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葉巻と、それを吸う愛しい人 episode-3

 先日ジェシーの家で2週間ぶりに会ったフランクにそっけない態度を取られて、マリアは気持ちの浮き沈みが激しくなっていた。
フランクはあの夜のことを後悔しているのだろうか   
フランクの態度のことを考えれば考えるほど、自分が嫌われてしまったのだとしか思えなくなって来る。
(私のせいであんなことになっちゃったから、おじさまは後悔して私自身にも嫌悪感を持っちゃったってこと…?)

 それまで、マリアはずっと誰にも自分の気持ちを悟られないように振る舞っていた。自分がフランクに恋をしているということは、まずローズに対して、ジェシーに対して、そしてフランクに対しても不幸なことでしかないと自覚していた。
心の中ではいつも、フランクが自分のことを愛してくれたら、キスしてくれたら、抱いてくれたら…と妄想していたが、それらが許されるのは当然フランクが独身の場合の話であった。だからそうでない今、どんなに恋うる気持ちが強くなっても、どんなに切なくても、その先には進んではいけないと自分に言い聞かせていた。
だから   
あの夜までそのストッパーは強烈にマリアを堰き止めていたのだ。

 あの夜   自分の気持ちを打ち明けるとは、まさかマリアだって思っていなかった。そもそも二人きりになれる機会なんて一生ないと思っていた。
でも、フランクが家に招き入れてくれて、一緒にビデオを観てもいいと言ってくれて、そしてそのビデオが思った以上に怖くて、ハグしてくれた時フランクが優しくて、ワインの勢いもあって、それで………。
あの夜のことをひとつひとつ思い出しても、どこで止めれば良かったのかわからない。ジェシーが留守だとわかった時点で家に帰れば良かったのだろうか…?
(あんなことになって、それでおじさまが後悔して私を避けるようになってしまったのなら、私の方が悔やんでも悔やみきれない。嫌われるとわかっていたら告白なんてしなかったのに。嫌われるぐらいなら片想いの方がよっぽどよかった……)
そう考えると涙が出てくる。

 しかしずっと考えている内には「でも…」と別の考えも浮かぶ。この前はそっけなく感じたが、よく思い起こしてみればそれほど冷たい態度でも無かったんじゃないか。この前はジェシー達の前だったんだし、あのぐらいの態度で当たり前じゃない?
……と、自分にとって都合の良い方へ考え直してみたりするのだが、いつも途中で「やっぱりそんなことはない」と思う。だってあのそっけなさは気のせいとは思えない。
(やっぱり嫌われたとしか思えない…)
想定外のセックスをその場の勢いでしてしまったけど、きっとそれを後悔しているのだろう。……だってそれはそうだ。
(ローズおばさまがいるんだもの。ジェシーのパパなんだもの)
毎日考えれば考えるほど、気持ちが激しく上下するばかりで、解答も解決方法も見つからなかった。

***

 それから更に日が過ぎて、夏の強い日差しが毎日照りつける季節になった。今年は特に暑いという会話が街中でよく交わされている。
そんな中、マリアは再びジェシーの家に行くことになった。ジェシーが友達に借りたというビデオを観ることになっていたのだが、前の晩に約束した時にはフランクが在宅なのかどうかは聞けなかったので、翌日実際にフランクがいると知った時には心臓が飛び出しそうになるぐらい驚いた。
もっとも、ジェシーの家に着いた時点ではまだフランクの姿は見えなかったのだ。

 始めの内は2人ともおとなしくビデオを観ていたのだが、段々あまりの暑さにストーリーに集中できなくなり、半分ぐらい観たところで、
「ちょっと待って!いくら何でも暑すぎない??」
とジェシーが言い出した。
「ほんとね。話が頭に入ってこない」
マリアも肩をすくめる。
「ビーチにでも行きたいね」
「んー!!行きたい!」
「ちょっとパパに車出してもらおっか」
「えっ」
フランクが居るなんて聞いてなかった。
「ちょっと付き合ってくれるか聞いてくる」
「ま、待ってよ、私水着なんて持って来てないわよ」
「途中で買えばいいじゃない。聞いて来るから待ってて!」
その後ジェシーとフランクの間でどういう会話があったのかはわからないが、3分もしない内にジェシーが戻ってきて、
「明け方帰ってきたとかで寝てたけど、2時間ぐらいで戻って来られるならいいって!行こう!!」
と大喜びの様子で早速クローゼットから水着を出している。
マリアはフランクに会えると思ったら反射的に嬉しくなったが、またそっけなくされたらどうしようと思って不安な気持ちの方が大きくなってきた。

 ジェシーとマリアが下に降りていくと、フランクがいかにも寝起きのボサボサな髪のまま、眠そうな顔で葉巻を咥えて寝室から出て来た。ゆるいハーフパンツのポケットに左手を突っ込んで右手で頭をかいている。
その時マリアに気づいて、咥えていた葉巻を右手で受け、
「やあ、いらっしゃい」
と言ってちょっと微笑んだ。
「さ、パパ早く!」
「わかったわかった」
と言って葉巻を持った手で、ソファテーブルの上の車のキーとペーパーバックの本を取り上げた。
その時また一瞬マリアと目が合った。マリアはハッとしたが、フランクはジェシーが気付くかどうか微妙なぐらいに肩をすくめるような仕草をして、すぐに背中を向けて玄関の方へ行ってしまった。

「パパ、マリアが水着を買うからビーチの手前の店に寄ってね!」
「はいはい。OK」
後部座席のマリアからバックミラー越しにフランクの目が見えるが、フランクは一度もこちらを見ない。
マリアはフランクの動作が全部自分を拒絶しているように見えて来て、だんだんと泣きそうな気持ちになって来た。

 ビーチの手前の店でジェシーと2人で水着を選んでいる間、目でフランクを探すと、車でシートを倒して本を読んでいるようだった。
「これはどう?マリア」
「こういうのはあなたぐらい胸が大きくなきゃ似合わないわ」
「んーじゃあこれは?」
マリアは気分が落ち込んで仕方がなかったが、何も知らないジェシーに悪いと思い、表面上ワイワイ騒ぎながらひとしきり選び、せめてスタイルがよく見えそうなビキニを買った。

 そのまま2人とも店の試着室で水着を着て、その上から服を羽織ったので、ビーチに着くとすぐにパラソルの下で服を脱ぐことになった。
「ちょっとパパ向こう向いてて」
「はいはい」
フランクはそう言って向こうを向いて寝転がり、また本を読み始めた。
マリアはフランクの前で服を脱ぐのがすごく恥ずかしい気がしたが、あまり躊躇していても不自然なので(何も下着になるわけじゃないのだ)、ジェシーと一緒に思い切って脱いだ。
「じゃあ行ってきまーす!」
とジェシーが言うと、後ろを向いて本を読んでいるフランクが葉巻を挟んだ手を上げて、
「どうぞごゆっくり」
と振り向かずに言った。

 その後2人で海の中で遊んでいる間、マリアは何度もフランクの方を見たが、いつ見ても本に目を落としているだけだった。
これはやっぱり…本当に嫌われているとしか思えない。


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