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第1回世田谷陸上競技会

東京への憧れというのは50を越えても尚、消えない。

東京に憧れたのは17歳の時だ。
部活帰りに王将の餃子で唇をテカテカに光らせながら
「おれは箱根駅伝を走りたいねん」と
仲間に語っていたことを思い出す。

仲間は、口から洩れるニンニク臭と
しつこく聞かされる東京ドリームに
辟易した顔をしていた。

仲間に宣言していた東京ドリームを
有言実行するためには、
インターハイへ出場し関東の大学の
スカウト陣の目に留まることが必要だった。

しかし、近畿ブロック予選で失速。
先頭の選手に周回遅れとなったレースに
関東のどこの大学からも
声がかかることはなかった。

『死にたいくらいに憧れた。花の都、大東京』

当時流行っていた長渕剛のとんぼを
聞くたびに胸が締め付けられた。

愛知県の大学に進むと
東京への憧れはますます強くなった。
憧れはコンプレックスとなり
その当時、テレビで放送されていた
箱根駅伝は見なかった記憶がある。

地方の大学生にとって、
東京へ行って一旗揚げるためには
地区インカレで優勝し
国立競技場で行われる全日本インカレに
出場することしかない。

死にたいくらいに憧れたわけだから
死ぬほど練習しても苦ではなかった。
2回生から3年連続で国立の舞台に立った。

「俺も東京で一旗揚げれた。」そんな気がした。
けれど、試合が終わった夜、
新幹線で名古屋へ戻る時、やっぱり
「俺も東京の大学で走っていたら
 どうだったのだろう。」と、
たらればを頭で繰り返しながら車窓から
真っ赤な東京タワーを未練いっぱい眺めていた。

死にたいくらい憧れた花の都大東京

今回、世田谷陸上競技会というトラックレースに
生徒と一緒に5000mを走りにやってきた。

会場のあちこちに、箱根駅伝の常連校の学生たちが、
試合に出るための準備をしている。

自分が叶えることのできなかった夢を
かなえた彼らの姿はまぶしかった。

田舎から出てきて、東京という街で
箱根駅伝で走るという夢を追いかける
チャンスを掴んだ彼らを心から応援したい。

厳しい世界だと思う。
陸上競技だけではなく
どんな世界だって東京には
才能と努力を惜しまぬ人が集まる。

そんな生き馬の目を抜くような
厳しい競争をしている彼らは
それだけでかっこいい。

もう50のオヤジには東京で
一旗揚げるエナジーはないけれど
インカレに上京してきた時のように
東京で頑張る人たちと競い合い、
あの頃の夢をひと時だけ
思い出させてもらおう。
号砲が一発、世田谷の夕空に鳴り響く。

入りの1000mは3分02秒。
おのぼりさん状態で
テンションがあがっているのか
トラック練習をしていない割には走れる。

でも、このスピードだと2000m限界だ。
とおもっていたら先頭のペースが落ち着いて
2000mは6分11秒。

ペースが落ち着くと、身体も楽になって
余裕がでてきた。集団のペースの流れに
のって3000mは9分21秒。

ペースが落ち着いてくると
集団の中には余裕のある選手が必ずでてくる。
余裕があって記録をねらいたい選手は
大体残り5周(3000m)で飛び出す。

案の定、周回板の5の数字を
横目にみたとたんペースが上がった。
先頭集団がばらける。

私の前を走っている選手と
更にその前を走っている選手との間に
スペースが空き始めた。

『おいおい、なんだそのスペースは。
 スペースとカウンター席は詰めるものだ。』

と言いたいが、おじさんは
孤独のグルメの五郎さん世代なので
心の中で唱えるだけだ。

『このスペースはよくない。よくないぞお。
 どうする。俺も苦しいけど、
 このレースをしている感じは悪くない。
 むしろ楽しい。くるたのしい。』

『5000mって何ていうか、
 ライブ感あるんだよな。
 座ることがない。ずっと立ちっぱなし。
 よおし、俺も声をあげるぞお』

前の選手を越すために、外側へ右足を振り出す。
その時だ。ビーーーン!
筋肉が裂けるときというのは、
痛みと共に体内で音がする。
音の発生場所はハムストリング内側。

『おお何たることだ。
 筋肉が裂けるチーズ状態だ。
 くるたのしいに痛みまでトッピング。』

ペースを上げることをやめ
再び前の選手の背中にまわる。
4000mを12分31秒。

東京にまできてやめるわけにはいかない。
76秒ペースならなんとか行けそう。
鐘の音を聞き最後の周回へ入る。
できうる限りの力を絞りだす。

『楽をしないことが、楽しいなんて
 なんておかしな競技なんだ。
 俺は泣いているのか、笑っているのか。
 ああもう、それすらどうでもいい。』

フィニッシュタイムは15分33秒。
初戦にしては出き過ぎだが、
この後の、痛みが心配で仕方がない。

東京は、50になったオヤジにも尚、手厳しかった。

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