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ママだけど、私。私自身を大切にする。

こんにちは。Miyabiです。

母になったら、私は脇役?

母親になったら、第2の人生がスタートし、主役の座は子どもとなり、自分自身は脇役になる、そんな感覚がありました。

母になれば、自分のやりたいことはいつも少し後回しで、家族のために頑張る。それが私にとっての当たり前の世界で、母親になるとはそういうこと。大人になると、幸せの反面たくさんの「我慢」が待ち受けているから、若いうちに楽しまなくてはならないのだと、心の奥で感じていました。

こんなことを思いつつ、母親になることは夢でした。子どもが大好きで、母親になりたい!と心から思い、人生の脇役になることもそれはそれで仕方がないことだと。

そして念願の母になり、毎日子どもを第一優先で考えて過ごす日々。それはそれは幸せでした。子ども第一で過ごして、子どもの将来を考えて、子どもにとっての最適を考えて。多少の無理も苦にもなりませんでした。

あっという間に1歳を迎え、夫の仕事で海外移住が決まり、自分のキャリアへの不安を感じつつも子どもを連れて海外へやってきました。

「私」自身を問われる海外生活

海外へ来て、新しく会う人たちからこう聞かれます。
「あなたは何をしているの?」
「あなたはどうしたいの?」
「あなたはどう考えているの?」
「あなたはどうしてそう思うの?」

母や妻としての自分ではなく、「私」個人について問われていました。

すぐに答えが思い浮かびませんでした。気がつけば、自分が何をしたいのか、自分がどう考えているのか、を表現できなくなっていました。

妊娠をしてから毎日のように記していた日記には、子どもの成長のことばかりで、私自身の気持ちや考えにほとんど触れていませんでした。欲しい物もやりたいことも、自分のことは育児が落ち着いてからだと言い聞かせ、子どもの物ばかりが頭に浮かぶようになっていました。

子どもを通して、私を評価していた

そして、ふと気が付きました。子どもが褒められているのに、まるで私が褒められている気分になる。子どもが注意をされると、私の育児が悪いのだと言われているような気分になる。

子どものために、と思っていたはずが、子どもに責任を押し付けてしまっていたのかもしれません。


私を取り戻すための「自分探し」

自分自身に何度も問いかけました。
「私がやりたいこと」
「私が好きなこと」
「私が大切にしたいこと」
「私が考えていること」
「私自身の将来について」

私とはなんだろう、と毎日毎日考えるようになり、子どものことでいっぱいだった頭の中に、私自身の軸が戻ってきました。

自分の時間を使うことを恐れない

気がつけば、出産してから約2年、子どもを誰かに預けて「母親」でない私の時間を過ごしたのはほんの数回だけでした。預けることにも、頼ることにも罪悪感を感じていました。

日本では、他人に迷惑をかけないようにしなさい、と教わります。インドでは、人は迷惑をかけるものだから人のことも受け入れなさい、と教わるそうです。

家族3人の時間を作ろうと努力してくれていた夫に相談して、週末に私一人の時間を作ってもらうことにしました。子どもとの時間も、家族との時間も本当に大好きだけれど、意識的に私自身の時間を大切にするようにしました。

自分のために時間を使うことで、家族への感謝の気持ちが深まり、大切に思う気持ちが増しました。結果として家族の心に余裕が増えました。自分を大切に出来る人が、他人も大切に出来るのだと感じました。


人生の主役は私

私の人生の主役は子どもではありませんでした。私は脇役でもありません。
私の人生の主役は私自身なのです。

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