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葉巻と、それを吸う愛しい人 episode-2

 「今まで通り、ただのジェシーの友達に戻る」
マリアは頭では本当にそう思っていたし、絶対にそうしなければならないと心から誓っていた。
でも……。
あの晩以来、仕事をしている時以外はほぼずっとフランクのことを考えてしまっている。思わず抱きついてしまった時に、頭と背中を優しく抱いてくれた感触。
「キスして」と言った時のフランクの表情、そして初めて唇が重なった瞬間。
特に「そんな可愛い声を出さないどくれよ。自信が無くなっちまう」という台詞は何度思い出しても胸がキュンと締め付けられる。
そしてそれからフランクのしてくれたこと…腕で、指で、口で、そして、そして…もう考えただけで濡れてしまう。それを部屋で思い出してしまうと、我慢できずに一人でしてしまう。
フランクのセックスは、何年も前からずっと想像していたよりも何十倍も素敵だった。

 2週間ずっとそんな感じで過ごしている。ジェシーとは何度も電話で話しているが、お互いの都合がつかず会ってはいない。
以前からマリアは、ジェシーと話すのが楽しいのはもちろんのこと、フランクにも会いたくてしょっちゅう彼女の家に行っていた。(もちろんあの晩もそうだった。)ただフランクは仕事の時間が不規則なので、会えることはほとんど無いのであるが……。
次に会った時ちゃんと自然にジェシーの友達に見えるように振る舞えるか心配にはなるが、それでもフランクに会いたくて焦がれ死にしそうである。

 そんな時、ちょうどジェシーから電話がかかって来た。
「マリア?聞いてよ!今日仕事でね」
「なあに?またアイツ?」
アイツというのはジェシーと犬猿の仲の上司の男である。とにかく嫌味っぽくて高圧的で性格が悪いらしい。いつも話を聞いていると、マリアも自分のことのように頭にきて、2人してその男の悪口を並べ立てるのが恒例である。
「あーちょっとスッキリした!ねぇ、明日空いてるなら家に来ない?ビデオでも借りて観ようよ。楽しい気分になりたいわ。明日パパもママも家にいるみたいだけど気にしないで」
「いいわね!じゃあ私が借りてからそっちに行くわ。何系の映画がいい?」
パパ、と聞いた瞬間ドキッとして心臓が鳴り始めた。努めて自然な感じで借りるビデオの相談をし、明日の14時に家に行く約束をして電話を切った。

 ジェシーと話していると、本当に自分が「ただの友達」に戻ったような錯覚に陥るが、電話を切って一人になると途端にフランクのことで頭が一杯になってしまう。
(2週間ぶりにおじさまに会える……!)
 マリアはベッドに入って明日何を着て行こうかと考えている内、この間の晩にフランクがワンピースの背中のジッパーに手をかけた瞬間のことを思い出し、キュンとしてまた濡れてきてしまった。
「おじさま…」
と思わず声に出して、自分のクリトリスに触れる。
またフランクに服を脱がせて欲しい。全身を愛撫されたい。この前実際にされた事と、して欲しい事を想像する内に気分が高まりすぎて、あっという間にイッてしまった。
こんなにフランクとのセックスのことばっかり考えていて、明日実際に会ったら、ちゃんと自然に振る舞えるか心配になったが、それでも会えることが嬉しくてそのあとは幸せな気持ちで眠りについた。

 翌日、マリアはレンタルビデオ店に行き、昨夜2人で決めたラブコメディ映画を借りて、ジェシーの家に向かった。
チャイムを鳴らす時にはドキドキして手が震えてしまうほどだったが、あっという間にジェシーが出てきたので「ハァイ!」といつもの調子でハグが出来た。
「入って!」
と促されて中に入ると、リビングのこの前のソファが目に入ってドキッとする。
そして、その向こうのダイニングルームの椅子で、葉巻を吸いながら新聞を読んでいるフランクが目に入った。ハッとした瞬間にフランクが目を上げてこちらを見て、
「やあ、いらっしゃい」
と言ったあと葉巻を挟んだ左手を軽く上げた。例のマリアの大好きな笑顔で。
「こんにちは!」
マリアも努めて普通に笑顔を作って元気よく挨拶をした。
ところがーーー。
フランクは、すぐに何事もなかったようにまた新聞に目を落としてしまった。
マリアの胸を急に淋しさが襲った。
そうなのだ。フランクはいつもこんな感じなのだ。以前と何も変わっていないし、冷たい態度を取られたわけでもない。でもマリアはものすごく淋しくなってしまった。
たぶん自分は、もう少しこの前の夜の出来事を感じさせる特別な表情を見せてくれるんじゃないかと、密かに期待してしまっていたのだと思う。
その時、
「マリアー?来たの?!」
と、フランクの奥の方から大きい声が聞こえた。ローズである。マリアはまた別の意味でハッとした。
「ええ!おばさま、こんにちは!」
マリアは奥に届くように大きい声で答えた。ローズはダイニングの更に奥のキッチンにいるようである。
「いま手が離せないの!後でね!」
「OK!」
明るい声で答えたものの、さっきのフランクのそっけない態度と、ローズへの申し訳ない気持ちで心がどんどん塞いでくる。
2階のジェシーの部屋に行くため階段を昇っていると、ローズとフランクが何かを話しているのが聞こえた。そして2人で楽しそうに笑っている声がして、マリアは更に淋しくなった。

 それでも、その後ジェシーの部屋で借りてきた映画を観ていると、話題になったラブコメディだけあって、笑いどころや泣きどころがたくさんあり、2人で声を出して笑っているうちに少し心が晴れてきた。ラブシーンは自分と重なって切なくなった。
中盤に差し掛かった頃、ドアの外から「ジェシー!ちょっと開けて」というローズの声がした。ジェシーがビデオを一時停止させてドアを開けに行くと、両手で大きなトレイを持ったローズが入って来た。シフォンケーキとコーヒーが載っている。
「うまく焼けた?」
「我ながら最高にうまく焼けたわ。マリアが久しぶりに来るっていうからケーキ焼いたのよ」
とローズに言われて、マリアは嬉しさと罪悪感で胸がいっぱいになってしまった。
「おばさま…なんて優しいの。嬉しいわ」
「いいのよ。あなたの大好きな生クリームたっぷりかけといたわ。下にまだあるから足りなかったら言ってちょうだい」
見るとジェシーの分の3倍ぐらい生クリームがかかっている。ジェシーが笑って、
「いくらなんでもそれだけあれば十分でしょうよ」
「ハイスクール時代だったら足りなかったかもしれないけどね」
とマリアが言うと、ローズが
「あなた、またそんな昔の話みたいに言って。この前の店でパンケーキの生クリーム追加したのあなただけだったじゃないの、元々添えられてたクリームの上に」
と言うので、ジェシーとマリアは声を出して笑った。

 ローズはディナーも一緒にどう?と言ってくれたが、この2人の前でフランクに対してうまく振る舞える自信がなかったので、嬉しいけど明日の仕事の準備をしなきゃいけないから、と理由を付けて帰ることにした。
2人に対しては罪悪感で胸が塞がれるし、フランクのそっけない態度を思っては不安と悲しみに襲われるし、マリアは改めてあの晩してしまったことの大きさを考えた。


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