小娘、バンドマンになる 後編〜小娘編4〜

前話はこちら

「マックでいいですか?」

男性はそう言うと、東南口近くのマックへ小娘を誘います。

「連絡ありがとうございます、いやぁ…普通の人で安心しました!」

着席するなりそう言いながら彼は笑います。

小娘は話に笑顔で答えるフリをして、必死に情報をかき集めます。

(こんなヘラヘラして油断させてるだけかもしれない…怪しい。まだ私は信用してないからな…)

一体どういう人生を送ってきたらこんなに疑心暗鬼に育つものなのか…後の自分ですら心配になる小娘。

「今までバンド経験とかありますか?」

そう問われ、いえ、コピバン程度です…と恥ずかしくなりながら答えます。

「やっぱり未経験じゃダメでしたか…?すみません…」

と詫びると男性はとんでもない!自分も元はドラマーだったんでボーカルは初心者ですし大丈夫ですよ。一緒にがんばっていきましょう、と気の早い返答。

楽器隊も無事揃い、いざ活動開始というところでギタリストが抜けてしまったこと。そのギタリストはかなりパンチのある服装の人だったため、小娘を見てホッとして思わず普通だ…と声を漏らしてしまったこと。新宿近郊で週1.2回スタジオ練習を行っていること

そんなことをにこやかに話す男性。

(別に全然変な人じゃないな…)

付け焼き刃で慌てて読んだ心理行動の本に載っていた嘘つきの法則も、過度に善人ヅラした悪人ぽさも彼からは一切読み取れませんでした。

簡単に自己紹介や、普段聞く音楽の話なんかをしました。
その頃、インドをメインに民族音楽にかなり傾倒し、そこから派生してエレクトロミュージックにハマり始めていた小娘は、男性のあげる今の旬なバンドの大半を知りませんでした。そういえばメンバー募集のところに書いてあった好きな音楽のところはすっかり読み飛ばしていたことに今更ながら気が付きます。

(私、ちゃんとギタリストやれるかな…帰ったら今聞いたバンド調べてみないと…)

頭の中でモンモンとしだした小娘に、男性は一枚のCDを差し出します。
薄っぺらいなんの印刷もない、CD-Rでした。

「これ聴いてみてください。もし気に入ってもらえたら連絡ください。」

30分程度で小娘の初のバンドメンバー応募の変は終了しました。

ただメンバー募集に応募してデモ音源をもらう、言ってしまえばたったそれだけのことです。
他の人なら何十人もこなすこともあるこの一連の流れですが、箱庭で生きる小娘にとってはとてつもない大きな一歩でした。

久しぶりに曇りが晴れたような、ずっと溜まっていた支払いを済ませたような、とにかく少し浮き足だった清々しい気持ちで小娘はドンキでいちばん安いCDウォークマンを買いました。

そのままフラフラと歩きながら、早速もらったCDを聴いてみます。


ギターでコードを弾きながら、歌詞のようななんとなくの言葉を先ほどの男性が歌っています。
なるほど、ボーカルは初心者という言葉は嘘ではないようで、決して上手くはありません。少し声も震えています。でもすごく落ち着く、どことなく懐かしい温かい声でした。

何周も何周も繰り返し聴きながら、小娘はフラフラ歩きました。

帰宅して自分の部屋に着いた時、もう小娘の気持ちは決まっていました。


それから数日後、小娘は都内のスタジオにいました。

地下への階段を降り、スタジオの入口をくぐった小娘はブワッと血がたぎるのを感じました。

小娘の知るスタジオといえば、殺風景な入り口に鳴り響く自販機のモーター音、ほのかに流れる古いハードロック。その奥のカウンターではお馴染みヴァンヘイレンが自慢のストラトを磨いているか、水道橋博士に瓜二つのオーナーが鼻眼鏡をしながらなにかを熱心に熟読しつつ上目遣いで
「お、ハム子ちゃん。おはよう」と出迎えてくれる場所です。
入れ替わりで人と被ること自体が稀で、利用時間の前後は必然的にヴァンヘイレンのうんちくを聞くことになります。

でもここはまるで違います。

壁一面を埋め尽くす色とりどりの紙。
それらはスターリンや鮫肌実、趣向を凝らしたメンバー募集のチラシ、小娘でも知っているちょい売れバンドのサイン入りポスター。

ガンガンとパンクが流れ、それと対抗するかのように天井近くに設置されたテレビからは大音量のMTV。

その下の棚には募金箱とコーヒーメーカー。温められたブラックコーヒーの香りがタバコの煙と混ざって鼻を刺激します。

スタジオのネーム入りの揃いのTシャツを着たスタッフさんたちはみな若く、緑髪やピンク髪のにいちゃんたちと、黒髪ながらバキバキにタトゥーの入っためちゃくちゃ可愛い女の子。

ロビーの机はほぼ埋め尽くされ、同年代の様々なジャンルのバンドマンたちがメンバー達と談笑したり深刻な顔をつきあわせていたり…ただどのバンドもどこか他人を意識しながら無意識を装っているような、バチバチと火花が見えるような空気感がむせかえるほど強く漂っています。

(くそう、舐められてたまるか)

と場の空気にさっそく触発された小娘は、ずんずんとカウンターへ向かいます。

「おはようございますっっ!!!」

緑、ピンク、可愛いねーちゃんがハキハキとにこやかに挨拶してくれました。

「あ、おはようございます…えっとあの…14時からの…」

完全に出鼻をくじかれ戦意を喪失した小娘はメールで聞いていた予約情報を辿々しく話します。

「あ!大丈夫っすよ!聞いてます!4スタっす!!」

完全にできるヤツやん緑…顔面にそんなにピアスしてこんなに笑顔振り撒く人始めてみたよ…

と、小娘は圧倒されつつ、同い年くらいの可愛いねーちゃんに見送られながらどうも…と4スタへ向かいます。

部屋の前に着くと、どうやらちょうど演奏中らしく音が漏れ聞こえます。演奏が止まるまで待ってドアの細い窓からそーっと中をうかがい、小娘は部屋に入ります。

重たい2枚ドアの2枚目を開けると、一斉に自分に視線が向けられました。
目の前にはギターを下げた先日の彼。
ドラムセットにはエクステをつけたにこやかなギャル。ベースアンプ前には全身黒でかためたゴス味を感じるパンツスーツの女性。

「来てくれてありがとうございます!今日からギタリストとして入ってもらうことになったハム子さん。こちらがドラムとベースです」

その瞬間、ギャルもゴスも、とても優しい顔で笑ってくれました。
「ども〜!よろしくおねがいしますぅ〜」ニコニコとギャルがこちらに手を振り、
「よろしく〜」とゴスも続いて落ち着いた微笑みを投げかけてくれます。言いながらゴスが髪を整えた時、腕にたくさんつけられたいかついシルバーのアクセサリーがチャラっと音を立てました。

単純な小娘は二人の笑顔をみて、やっぱりここで良かったんだ、間違ってない、そう思いました。

見ただけでも全く共通項のない4人、同じクラスにいたら絶対に集まることのなさそうな、音楽性も何もあったもんじゃなさそうなとっちらかった4人です。

前途多難。はたから見ればそう見える状況かもしれませんが、とにもかくにも、こうしてようやく小娘はギター教室に通う小娘から、バンドマンになったのです。

続く




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