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北へ還る


仕事の出張で東京へ行った。
一泊二日の旅だった。

北国へ帰ると、その端正さに私は驚く。
空港から街中へ向かうJRの電車は、照明がやけに青白い。
人はみな無口で、電車の動く、ごおおう、という音と、時折なにかが軋むオットセイの鳴き声みたいな音だけが響く。
壁に広告はひとつもない。
扉の横には雪除けのための手動ボタンがついていて、それだけがぴかぴかと黄色く鎮座している。

はじめにだだっ広い野原が続く。時刻はすでに午後6時を回っていて、野原はただのっぺりと塗り込められた暗闇に見える。
続いてぽつり、ぽつりと民家や工場の明かりが増えてくる。
駅のホームに降り立つと、鼻先を冷たい空気が、すう、と通り抜ける。

私は北国の寂しさが好きだ。

デパートのように、幕の内弁当のように、チョコレートボックスのように、情報が多分に詰め込まれた東京は鮮やかで活気がある。

でも私は、冬の北国の、真っ白い雪原のキャンバスにぽつんと佇むシカやキツネが好きだ。

東京から北へ帰るとき、私はいつもわくわくする。
わたしは急ぎ足で、白いキャンバスにかえるのだ。
白米の山脈に踏み込むのだ。
ミルクの海にダイブするのだ。

密度の濃い「空白」を求めて、私は何度でも北へ還る。

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