見出し画像

部屋干しジャングル

 まるで探検隊みたいだと思いながら、私は部屋の出入り口につるされた洗濯物をかき分けていた。

 窓から差し込む陽光を目にしながら、洗濯物を外に干せない葛藤が胸の内に巻き起こる。本来であれば、最高の外干し日和。最高の布団干し日和のはずなのに、私は部屋のあちこちにつるしてある洗濯物を避けながら、部屋を移動している。

 理不尽な気がしてならない。

 だが、車のボディを見れば、黄色く微細な粉がまとわりついている。ベランダのさんにも、粉っぽいものが蓄積され、黄色く汚れている。

 清少納言は「春はあけぼの」といって、春の夜明けの素晴らしさを語っていたが、令和の世において、もはや春は、あけぼのよりも、花粉のしんどさを語る季節になってしまった気がする。

 私たち夫婦は《花粉症》と呼べるほどの症状はない。
 はなも出ないし、目が赤くなったりはしないのだが、くしゃみは出る。まるで幽霊の存在を察知した霊能力者のように、気配だけはしっかり感じているのである。

 花粉がいる……

 のはわかっている。わかっているのだから、外に洗濯物は干せない。今、つらい症状がなかったとしても、私と夫の花粉許容量が、いつ振り切れてしまうかわからない。振り切れた途端、辛い花粉症の症状が待っている。

 花粉さえなければ、外に干せたのに!

 私は洗濯物を干しながら、憤然とする。
 晴れやかな空、乾燥した空気に、歯ぎしり嚙む思いがし、部屋干しできる場所が少ないことに、苛立つのだ。

 昔ながらの日本家屋には鴨居があり、ハンガーを掛けられるところがたくさんあった。しかし、洋間が中心の家が増えるとともに、現代の住家には引っ掛けるところがなくなった。壁は天井までつるんつるん。爪すらひっかかる場所がない。

 我が家には和室は一間あるものの、鴨居の箇所は少なく、そこだけでは部屋干しスペースが足りない。そうなると、各部屋の出入り口の出っ張りに、洗濯物をかけるしかないのだ。

 これが、まぁーイライラする。
 洗濯物を落とさないように、抜き足差し足で部屋を出入りしなければならない。夕飯時、出来上がった料理をおぼんに乗せて、部屋に運ぶときなどは、中国雑技団の如く体をひねり、洗濯物に料理が付かないように気を付けなければならない。

 その様子は、ジャングルを行く探検家さながらである。

 物干しスペースが確保されているお宅なら、こんなことにはならないのだろうが、2DKの賃貸暮らしで部屋干しをしようとすれば、居住空間の多くが、洋服のジャングルと化すのだ。

 やっと乾いたと思ったら、翌朝には、また新たな洗濯物が、我が家を茂らせようと待ち構えている。部屋干しジャングルは絶える間がない。

 近頃は、花粉だけではなく、黄砂までもが大陸からやってくる。
 外に出れば、その空気はどこか粉っぽく、視界もぼんやりと霞んでいる。部屋はジャングル、外は砂漠といった様相である。
 花粉といい、黄砂といい、なぜ風に乗ってやってくる微細なものは、皆、黄色いのだろう。 

 そんなことを考えながら私は、深いため息とともに、部屋干しジャングルの探検を続けている。

 

 

 

この記事が参加している募集

今日やったこと

お読み頂き、本当に有難うございました!