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時はめぐる

『パパァー…はやくねなぁ…』

夜11時を過ぎて、私が1階の書斎でノートパソコンの画面に向かっていると、2階へ上がる階段の、折り返して見えなくなる6段目に立った長男が、手すりにつかまりながら頭だけが見える感じで、ほんの少しだけ身を乗り出して私に話しかけてくる。

『わかったよ、ありがとう…まだおきてたの…ママは?』

『ママはもうねてるよ…だからパパもねな。はやくねないとだめだよ。』

『そうだね、はやくねないとだね。すぐいくから、もうねな。』

『…わかった…ねるよ…パパもはやくきてよ。』

そう言われて、すぐにノートパソコンを閉じて2階の寝室に行くこともあるが、結局終わらなくてまだやっていると、また2、30分して、

『パパァー、まだねないの?だめだよ、もうねないとだよ』

と2度目の声かけがあることもある。

我が家は2階まで吹き抜けとなっているが、その日は吹き抜け下のダイニングテーブルでノートパソコンを打っていると、また同じように、

『パパァー、まだおきてるの?』

と声が聞こえてくる。
ふと見上げると、大人の胸くらいの高さの2階の廊下の塀に3本、等間隔で開けられた横15cmほどの長方形の穴の一番左側から、長男が下にいる私をのぞき込んで呼んでいる。

『わかったよ、いますぐいくよ。』

私はパソコンを閉じて、ダイニングの電気を消して足早に階段を駆け上がると、ダウンライトが灯った暖かみがある2階の廊下で、手を広げて待っている長男を抱き抱える。そして、長男を寝かしつけて一緒に寝てしまった妻が寝息を立てている寝室に忍足で入ると、隙間なく寄せられたツインベッドの真ん中に長男を静かに下ろして、私も長男の左側に寝そべる。あの頃は、そんな感じで家族3人が川の字になって眠るのが常だった。

あれから15年が経って、長男は高校3年になった。

『おい、早く寝なよ。もう夜中だぞ。』

『わかったよ、寝るよ。』

日付が変わっても電気がついている長男の部屋のドアを半分ほど開けて、今度は私が声をかける側になっていた。
長男は学校が終わった後も塾に行って、午後10時を過ぎないと家には帰って来ない。都合、寝るのは深夜0時を回ることが多いのだが、そのくせ、週に何度かは高校の朝補習に行くと言って、起きられないから起こしてくれとせがんでくる。

『本当にもう寝ないと身体がもたないぞ。早く寝な。』

眠りの浅い私は、トイレに立ったついでに灯のついた長男の部屋を小さくノックして、2度目の声かけをすることも多い。

思い返せば15年前の私も、夜遅くに寝て翌朝早く起きて出かけていくことが多かった。それを見ていた長男は、子どもながらに父親の身を案じていたのかもしれない。
最近になってそんな風に感じることがあって、あの頃に戻れたら、今すぐ長男を抱きしめてやるのにと思ったりもする。

15年後の未来には、きっと長男も父親となり、子どもができてまた同じような場面に遭遇することがあるもしれない。
その時には、私ができなかった分まで息子を抱きしめてくれるといいなぁ。


#創作大賞2023 #エッセイ部門