我田引水しない我田引水

渋沢栄一『論語と算盤』。かわいそうな人(理由は後述)。

インタビュー本には要注意。インタビュイーが書いた本とは異なる。

最近は本当にいろんな人が間に入る。プロデューサー、キュレーター、エディター、ファシリテーターにモデレーター、etc. 総称するなら、ナレッジ・ブローカーかな?

眠っている知的リソースを発掘し、組み合わせ、新たな価値を創造する。

極論すれば、生きている以上、誰もがやっていること。

けれども上で挙げたような名前が付いてしまうと、名前付きの人がエキスパートとなる。

よいエキスパート・ナレッジ・ブローカーというのは本当にすごい。素人さんたちが気付いていない彼女・彼らのポテンシャルを引き出してくれる。

何故そんなことができるのか?

矛盾に思えるかもしれないけれど、他人様のポテンシャルを間違わずに捕捉できるなんて考えていないから。

名前をいいことにエキスパート面(づら)しちゃうのは悪いエキスパートで、そんな輩はゴロゴロいる。インタヴュアーだなんて名乗っちゃってても、話聞き取れてない”お仕事”なんてそこらへんに転がっている。

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全く違うようでちょっとつながっているように思えることで、私がここのところ気に病んでいることがある。

「絶対に聞かない。」

このほぼ反射的無条件拒絶は一体どこからきて、どのように習慣として定着するのか?

ちょくちょく「ほっとけ!」という気持ちで無視するなんてことは起こっても、さすがに、繰り返し繰り返し、同じような用件で、同じ人との間でそんなことが起これば、ちょっとぐらいは「あれ?こっちにも何か直さないかんことあったりする???」ぐらい思わないのだろうか?

スーパーハイパー(ほぼ真っ当な理由ナシ)モラハラみたいなケースもあって、顔合わせないわけにもいかず、ただ無視するしかない、ってことも世の中に全くないわけではない。

けれども、しょーもないお小言であったとしても、言ってくる人間が全て「何言ったって全く言葉通じない人」ってことも考えにくい。継続的な関係にあるのなら、尚更、しょーもないお小言を言ってくることについて、「一体何が言いたいんですか?」って質すことぐらいするんじゃないのか?常に聞き流す。つまり、ハナッから無視。ってのは決して得策とは思えない。

私が気になるのは、上に述べたような特殊ケースではなく、一見スムーズに完結しているやり取り。多分多くの人には何でもないことのように感じるであろう、日常の何気ないやり取りに感じられる「全く聞いてない」とか「言いっ放し」。簡単に言えば、コミュニケーションになってないやり取り。

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この(私にとって)謎の「無条件絶対無視」という態度とうすぅ~くでも関係ありそうな気がしたのが、現在勃興・繁栄しているブローカーリング文化。

例えば、過去の著作(例:渋沢栄一『論事と算盤』)が復刻されるトレンドとか、インタビュー形式で著名人のアイデアを引き出すという手法の流行。これらはただのトレンドか?それとも過去の著作・著者に対するリスペクトか?インタビューであれば、インタビュイーなる著名人のアイデア自体に価値があると考えているのか?それとも、引き出せる側の能力自慢なのか?

我田引水しないように工夫された我田引水?

それが私の、これらトレンドや、ブローカーリング文化全般に対する印象。

明らかに矛盾しているけれども、「”私の田んぼ”なんてあるわけがない(私は財産も欲も野心も何もなく、世間様に従うしかない小市民です)」っていう”我田”(いわば私の戦略、必勝法)に、何もかもを引き込もうとする感じ。

権威主義なんだけど、がむしゃらには権威を求めない。できるだけナチュラル、ニュートラルな感じで、権威の側にいたい。がむしゃらに追求したとしても、その形跡を消そうとする。ひっそりと身を潜め、ただただ社会の平安を祈っているように見せかけて、実は常に権威の様子を窺っている。

卑怯な狼(全く羊ではない)の群れ。

自分のやっていることの正当性を、強力な他者(例:西洋列強)と自分自身との差、これを縮めるというところ(キャッチアップ)に求めるのは、とっても場当たり的で芯が無い。

言ってしまえば無責任。

だって責任は全部強力なる他者たちへ丸投げでしょ?何をするにも、どうやるかも全部、「あいつらに追いつかなアカンねん!」で済むと思ってる。

差がなくなったり、追い抜いちゃったらどうするのさ?

