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少数派が多数派になる濃縮エリアの棒アイス

ベルリンに住んでいたときに、ワインとピアノ演奏のペアリングという、何を血迷ったかひどくおしゃれなイベントに行ったことがあります。

私は友人があまりいないし、1人でお酒を飲むのは好きなので、そこにワインがあってピアノも聴けるなら良いじゃないか、と思って出向いたのです。その頃、私は1人気軽に飲みに行ける居心地の良い場所を見つけられず、何か新たな機会に挑戦せねばと奮い立っていたのかもしれません。

ワインとピアノ演奏のペアリングが開催される場所はシェーネベルク(Schöneberg)のアートギャラリーで、私は電車に乗り、ノーレンドルフプラッツ(Nollendorfplatz)という駅まで行きました。

初めて行くエリアだったので、少し早く着いて歩き回って、ちょっとカフェでお茶でもして行こうかなと思っていたのです。駅前はスーパーや花屋があったり、ごく普通の中心地に近い町の雰囲気。

ノーレンドルフプラッツの道はかなりキレイで、便座やマットレスが落ちていなかったので、住民の民度が高く、清潔が保たれているのかな、または高級なエリアなのかな、と思いを巡らしていました。

ベルリンは観光スポットだけ見ていると気づかないかもしれませんが、エリアによっては、ものすごく汚いことがしばしばあり、道にはビールの王冠やピザの箱、衣類、家具家電という、人間の生活から排出される思いつく限りのありとあらゆるモノが落ちています。ゴミ箱がそばにあっても、それに入れることに反抗する思春期のように。

私が住んでいたエリアがややハードコアだったので、あぁ同じ首都の中でも別世界だなぁと感心しながら路地を歩いていました。

アパートの建物が続く中、アロママッサージのお店のポスターが目に止まりました。今まで見たことあるポスターと何かが違う。

通常、そういう癒し系のお店の写真は、若い女性が背中を揉んでいる姿が一般的かと思います。ところが、このポスターはムキムキのお兄さんがお客さんの背中を揉んでいる写真でした。私は、一瞬、珍しいな、と思いましたが、ま、そういうこともあるか、マッサージ屋さんはお兄さんも働いてるもんね、と再び歩き出しました。

一階がショップになっていて、ウィンドーにマネキンが飾ってある洋服屋さんの前を通りました。しかしマネキンが来ている衣服はいささか特殊でした。黒いベルトを組み合わせたような、あまり快適そうではない服でした。服と呼ぶのかも、もはや分かりませんが、店内のハンガーには、とにかく黒いレザー調のものがたくさん飾ってありました。

さすがに私も、おや?と思い始めたところ、通りの先にカフェのような店が見えたので、休憩しようかと近づいてみると、虹色の旗が飾ってあり(それ自体は、ベルリン中どこでもあることなのでなんら珍しいことはありませんが)、少し様子が違ったのは、そのカフェに座っているお客さんたちが、みな屈強そうなおじさんたちだったので、なんとなくおじけ付き、駅の方まで戻って、普通のカフェに入って座りました。

私の頭はここまで見てきたものが、なんだったのかいまいち処理できないまま、時間になったのでイベントが開催されるギャラリーに行きました。そう、私はワインとピアノ演奏のペアリングという高尚なイベントに来たのだった。

会場のギャラリーには、人数は10人いるかいないか、男女さまざまなお客さんが来ていました。ピアノ演奏が始まるまで、私は一人でしゃべる相手もいませんし、ギャラリーですから、飾られている絵を見てみようと壁に近づくと、絵が、すべて、裸の男性でした。裸の男性がチェロを抱えていたり、裸の男性がハープを持っていたり、とにかく全裸の男性の絵が整然と壁にかかっていました。

私はようやく、もしかしてここはゲイの人々が濃縮されたエリアなのではないか、と頭の中で情報が整理され始めました。神戸や横浜に中華街があるように、下北沢や高円寺にミュージシャンが多く住むように、ここはそういう人々の集結するエリアなのであろうと。マッサージ屋さんのポスターのマッチョなお兄さん、おじさんだらけのカフェと虹色の旗、黒いベルトの装具のショップ、裸の男性たちの絵しかないギャラリー。そしてキレイな道。

90年代のアメリカの有名なコメディドラマ『Seinfeld(邦題:となりのサインフェルド)』の中で、主人公の男性が、自分はとてもきれい好きだからゲイだと勘違いされるけどゲイじゃない、というような趣旨のことを言っていて、ゲイのステレオタイプは”キレイ好き”なんだな、と私は記憶していました。それが、このエリアを訪れて、点と点がつながったのです。

ゲイの人々が濃縮されたエリアを歩いていると、別の惑星にいるような、不思議な感覚になりました。それは通常少数派である人たちが、その瞬間にその場所では多数派であり、物事はその人たちによって滞りなく営まれており、自分はそこに属していない部外者である、ということかもしれません。

それから少しして、再びこの濃縮エリアに来ることがありました。ドイツ語学校のクラスメイトのチリ人の子たちに、お祭りに行こうと声をかけてもらい行くと、ノーレンドルフプラッツでした。

お祭りは『Lesbisch-Schwules Stadtfest(=Lesbian and Gay City Festival )』という、ヨーロッパで一番大きなゲイ&レズビアンのストリートフェスティバルでした。1993年から開催されている伝統あるお祭りだそうです。

Nollendorfplatz 2019

コンサートやトークショーなどで賑わう中、食べ物の屋台もあり、みんな食べたり飲んだりしながら道を歩いています。その中でも、一際目を引いたのが、色とりどりの棒アイス。おそらくフルーツ味のアイスだと思うのですが、ピーニス&テスティクルズ(こう書くと昔の欧米のロックバンドみたいじゃないですか)を模した型で制作されており、もちろん買った人はそれを思い思いに満喫しながら食べます。

そのような形の棒アイスを見るのは私は初めてだったので、自由な街だなぁとただただ感心していました。想像してみてください、ガリガリ君やあずきバーが少し曲線を帯びたそんな形をして売られていたら。

非常におもしろい、と遠目に見ながら、ノミの心臓の私はそのアイスを買わなかったし写真も撮らなかったので、今となっては悔やまれる限りです。

このお祭りはおそらく毎年7月に行われているので、もしベルリンに7月に行かれる方は、ピーニス&テスティクルズのアイスを食べて写真を撮って感想とともに教えていただけると嬉しいです。

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