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葉巻と、それを吸う愛しい人 episode-6

 マリアは、嫌われているとばかり思っていたフランクからの思いがけない告白を聞いて、身体中が一瞬で熱くなるほど嬉しかった。あの夜からずっと、恋しく焦がれる気持ちと、そっけない態度の意味を考えて沈む気持ちの間で、毎日苦しい思いをしていた。まさか、あんな言葉を聞くとは思いもよらなかったのだ。
(おじさまも私のことをそんな風に思ってくれていたなんて…)
しかし   
フランクはローズとジェシーを愛しているから、また元の関係に戻らなければいけない、とはっきり言った。

 マリアは、フランクに気持ちを打ち明けるまでは、フランクに会えるだけで幸せだった。ダイニングでジェシーとローズと3人で話している時に、フランクが1人リビングのソファで、葉巻を挟んでいる方の腕を背もたれに掛けて、新聞を読んでいる姿を見るだけで「素敵だな」と思っていた。たまに4人で食事に行ったりすると、ナイフフォークを使う仕草も、喋る時に身振り手振りによって葉巻を右手から左手に事もなげに持ち変え、手の中でいかにも扱い慣れている様子を見るのも、真顔でみんなを笑わせるところも大好きだった。

 片想いをしている間も、ずっとずっとキスもセックスもしたいと思っていた。でも、いざ本当にしてみると、もうただ見ているだけで幸せだとは思えなくなってしまった。会うたびにキスをしてほしい。キスして抱いてほしい。頭を撫でて抱き寄せてほしい。会うたびにあの笑顔で笑ってほしい。
(どうしよう。こんなに気持ちが変わってしまうなんて。一度だけじゃ足りなくなってしまうなんて…)
マリアは切ない思いばかりが高まり、途方に暮れた。

***

 フランクが毎日マリアのことを考えてしまうというのは本当のことであった。夢にまで出て来るというのも本当のことであった。どころか、フランクは男である分、欲情の度合いがマリアより高く、そのことに余計苦しめられていた。厄介な事件が入ったりすると気が紛れて仕事に集中できるのだが、夜一人で車に乗っている時などにふとあの夜のマリアの姿が思い出されたりすると、すぐに下半身が熱くなって変化してしまう。頭を振って別のことを考えようとするが、そううまく鎮められる時ばかりではない。込み入った事件が入ってくれる方がありがたいと思う。

 あの晩からしばらくはまだ心にも余裕があった。あまりにも突然のことだったし、我ながら現実感もなかったのだろう。自分の置かれた状況を考えても、あれは一晩限りのこととして、それ以上踏み込むのはやめようと思っていた。また元のようにジェシーの友達だと思って普通の顔で会えばいいと思っていたのだ。

 しかし   日が経てば経つほど、あの晩のマリアのことばかり考えるようになってしまった。思い出せば思い出すほど愛しい気持ちが湧いてきて、二度とマリアを抱けないのかと思うと苦しくなってきた。海に連れて行ったあたりではもう、いつ禁を破ってしまうか自分でも自信が無くなるほど、マリアに対する欲情が高まっている頃だった。水着姿なんか見せられたら堪らない、横にジェシーがいても勃ってしまうだろうと思った。

 マリアが出てくる夢というのは例えば、家の廊下で偶然2人になり、思わず抱き寄せてキスをし、服を脱がそうとしてしまうが、リビングからロージーの声が聞こえハッと我に返る、というようなものであった。驚いて目が覚めたら横にロージーが何事もなく眠っていて、ホッとすると同時に申し訳なさが込み上げる。
(絶対にロージーのことは裏切れない)
と思った。ロージーとは若い頃からの付き合いなので出会ってもう20数年になるが、明るくて気立がよく勉強熱心で頭のキレも良い。心から愛している、というのは本当の気持ちだった。
ロージー以外の女とこんなことになるとは思いも寄らなかった。
ただ   
マリアという娘は不思議だった。ジェシーの大学の友達として7、8年前から家によく遊びに来るようになった。美人なのは間違いないが、気取った所が全く無く、よく笑ってよく喋る。ジェシーによると、情が厚く悩みも大変親身になって聞いてくれ、ジェシーの大嫌いな男上司の悪口もジェシー以上に並べ立ててくれるから、いつもスッキリするのだと言う。「あんな良い友達はなかなかいない」と言っている。美人で性格の良い陽気な娘だと思っていた所へ、あの晩である。
フランクの知らなかった、全く違う一面を見せられたのだ。

 マリアが映画を怖がって自分に抱きついて来た時は、脚を広げて膝に跨って来たのだから、それは相当扇情的な行動ではあったが、その時点ではまだ、小さい子供のようで可愛らしいと思っただけだった。しかしマリアの望み通りにきつく抱きしめてやった後、大丈夫だよと背中を撫でている内に、ちょっと気分がおかしくなってきた。段々女として可愛く思えてきたのだ。だから本当を言うと、マリアに言われなくても軽いキスぐらいはしてしまいそうだったのだ。
そこへマリアが思いがけない告白をしてきた。
   おじさまのことが好きなの…男の人として好きなの…。
マリアが自分のことをそんな風に思っていたなんて、全く思いもよらなかった。出会ってからあの晩まで、本当に一度たりとも考えたことがなかったのだ。
だが、潤いのある目で真剣にそう言われた時は…驚くほど嬉しく思っている自分がいた。

 だからその後にキスをしてくれと言われた時も、まだ戸惑っている最中ではあったが、こちらの方が先にキスをしたい気持ちがあった所へそんなことを言われたのだから、当然のように軽いキスでは済まなくなった。
ただ、その時点ではキス以上のことをしようとまでは考えていなかった。
何せジェシーの親友である。
だから、舌を絡めてマリアが可愛い声をあげた時には驚いて、このままこんな声を聞かされたら衝動が止められなくなると思い、慌てて身体を離したのだ。

 しかしその後の彼女ときたら更に想像を超えていた。
フランクの欲情をかき立てずにはおかない喘ぎ声と、愛しい気持ちがどんどん高まらずにはいられないような切なげな表情、敏感に反応する身体…。
思い出せば思い出すほど堪らない気持ちになる。すぐ下半身が熱くなってしまう。さっきマリアをマンションに送り届けた時も、よく自制できたものだと我ながら思う。
(…あたしに嫌われたかと思っていたって?まさか。ただでさえ好感を持っていたお前さんとあんなことになったら、好きにならない方がどうかしてる)

 もうこれ以上関係を進めることはしてはならないと頭ではわかっている。どう考えてもやめるべきだ。それなのに自分に自信がない。家族がいる時なら、まともに顔を合わせなければいいと思うが、もし誰もいない場所で2人きりになったら…
必ず禁を破って抱いてしまいそうである。2人きりでいる時にマリアに触れたら自分を抑えられるとは思えない。こんな気持ちを抱えたまま彼女に会うのは危険だと思う。
(…どうしたもんかな)
葉巻を挟んだ指で頭をかきながら、フランクも途方に暮れていた。


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