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いやな思い出が全然ない彼

秋をひしひしと感じる。
端的に言うと淋しい。


ただでさえ淋しい時に、悲しい過去の恋愛とか振り返って余計暗くなるといけないので、「なんかあの人面白かったな」というおじさんの彼のことでも書いて明るくなろう。(私が)



その人とはほんの数ヶ月しか一緒にいなかったし本来の好みとも違っていたが、嫌な思い出が全然ない。
忘れてるだけかもしれないが、忘れる程度のことだったのだろう。
以前このnoteでさらっと書いたが、会社の同僚経由で紹介された30歳以上年上のおじさんだった。
私は、人が紹介してくれるおじさんが好みのタイプだったことはまず無いのだが、その人には初めてと言ってもいいぐらい、初対面から好感を持った。


男4人、女2人の食事会だったのだが、そこそこちゃんとしたレストランだったので結構みんなめかし込んだ格好をしていた。
そこへ彼が無精髭を生やしてボロボロの洋服を着てやってきた。
本当にボロボロなのか、ダメージ加工のエッジを効かせたお洒落なのか判然としなかった。
私は事前にどういう人が来るのか知らされていなかったので「あ、なんか変わった人が来た」と思った。


その会を仕切ってくれた男性とおじさんがハグしながら再会を喜んでいたので欧米かと思ったが、話をしているうちに彼は実際2、30年ヨーロッパ各地に住んでいたことがわかった。
名刺を見ても何をしている人なのかよくわからなかったし、仕切った男性も「自分も詳しく知らないけどとにかく面白い人」と彼をみんなに紹介していた。
彼は5、6ヶ国語を話せて、その中にいた一人が子供の頃オランダで育ったとわかったら、突然オランダ語で話しかけたりしていた。
飄々としていて掴みどころがなさそうだけど、穏やかで感じがいい人だなと思った。


そして洋服は感想に困る感じだったが、顔は結構好きだった。
彼は最初から私のことを「花野」と呼び捨てにしながら話しかけてきた。
私も、そんなに年上の彼に対して珍しく最初から敬語を使わないで気安く話せた。
また、おじさんのことを下の名前で「A」と呼び捨てで呼んだのも彼が初めてだった。


レストランを出た後、みんなで行った2軒目の薄暗いバーのカウンターで2人きりで話している時、
「私は好きな人と思うように会えない恋ばかりしてきて淋しい病にかかっている」と言うと、
「じゃあ僕が治療できるか試してみようか」
と彼が言った。
「治療できそう?」
「花野に治す気があるならね」
こんな会話をして、翌週からデートをするようになった。


話が面白い人だった。
彼がどんな人生を過ごしてきたか、ヨーロッパでどういう人と何をしてきたのか、独特のゆっくりした口調で言葉を選ぶように話すのを聞くのはとても楽しかった。
驚くようなエピソードが次から次に出てきて飽きなかった。


また、家がめちゃめちゃ素敵だった。
調度品も隅々まで洒落ていて驚いた。
ヨーロッパのリゾート地にある素敵なホテルみたいなインテリアだった。
え、自分はあんなにボロボロの格好なのに?!と思った。


映画を観に行ったり、会社を早退して横浜までドライブしたり、クラッシックのサロンコンサートに連れて行ってくれたりしながら、その合間合間に、
「まだ淋しい?」
と聞いてくれた。
一度、彼の20代の男友達が貸してくれたというAVを、彼の家で一緒に観たことがあった。
畳一畳分ぐらいありそうな壁掛け大画面のテレビだったので、何だかシュール過ぎて途中で二人で笑い始めてしまった。
そして彼が私にキスをして「まだ淋しい?」と聞いてくれた時は、素直に嬉しく思った。「ありがとう。全然淋しくないわ」と答えた。


彼の別れた奥さんがフランス人であったことや、その後付き合っていたのも欧米の女の人達が多かったこともあるのかもしれないが、映画みたいな台詞もよく言ってくれた。
向かい合って食事をしている時に私の目をまじまじと覗き込んで、
「花野の目、すごいキラキラしてる。なんで?」
「ライトのせいかな?」
「そうかな?不思議なぐらいキラキラしてるよ。そんな目で見つめられると困るな」 
とか言ってくれるのだ。
また、彼は人前でも平気でキスしてくれるタイプで、今までそんなおじさんと付き合ったことが無かったので、こういうのもいいものだな、と思った。


でも。
私たちの間には大問題があった。


話は遡るが、何度目かのデートの夜に初めて彼の家に行った。
ロマンティックで広々とした寝室の真ん中にあるとても大きなベッドで、きわめてノーマルなセックスをした。
ところが次にデートした時、彼が突然、
「あなたMでしょう?」
と言ってきた。
「僕もMなんだよ。‥‥困ったね」
そうなのだ。私も全く同じことを考えていたのだ。
セックスの最中に、この人ひょっとしてMなのかな?と思ったのだ。
彼は「MがMを癒せるか自信無いな」と言い、私も私で「そんなこと関係ないわ」などと軽く言えないぐらいにはMだったので、2人でまじめにそれについて話し合った。
でも解決策は出てこなかった。


その話し合いをした帰り道に、私はもうこれで終わりなのかなと思っていたのだが、また彼からメールが来てデートに誘われた。
「この前の話し合いで振られちゃったのかと思ってた」
と言ったら、
「こんなすぐに治療を投げ出すわけにもいかないもの」
と言ってくれて嬉しかった。


それからしばらく上に書いたようなデートをして過ごしたのだが、やっぱりM同士のセックスというのはなかなか難しいものがあった。
相手がSでもMでも無いならいいのだ。自分がちょっと消化不良気味になるだけで。


お互いをイカせることはできる。
でも相手がMだと思うと、そのMの部分も喜ばせてあげたい気持ちが出てくるものなのだ。
気持ちは山々なんだけどそれができない‥‥という申し訳ないような感覚に陥る。
苛めてもらえないし、苛めてあげられない、というもどかしさで、なんか切ないのだ。


そして結局、また2人で色々話し合って別れることになった。お互い同じぐらいセックスを大事に思っていたからだ。


女の人との争いごとを好まない彼らしく、いつもの通りの穏やかな雰囲気のままの別れ話だった。
私も、彼と「付き合っている」というよりは「なんだか面白い人が治療してくれている」というような感覚がずっとあったので、彼のことを思い詰めて苦しくなるようなことにはならずに済んだ。
話し合っている途中で、
「まだ花野に言ってない僕の秘密が色々あったんだけどな」
と、彼がいたずらっぽく言うので私はものすごく興味を惹かれ、
「わかった、Aって本当はスパイなんじゃない?」
と半ば冗談半ば本気で思っていたことを聞いた。
色んな国の言葉を喋って、色んな国の女の人と付き合っていて、色んな国とお仕事をしているようだったので、スパイだったら辻褄が合うなと思ったのだ。
しかし彼は、あははと笑っただけだった。


彼が別れた女の人達と今でも良い友達だというのがわかる気がした。
「私、もしこの先結婚してもAが病気になったら看病しに行ってあげるわ」
と言うと彼はまた笑っていた。
そうして最後に人混みの中でキスをして別れた。



その後、私は別の人と出会ってしまったので彼とはそれきり会っていない。
別れた後、会うのもいやな人や、会ったら気まずい人もいるけど、彼なら明日街中で偶然再会したとしても、笑顔でハグして、なんならキスもできる気がするぐらいだ。








↓ この中で書ききれなかったことを書きました。


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