彼女は私を、いじめていた

「今度近くに引越すよーよろしくね!」

「やったー! 遊んでー! 娘ちゃん元気?」

そんなLINEのやり取りをする友人がいる。
彼女は中学の時からの付き合いだ。
中学高校と一緒、塾も一緒、大学こそ違ったが、数年前に地元に戻って来た事もあり、また交流を再開した。

私と彼女は友達だ。
だが、彼女は私を、いじめていた。

セーラー服を着ていた田舎中学生。
そんな私の前に彼女は現れた。
彼女は転校生で、都会の中学からやってきた。
きれいな編み込みの髪。おしゃれな筆記用具。
軽妙なトーク。トレードマークの黒ぶちメガネ。
少しエキセントリックな彼女は、あっという間にクラスの人気者になった。
私と彼女は席が隣だった。それだけだ。それだけの理由で、私たちは友達になった。
彼女は私にはないものを沢山持っていた。
話していると本当に面白い。いつまでも話していたい。
私は彼女の虜になり、数人のグループで一緒に行動するようになった。

そんな中学一年の冬。
音楽室への移動教室の時間。
いつも通り彼女と一緒に行こうとすると、教室に彼女の姿が見当たらない。チャイムがなる少し前まで待つと、教室は空になってしまった。
先に行ったのかな。
不思議に思いながら急いで音楽室へ行くと、すでに彼女は他の友人と一緒に席についていた。
私は一緒に座る場所がなかったので、少し離れた席に座った。声をかける暇もなかった。彼女は、私に振り向こうともしなかった。

授業が終わり、教室に戻ろうと彼女の元へ向かった。

すると彼女は、もう一人の友人の手を取り、走って逃げた。
逃げた。
そう、彼女は逃げた。
こちらをちらりと見た二人の顔は、私を嘲って、笑っていた。
編み込みのおさげが、廊下の角に消えた。

何が起きたかわからなかった。
昨日まで仲良くしていた。
昨日なにかあったか?
いくら思い出しても、特に変わったことはなかった。


教室に戻り、私は席に着いた。
彼女の席へ行く気が起きない。
だって、ほら。
彼女は他の友人と一緒に、私の気配を窺っている。
こちらをチラチラ見ながら、口元を隠して、あからさまなほど小声で耳打ちをしている。
そんな彼女に近付くことなんて、できない。

そこからは針のむしろだ。
なにがあったのか、わからない。
彼女を中心としたグループは、私を避けた。
私が少しでもそばによると、まるで磁石が反発したのように、すっと遠ざかる。

他のグループの子が、そんな私を気にしたようで、「なにかあったの?」と声をかけてくれた。
「ううん、なにも」
私は首を横に振ることしかできなかった。
首を傾げて私から離れたその子に、あのグループの一人が近付いて、なにか耳打ちをする。
そしてこちらをチラチラと見るのだ。

そしてその子も、その子のグループも、もう私に声をかけなくなった。


私は一人だった。
一人である事がばれないように、本を読んだ。
休み時間には図書館に通った。
頭が痛いと、何度も保健室へ行った。
もう一人、クラスでハブられていた子と、弁当を食べた。
そして、本を読んだ。
本、本、本。
本がなければ、私は学校にはいられなかったかもしれない。
本、本、本。
私は一人にされたんじゃない。
私が選んで、一人でいるのだ。
自分にそう言い聞かせた。

そして、家に帰ると何度も考えた。
何がいけなかったんだろう。
私が何をしたんだろう。
もしかすると、ずっと前から、彼女は私の事が嫌いだったのかもしれない。
私が何かしでかして、彼女の気を損ねるような事を、していたのかもしれない。
他のみんなも、本当はずっと、私の事が嫌いだったのかもしれない。
クラスのみんなも、本当はずっと、私の事が嫌いだったのかもしれない。


私は、嫌われ者だ。
誰からも愛されない、性格の悪い、ダメな人間だ。
勉強しかできない、本しか読めない、人の心がわからないクズだ。


静かに、私の心は、死んでいった。


いじめがいつ終わったのか。
それは、クラス替えの後、彼女とクラスが離れた時だ。
私のいじめの事を知らない子が、私に話しかけてくれた。
彼女も本が好きで、意気投合した。
そして私はいじめられていた事を隠し、いじめられないように必死で、「面白い人間」を演じた。
バカなふりをした。
そうしているうちに、友達が増えていった。
私を一番避けていたあのグループは、クラス替えで散り散りになると、もう私の事を無視する事を忘れ、自分の仲間を作る事に必死なように見えた。
クラスの違う彼女は、廊下ですれ違っても、塾で会っても、私の目を見る事は一度もなかった。

高校になって、私は彼女と同じクラスになった。

「同じ中学の子、少ないよね。緊張する〜!」

突然、彼女が話しかけて来た。
何事か、私にはわからなかった。
しかし、私は彼女を無視する事はできなかった。
彼女は、私を古くからの友人として扱った。
そして、何事もなかったかのように、私たちは友達としての関係を、再開した。

大学になって、「勉強がわからないから、夏休みに勉強教えて!」と、他の友人と共に私の家に転がり込んで来た。
夜を徹してお喋りし、勉強し、大いに笑った。

そんな彼女と、今、LINEをしている。
これを書いている今、通知が出たところだ。

「おお、そろそろ第二子準備中? 無理しないでね〜」

私は、本当は彼女に問いたい。
あの時、あなたはなぜ私を無視したのか。
なぜ逃げたのか。
なぜみんなで私をいじめたのか。

私はあれからずっと、人と関わるのが怖い。
嫌われるのが怖い。
いつか離れて行くのが怖い。
人を信じることができなくなった。

20年。

私は、本当は彼女に問いたい。

だが、私は怖い。
心から、怖いのだ。

だから、LINEに返事をする。

「ありがとうー、そっちでまた遊ぼうね!」


-----------------------

私がいじめた話、についてはこちらをどうぞ
https://note.mu/halproject00/n/nd514da74f313

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?