運よく追いついた後もずっと勝ち続けられればいいけれど、ご存知の通り、そんなウマい話は転がっていない。

同じようなことをして、同じような成果を上げている者同士(例:帝国主義列強やその末裔、先進国)。仲良くできているとしても、それぞれが拠って立つ大地は別々。哲学だって何だって、それぞれで正当化し続ける必要がある。おっきな社会(例:国家)をまとめ、率いていくのなら。

思想や哲学を真似したり、盗んだりしたっていいけれども、その土地にあった仕組みややり方作りは各々の責任でやるしかない。

どうやったって自分自身がこの世に存在して、ご飯食べて生きているって事実は消せない。

想像上とっても上手に隠せたつもりでもね。。。

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他人様のポテンシャルなんて間違わずに捕捉できるなんて考えていない

よいブローカーはそう考えている。間違うと思うから注意力が増す。「どうやって価値を見出せたことを示せるか?」にだけ気を取られていては、肝心のポテンシャルに気付けない恐れがある。そういうことを知っている。

それにもまして、決して成功が保証されていないにもかかわらず、できるだけ見えない他者のポテンシャルに近付きたい、という覚悟で臨んでいるところがスゴイ。

ポテンシャルに気付き、それをパフォームするのは、エキスパートじゃなくて、ポテンシャルの持ち主たち。

「これだけの新しい価値を創造しました!」なんてことを言いたいのではない。(名前やタイトルで食っていくにはそれも必要だろうけど。)

でも、そっちに頼るってのは致命的な弱点なのだ。ナレッジ・ブローカーに本来期待されている役割に照らせば。

知識は私たちがこの世の中に存在する仕方。

知識に関わるということは、本来それぞれ唯一無二の存在の仕方について、異なる個人間で交渉していくこと。ただのものの受け渡しとはワケが違う。

そこに関わっていこうとするならば、少なくとも、自分自身の姿を見せ、必要とあらば全ての責任を、一時的にではあっても引き受ける覚悟が求められる。

「私利私欲やバイアスなんてありませんよ」

そう言いたくても、それなりの節度は持つべきだし、間違っても「自分はただの空気です」みたいなウソや誤魔化しは避けなければならない。

つながることによって生きやすくもなる私たち。

「ただの接続ジョイント、潤滑油」なんて言っても”生きているだけの責任”からは逃れられない。

空気にもうまい/まずいがあれば、接続ジョイントや潤滑油にも良し悪しはある。

楽に、やりたいようにやっててもいいけれど、存在を消して(=想像上の抽象世界で)楽をしているなら、そりゃずっとは無理よってことぐらいは理解しておかなければね。

夢に描いたつながりはあくまでも夢。

そんな架空のものに責任丸投げしてちゃ、現実のつながりでたえず起こっている微妙な交渉になんて注意は向かないだろうし、一人一人がどんな心配事をもって生きているか?ケアすることなんてないだろうし、どんなポテンシャルを持っているか?なんて気付きもしないだろう。

ヒエラルキーはなくなりはしないのだろうけれど、力関係だけが全てを決めるようなつながりに、公正さがあるなんて、誰も思わないだろう。

なくなりはしないヒエラルキーの上の方にいるってことは、「なくならないんだから仕方ない」では済まない。それは、「何したってどうせ『恵まれてるから』って言われるんでしょ?」なんて安っちい泣き言言い合って群れてていいってことでもない。

階層のどこに位置させられていようが、イージーな「これさえやっておれば十分」なんて基準などない。

与えられた運命とそれをなんとか努力などで変えたい、変えるべきという意思。

両者の間で葛藤させられるのは皆同じ。

「これさえあれば!」

というような心の支えを欲することもあるだろうし、持つことまでは否定しない。

ただ、それはあくまでも個々人の内心で温めておくもの。

他人に勧めたりする時には、ちゃんとそこのところは弁えて伝えるべきだろう。

渋沢栄一『論語と算盤』は、渋沢栄一本人の「国のため」「西洋列強に追いつくため」が今もってシリアスに見直されていなかったり、ってことは、度重なる復刻も、よくある「ヒーロー祀り上げ」に留まっている。そもそも『論語と算盤』が講演録などからなっていて、渋沢本人の書というわけではないのだけど。その時点で、本人へのリスペクトを欠く、負のナレッジ・ブローカーリングが始まっているようにも思える。

故人、著名人から学ぶというのは大切なことだけど、他人の名前を自分が食っていくためだけに使うなんてのは、ただ醜いだけではなくて、連綿と無責任文化をつないで強化してしまう。

食っていくためには仕方ない、か。

そこに責任感なんてものは感じられないな。やっぱり。

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Hakushi Hamaoka

動的平衡の社会学

私たちの社会を構成する関係性は全て非対称で非平衡。「社会を分析する」とは、動的平衡のプロセスを精緻に観察することから始められるべき。
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