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おんなは股関節

 かつてNHKの朝の連続テレビ小説で、「おんなは度胸」という作品があった。最近つくづく思うのだが、度胸と同じくらい、股関節は大事だ。

 40代も中盤になってくると、生理前後の体調不良を感じることが増えてくる。何となく調子が悪いという感覚は、積もり積もると、生活に影響が出てくるものだ。

 正々堂々休んでしまうのも手なのだが、洗濯物やホコリ、髪くずを見て見ぬ振りでやり過ごすのは、なかなか忍耐力がいる。蓄積されていく家事を横目で見ていると、寝ていても気持ちがちっとも休まらない。

 体調不良を改善するには、ストレッチなどをして、少しは体を解したほうがいいのだろう。そんな気がしたので、ネットで調べてみると、やはり生理前後の体調不良には股関節をほぐすことが大事だと書かれていた。

 股関節と言えば、お相撲さんのやる四股しこが思い浮かぶ。
 実際、お相撲さんを見ていると、何かと股関節を広げるような動作をしている。立ち合いの前や、勝って懸賞金を受け取るとき、いつもお相撲さんは大股開きで腰を落としているのだ。

 この大股開き。蹲踞そんきょと呼ばれる座法である。
 相撲の基本姿勢の一つで、つま先立ちで深く腰をおろし、たっぷりと膝を開いて、背筋を伸ばして重心を安定させる。

 この体勢、やってみると、倒れないようにするために体幹を結構使う。この蹲踞そんきょの体勢で両手を頭上で組むと、未確認飛行物体に体が引き上げられていくような、そんな感覚になる。

 自分の体調を整えるために、私は毎日、この蹲踞そんきょをするようになった。
 そんな妻を見て、夫が、

「とうとう決意したんだね」

 と言う。
「何が?」
 と訊くと、夫はすかさず

「入門」

 と言った。
 新弟子検査の合格ラインをさまよいつつある妻が、相撲取りの所作を真似ている。それを日々、見せつけられていては、夫がつい、口を滑らせるのも無理はない。佐渡ヶ嶽部屋と高田川部屋のちゃんこは美味しいと聞く。もしできることなら、入門してその味を確かめてみたいものだ。

 ……だかその前に、妻に浴びせた「入門」の一言によって、自らが土俵際に追い込まれていることに、夫は気づいているだろうか。この発言は完全に私の心の土俵を割ってしまった。このまま物言いをつけずに取組を終えるわけにはいかない。

 私はキッと夫を睨みつけ、

「どすこい!どすこい!」

 と言いながら、夫に突っ張りをかました。
 夫の華奢な体は、いとも簡単に押し出され、この勝負、決まり手は「押し出し」で妻の勝ちと相成ったのである。






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