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もらい泣きからの年明け。

 新しい年を迎え7日が経つ。
 皆様は、どのような年末年始を過ごされただろうか。
 2024年がスタートして1週間が経っても、年末に観たある動画を忘れられずにいる。
 それは、人気YouTuberのたっくーさんが自身のチャンネル「たっくーTVれいでぃお」にあげられていた、芸人・俳優・怪談など幅広い分野で活躍されている好井まさおさんとのコラボ回だ。

 
 動画の2/3は好井さんが披露するゾッとする怖い話なのだが、終盤の1/3は不思議で悲しくも温かい話なのである。
 この話には「霊媒師」が登場するため、そういった類いの話は「信じない」だとか「胡散臭い」だとかいう理由で毛嫌いする方もいるだろう。
 しかし好井さんが披露されてきた話の中で特にわたしが好きなエピソードであり、人生経験を通してご本人が気づき得られた教訓をお子さんに繋いでいっている好井さんの父親として一面にはグッとくる。

 そして年が明けてからもこの動画を忘れられずにいるのは、好井さんの話を聞いた後「今年に入ってずっと母親が死んだら嫌だなと思っていて…」「今年(母親が)死ぬんじゃないかなとなんか思っていて…」と何故かそういった思いに駆られていたことを吐露し始めたたっくーさんが号泣していたからだ。思わずもらい泣きした。

 わかる。その感覚、わたしも経験した年があったぞ…と記憶を遡り思い出すのは2018年の秋冬。父親が他界した翌年だ。

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 病気とは無縁だった母親の腰や膝にガタがき始めていたのは、父が健在のときからわかっていた。が、通っていたクリニックから、専門のクリニックでMRIを撮ってくるようにとの紹介状を母が持ち帰ってきたのに動揺したのは本人よりもわたしだった。

 ちょうどそのころ、2018年の秋にはクイーンの映画「ボヘミアン・ラプソディ」が公開されていた。
 「観に行きたいなあ」と新作映画紹介をテレビで観ながらつぶやいた当事ひきこもり真っ只中にいた娘の背後から、「お母さんも観に行きたいなあ」なんてつぶやく声が返ってきた。
 なぜ母さんも?と考えたら、前年の誕生日にプレゼントしたウォークマンに、母が好きそうな歌に混じえクイーンの歌を5曲程度入れて渡していたのだ。このたった5曲を、いたく気に入ってくれていたらしい。

 MRIを撮りに行くクリニックの近くに映画館がある。せっかくだから、クリニック帰りにクイーンの映画を観て帰ろう。
 なんやかんやでそのような流れになった。紹介先のクリニックにわたしもついていったのは、近所ではなくバスと電車を乗り継いで行かなければならない場所だったからだ。

 いざ当日。無事にクリニックでMRIを終えた母と映画館へ向かった。
 どんよりした空の下、階段を避けて通れる道がないか探しながら歩いた道のりでわたしは不安に駆られていた。
 映画館の椅子に腰をかけてからも、悲しみが押し寄せてきた。


「こうやって母と一緒に映画を観た今日が、いつしか思い出になるのだろう」


 母もそう長くはないのかもしれない…そんなことばかりが頭を過っているうちに、スクリーン上ではクイーンの4人がスターへの階段を駆け上っていた。

 映画のラスト。大勢の観客が波打つようなライヴ・エイドのシーンは、さすがに胸が高鳴った。右斜め前に座っていた女性が「We Are The Champions」を聴きハンカチで涙を拭っている。その光景が目の端に入り、感極まり涙がこみ上げてきた。

 映画館を出るなりわたしは母の腰と膝を心配したが、実は腰をやられていたのは自分だった。
 一方で母は、「クイーンの映画を観て元気が出た」という科学的根拠がなさそうな理由から一時的に体調を回復させていったのである。

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 あれから5年が経過する。
 長くはないだろうと勝手に見積もっていた母は2024年を迎えた現在、バリバリ元気のバリ健在だ。しかもわたしたちは、あのあと2度も「ボヘミアン・ラプソディ」を観に行っている。当然初回の鑑賞後、母のウォークマンにクイーンの歌を追加した。

 2023年の紅白歌合戦にクイーンが出演する、との情報を教えてくれたのは母だ。スマホのネットニュース画面をわたしに見せてくれた。もはや情報まで先取りされるようになってしまった。
 大晦日、画面に映るクイーンを再び母と観た。その直後、テレビでYouTubeを起動させクイーンのMVを観た。それからも恐らく母は、ひとりのときも観ていたのだと思う。おすすめがクイーンのサムネで埋め尽くされていたから。

「こうやって母と一緒に映画を観た今日が、いつしか思い出になるのだろう」

 何年経とうが心細さを抱え映画館へ向かったあの日は忘れないだろうし、いつしか本当の思い出になる日は来る。
 母とも父ともいろいろあり殺伐とした時期を越えてきたが、それぞれに「思い出」がある。“あのころ”が今日のわたしを生かしてくれる一部になっているのは、否定できない事実だろう。
 だからこそ「母親が死んだら嫌だな…」と素直な思いを吐露したたっくーさんから、もらい泣きしてしまった。

 たっくーさんと好井さんのコラボ回に興味を持たれた方は、ぜひ観てほしい。怖い話が苦手な方は、最後の話(28:07辺り〜)だけでも聴いてみてほしい。捉え方が人それぞれなのは承知している。
 好井さんが最後に披露された話は、奇しくも好井さん自身も被災された「阪神・淡路大震災」のときのエピソードから始まる。

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 石川県能登半島で元日に起きた大きな地震。まさか、と誰もが思ったことでしょう。めでたい空気で染まるはずだった2024年のスタート日。1年に一度、「おめでとうございます」の言葉がもっとも飛び交うまさかこの日に…と。

 この度の大震災で被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。1日でも早く、これまでの日常が戻ってきますように。

 個人的にではありますが2023年、多くの場面で「忘れてはいけない」「風化させてはいけない」という言葉を耳にしました。
 自分にできることはなんなのだろう。
 天災が起こるたびに、己の胸に問いかける方が多いと思われます。
 何が一番の正解かはわからなくとも「復興への邪魔をしない」「震災を忘れない」は不正解ではないはずだと胸に留めていたいです。目の前の生活を送る中で、ささやかながらできることを見つけていきます。

光射す方へ。
迷うことなかれ。

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