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124話 テンホールズでジャズを②

実りの無い孤独な学習を続けながら、僕はジャズの手ほどきをしてくれそうな師を探し続けていた。
まずは手っ取り早くバンド仲間達から総当りで相談して行った。
けれど、これもすぐに行き詰まる。店のブルースファンの常連客以上にジャズを忌み嫌う言葉を連ねられるだけだった。それこそ「おい広瀬、やめとけよジャズなんて!!あんなの、くだらねぇんだから!」みたいに。
さらにバンド仲間達は僕の不純な考え方自体を許さなかった。
「音楽は惚れ込んで演るものだ。好きでもないのに、演奏上のメリットでスキルとして身につけたいなんて、ミュージシャンとして最低だ!!」と。
その意見の半分は納得できた。バンドマン達の誰もが音楽への抑えられない強い感情があり、そのために将来への不安の中、不自由な生活を続けてまでもイバラの道を歩んでいるのだ。
そう思う反面、反応の凄まじさから、少々みんなが異常にも見え始めていた。みんな一体全体、今まで、ジャズに何をされたと言うのだろう。

こうして僕は、ジャズの事がわからないどころか、少しずつバンド仲間まで減らしながら、無駄に消耗して行く日々を送っていた。
気がつけば、ブルースの店で働かせてもらっているのに、目の前で繰り広げられている熱いブルース演奏にすら興味が薄れ、ただ接客や飲食の仕事に慣れて行く日々だった。
ある意味では、それが普通に仕事の経験を積むという事なので、労働としては正しい姿なのだけれど。

BGM演奏のBarの方でも、レギュラーでライブ演奏を続けていたけれど、その後、マスターから特にジャズに関して言われた事は無かった。
自分が参加していたそれぞれのバンドでも、ジャズの定番ナンバーをブルースっぽく演奏する事はあっても、特に自分からこだわりを持ったり、今までの演奏スタイルを変えたりまではしなかった。
なんだか、興味も無いものを必死で追い求めていた日々のせいか、音楽自体に若干情熱が薄れ始めてしまってもいた。
不思議とそういう時期ほどライブ活動の方は順調になって行ったりするもので、僕は店の仕事でもライブ活動でも、それなりの忙しさの中、ただ淡々とこなす日々を送っていた。
もちろんライブ演奏自体は楽しい。やりがいもあるし、いつだって情熱的になれる。毎日でもとまでは思わなかったけれど、これを生涯続けて行きたいというのは間違いの無い実感だった。
そんな僕の日々の演奏活動は傍目には順調に見えていただろうし、その延長線上にいつかは自分のお店を持ち、トータル的に音楽を仕事にして行けるようになれるのだろうと、周りにも思われていたようだった。

さらに時は過ぎ、店で働き始めてすでに半年近くが経とうとしていた。
ふいに常連客からこんな事を言われた。
「そう言えば、広瀬君ってさ、一時は、なんかジャズ、ジャズって言ってたよね~。もうジャズには興味無いのかい?」
言われた僕の方は、ぼんやりと(あ~、あれは一過性だったなぁ~)なんて思うだけで、その言葉に何の感情も湧いては来なかった。気がつけば、もう過去になっていたのだ。
けれど、それが妙な事から、再び自分の中で沸き立つものとなる。

ある日の店のブルースセッションイベントが終わった後のBarタイムでの事だった。
ステージではセッション演奏を終えたホストバンドのメンバー達が、いつものようにダベりながらおのおのの楽器を片付けていた。
あらかたの客はすでに帰ってしまった後で、カウンターの下の方で伝票を見ながら会計の受け取り忘れが無いかを確認していた。
普段に比べればさほど客入りが無かった日で、電話をして来たマスターからは終わりがけに寄るとだけあった。
カウンター越しに、僕の前には、あとひと口で呑み切れそうな僅かな酒をくるくる回し、なんとなく僕に話したそうにしているセッションの常連さんが座っていた。このまま「お会計を」となるかもしれないし、「もう一杯」となるかもしれないよくある状況だった。
やがてその常連さんが財布を出しゴソゴソとやり始め、僕は会計の準備をすべく伝票に手を伸ばし、お決まりの挨拶をしようと待ち構えていた。
けれど、財布は出したもののお会計ではなく、常連さんは何かの紙を引っ張り出し、それを開くと、僕に差し出して言った。
「広瀬さん、良かったら、これ、あげるよ」

それはどこかのライブハウスのチラシだった。
「どう?興味ある?いらなきゃ捨てていいよ」
僕はとっさに「いえいえ、いただきますよ~!ありがとうございま~す!」と、少々わざとらしく媚を売りながら、そのチラシを受け取った。
「じゃあ、俺も、お会計ね~」
その常連客は会計を済ますと、そのまますぐに帰って行った。どうやら僕にそれを渡すためだけにわざわざ居残り、タイミングを見計らっていたようだ。
よその店のチラシなので、僕は一旦カウンターの中へと下ろし、別のお客の話を聞きながら、その下でなんとなくそれに目を通していた。

デザイン的にはシックなチラシで、使われている写真や文字フォントの選び方に、大人っぽいスマートさがあった。
そこには「アマチュア・ジャズ・セッションデー」と書いてあった。
瞬間的に「アマチュア」という言葉に自分のプライドが刺激され(まぁ、奏者としては売れてないんだから、まだアマチュア扱いされても仕方ないのかな)なんてふてくされもした。たとえ演奏だけでやって行けるほど売れてはいなくとも、わざわざよその店にセッションをしに行く事まではしなくなっていた頃なので、正直言って、ちょっぴり見下されたかのような気持ちにすらなった。
けれど少々遅れて、突然、真っ暗闇に針の穴ほどのか細い光が差し込んで来る。そのチラシは自分の通っていたようなブルースセッションのではなく、ジャズセッションのものだったからだ。
(えっ?待てよ、ジャズ?ジャズのセッション?。ジャズって、セッションデーなんてあるの!?)
僕はそれほど根本的な部分から解らないままだった。そりゃあブルースセッションがあるのだから、ジャズセッションだって当然あったのだ。
「灯台下暗し」も良いところではないか。ジャズを学ぶのに「セッションデー」という機会が残されていようとは、今の今まで考えもつかなかった。
ブルースの演奏だって、セッションデーでハーモニカの腕を磨いて来たのだから、これが僕には最良の道ではないか。

(そうかぁ~、ふ~ん、なるほどなるほど、初心者大歓迎か)
そして読み進める内に、僕はある文章に目が止まった。
(え?、ブルースセッション経験者なら、なお歓迎!?)
最初はアマチュアという単語が自分のプライドに少々引っかかったものの、ジャズのセッションならば実際に演った事がないのだから、アマチュアには違いない。
それより好都合にも「ブルースセッション経験者なら、尚歓迎」とはっきり書いてあるのだ。僕はブルースセッションなら通い倒した経験者だし、大体が今現在ブルースセッションで人気のBarで働いているほどだ。

今の今まですっかり冷めきってしまったと思っていた「ジャズへの興味」に、急に熱が湧き上がって来るのを感じた。正確には、できるようになるための道筋を見付けた事で、自分の中で久しぶりに、何かが奮い起こされたのだろう。
これこそ長い間足踏みを続けて来た僕の背中を、いきなり「ぐいっ」と力強く押してくれるものだった。

つづく

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