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バベルの塔的アイスカフェラテの乱

バベルの塔の神話をご存知でしょうか。そんなの常識だと言われればそれまでなのですが、犬サイズの脳しか持たない私は、割と大人になって知り、その解釈までは理解していなかったものの、印象に残っていました。

旧約聖書に出てくるバベルの塔は、天にまで届くような塔を建ていた人間を見て、神が怒り、それまで一つだった人間の言語をバラバラにして、人間が互いに意志疎通できないようにした、と言われます。神話ですが、もしそれが本当なら、学生および語学で苦労している人たちが知ったら頭を抱える事実です。神、なんて面倒なことをしてくださったのでしょう。

私は自分が脳内でイメージするアイスカフェラテが、通じなかったことが少なくとも2度あります。2度とも別の国で起こった出来事ですが、カフェラテの上にアイスクリームが乗っかって出てきました。お玉みたいなスプーンでゴリゴリすくう、丸く白いバニラ味のあれです。ちなみに、私は甘いものが苦手なので、残念ながら嬉しいサプライズではありません。

たった2度なんて騒ぐほどのことじゃないと言われるかもしれませんが、それは私たちが2度で懲りて、以降は「アイスクリームじゃないよ」と必死に確認して、阻止していたから起こらなかっただけであって、流れに身を任せていたら何度アイスクリームが乗っかってきたか分かったものではありません。

バニラアイスが乗ったカフェラテは、一度は南欧のマルタで、もう一度はドイツのベルリンのカフェでした。また、どこの国だったか忘れてしまったのですが、飲むシャーベットのような、甘いカフェラテが出てきたこともあります。

マルタでアイスクリームの乗ったカフェラテを出してくれた人は、おそらくイタリア人の若者で(マルタには隣国イタリアから働きに来ている人がたくさんいて英語が通じないことも時々ある)、人通りの多い通りの持ち帰りメインなカフェテラスでした。アイスカフェラテを注文して、手渡されたカップには、デカデカと鎮座するバニラアイスが。正座している象のごとく静かだけど存在感があります。

我々(私と相方)は驚いて、「アイスクリームじゃなくて、冷たいミルクと氷を入れてください」と言うと、「え?あ、そうなの?」と作り替えてくれました。あ、そっちのことだった?という感じでは全くなく、初耳だ、というふうにです。アイス乗っけただけなら取り除いて、作り替えなくてもいいよ、と言いかけましたが、生クリームも混入されていたので、結局作り替えてもらいました。

ベルリンでの事件は、ケーキなどスイーツが置いてあるかわいらしいカフェで、店主はドイツ人と思われるおばさん、お客さんも中高年女性が多いお店でした。初夏の汗ばむ日で、どうしても冷たいカフェラテが飲みたかった私たちは、すでにアイスカフェラテの危険さを知っていたので、用心して「アイスクリームじゃない、冷たいミルク、氷」と、当時住み始めたばかりで絶望的なドイツ語に英語混じりでとなんとか伝えたつもりでした。

しかし、出てきたらやはり丸々としたアイスクリームが鎮座していました。おばさんは、分かった分かった、というふうに注文を取っていましたが、やはり通じ合えてなかったのです。

相方はおばさんに「だから、アイスクリームじゃないって最初に言ったじゃないですか」と英語で抗議しましたが、おばさんは心外だとばかりにわめき出し、おそらく、これが無駄になるだろうが、というような雰囲気で怒っていました。店内のお客さん中高年女性たちは無表情に押し黙り、おばさんはプンプン怒り続けているので、私たちは諦めて、飲んでいないコーヒー代を置いて、店を出ました。

あとになって、私はサングラスをおばさんのカフェに忘れてきたことに気がついたのですが、もういいや、と戻りませんでした。感情的な衝突とは遺恨を残すものです。

若い人向けの小洒落て少しお高いカフェでは、メニューにアイスコーヒーがあるところもありますが、もっと大衆的な店や昔ながらといったカフェでは通じないことが一般的な印象です。

これまで、なんでこんなにアイスカフェラテが通じないんだろう、ただ冷たくして欲しいだけで難しいことを頼んでいるわけではないのに、と私は理解できずにいました。

しかし、イタリアやマルタは、コーヒーは熱いものであり、氷を入れて飲むという習慣がないので、「ローマに入りてはローマに従え」です。アイスカフェラテ、と言っても、は?となるのは致し方ないのです。できないわけではない、材料はある、けど、概念がないのだから仕方ありません。

そして、Wikipediaによると、ドイツやイタリアなど一部の国ではコーヒーにアイスクリームを入れたものが夏場に登場する、とあり、極め付けに、ドイツ語では「アイスカフェ(Eiskaffee)」とは「coffee with ice cream」を意味すると書かれていました。

おばさんが怒ったのも筋が通っていたのです。当然、私たちが「アイスクリームじゃなくて」と言った部分は、全く通じていなかたわけで、ドイツ語の「アイスカフェ(Eiskaffee)」だと確信して注文を聞いていたのでしょう。

まったくもって、バベルの塔です。神の怒りに触れてしまった私たちは、アイスカフェラテひとつ通じ合えず、世の中はすっかり混乱しています。

余談ですが、どこで飲んだのか覚えていないシャーベットのような甘いカフェラテは、シェーカーでおしゃれなカクテルを作るようにシャカシャカされて、私はギョッとしたのですが、Wikipediaによると、ギリシャではよくあるようで(私はギリシャに行ったことはないのですが)、インスタントコーヒーと砂糖を入れてシェイカーで振ったあと、氷、水または牛乳を入れるのだそうです。どおりで、パフォーマンスの割に、水っぽくて香りもなく、おいしくなかったはずだ(失礼)。

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