裏切り
“ごめんなさい。お腹の子はあなたの子じゃないかもしれない”
妻の告白に、まずは頭の中が真っ白になった。
本当に真っ白。
ん?君は何を言っているの?
もうすぐ生まれてくるお腹の男の子が俺の子じゃないということは、、、
ん?
えっ?待ってどういうこと??
完全に混乱して顔面蒼白になっている俺に追撃の言葉が続く。
“寂しかった。耐えられなかった。ごめんなさい”
ハラハラと涙を流しながら、目の前の女の懺悔は続く。
俺の修行中、コイツは男をとっかえひっかえ、大淫乱の遊び放題だった。
笑っちまうだろ?
俺が地獄の2年間を過ごしている間、コイツは快楽を求め不特定多数の人間と関係を持ち、長い春を過ごしていたってわけ。
どおりで。
思い返すと、おかしいところは沢山あった。
本山での修行を終えて帰ってすぐに婚姻届を提出し、一ヶ月後には式を挙げていた。
既にその時には懐妊していた。
“生理が来ない”
俺は喜んだ。
二人で病院に行き、懐妊している事実を知り、俺は大喜びした。
彼女は泣いていた。
喜びの涙ではなかったんだ。
妊婦さんの検診で、彼女にクラミジア感染症が認められた。
俺も当然、検査を受けたのだが、俺には感染していなかった。
俺は医師と彼女に説明を求めた。
医師は言いづらそうに、
「医学では色んなことが起こる」と。
彼女は黙っていた。
ふーん。そんなこともあるんだ。
当時の俺は、疑うこともせず調べることもしなかった。
バカだった。
修行により、人を疑うことを忘れてしまったかのようなアホになっていた。
そして、懐妊が認められた時点で妊娠3ヶ月と。
ん?少しズレていないか?
とも彼女に尋ねたが、妊娠期間は特別な週計算になると言う彼女の言葉に、
ふーん。
で納得してしまっていた。
子供がいよいよ生れるにあたり、自責の念に耐えきれなくなった彼女は俺に赦しを求めてきた。
この辺のこと、実は2021年現在あまり覚えていない。
この件がキッカケとなり、俺は重度のうつ病になって寺を飛び出し、実家に帰ることになる。
俺は家に引き籠もり、処方された薬を飲まなければ生活することすらままならず、処方された睡眠薬を飲まなければ眠ることもできなかった。
そんな中でも俺は毎日の読経をやめなかった。
修行中の習慣が抜けなかった。
すべての人を呪い、全世界が消滅しないかと熱望する。
それらの念を抱いた自身を責め、読経して懺悔し、泣いた。
二年ほどそんな生活が続いたある日、離婚届が送られてきた。
俺は機械的にそれにサインをした。
婚前とは言え、婚約状態ではたらいた数多の不貞。
裁判を起こせばカネはガッポリ入る。
しかし、俺にそんな精神力も体力もなかった。
ただの、無職で引き籠もり、バツイチの坊さんの出来上がり。
絶望に打ちひしがられた俺を見兼ねて、十代の頃からの友人がパチンコに誘ってきた。
そいつはゴリゴリのパチプロになっていた。
“金も無いんだろ?勝たせてやるから打ちにいこうや”
俺はなんとなくパチンコ屋に通い、ヤツの指定した台を打ち、パチンコ終わりにはそいつとメシを食い、酒を飲むようになっていった。
少しずつ心の元気が戻ってきた俺の居場所はパチンコ屋だった。
ヤツのノウハウを学び、釘を見る修練を重ね、店のクセを量り、俺も気づけば一端のパチプロになっていた。
月の平均で50万ほど勝てていた。
俺は実家を出てアパートを借りた。
心療内科には行かなくなっていた。
パチンコ屋の喧騒に疲弊した毎日、睡眠薬なしで泥のように眠れた。
それでも、髪の毛は坊主だった。
33歳になり、頭を丸めたただのパチプロの俺に、良くないニュースが入る。
“ひろちゃんな、最近体調悪かっただろ、、、?病院で検査を受けてきたらしい。末期の膵臓がんだった。余命は幾許もない”
電話越しの親父は威厳を保っていたが、少し声が震えていた。
ひろちゃんは、歳が8つ離れた俺の従兄弟。
親の都合により、小さい頃は本当の兄だと慕っていたぐらい、長い時間を過ごした大好きなひろちゃん。
ひろちゃんが癌?マジかよ。。。
じいちゃんが死んだ時のショックに似た、心臓を握りつぶされたような胸の痛みを今でも覚えている。
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