観的な女 浚われた小鹿 広いエナジー 文化の風 ビルを登る男 朽ちる夢 挨拶 月を毀す 溶け合うエレクトロ 調子 能ある鷹 コルセット 保証のない暗闇 ゼラチンのような泉 暴力とユーモア 無益のトモシビ かの世界観の凌辱 麩 灰の狭間 計画しないという計画 逃げ出せぬ街 朝、私は赦されない。 23:42 疲労の微温湯に浸かる男 不得意なことはしたくない 休日だけが生き甲斐さ 孤独を愛している そのくせ 孤独の過ごし方を知らない
今でもあなたは探しているの? 醸し出されることのない美酒を 雨に負けぬ花になるというの? やわらかな心を石に変えて キリンジ「愛のCoda」より。 僕はキリンジというバンドはとても好きです。 大人の色気と物事の本質に迫る鋭さを兼ね備えた歌詞や、複雑な音楽構造を軽く着こなしてしまう作曲技術には目を見張るものがあると思うのですが、この曲の歌詞は特に良いのです。 どこを引用しようか迷いましたが、多分この一節が一番言いたいことなんじゃないかな。 孤独。どっちつかずの大人。こん
昼時、オフィスビルの外に出てみると嵐だった。折りたたみ傘は持っているが、果たしてこんなものが役に立つか。 しかし、ランチ場所に選んだ居酒屋にはさほど遠くなく、高架が屋根になってくれるのであまり濡れずに移動できた。 美味しくもないくせに値段だけは一丁前な日替りハンバーグ定食。今日はデミグラスの日だった。0円のコーヒーもいただいて、近所のスーパーで炭酸水を買って会社に帰る。 帰りは、更に雨脚は酷くなっていた。屋根の下を歩いても横殴りの雨が足元を濡らし、スラックスが重みを帯びる