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上京物語〜赤坂見附の室井さん〜

東京の大学に進学する!
そう決めたのは30年前、中学生の時だった。
両親ともに田舎から上京し、都内の大学を出ていたのが一番の理由だ。

両親はそれぞれ別の大学に通っていたが、今で言うインカレサークルのような場所で出会い、結婚。私が生まれた。
父は寡黙な人だったが、母は当時のことをよく話してくれた。
大学時代がいかに大切で、楽しかったか。誰と出会い、どんな繋がりを持つのか。それはそれは楽しそうに。

そうして東京への憧れを募らせた私は、それなりに勉強し、高校は進学校の女子校に進んだ。
小さな地方都市で、女子は地元で進学して銀行に勤め、寿退社するのが一番!という親も多かった時代、私の通う高校の、特に私立文系クラスは開放的だった。
大阪や東京への進学希望者が多く、クラスメイトは皆はっきりと目標を持ち、お互いを尊重していた。数学がてんで駄目で選んだクラスだったが、地元に囚われず広い世界を目指す仲間たちに囲まれてとても居心地が良かった。

朝晩の課外授業を含め10時間近くの授業が組まれた高校生活はあっという間に過ぎ、気が付けば高校3年の冬、私は東京にいた。

地方からの受験生は、勉強はもちろんのこと受験会場に行くだけでも一大事だ。
試験日程とにらめっこしながら宿泊先を探し、飛行機を予約し、都内の時刻表を調べる。
試験前からホテルに泊まり、地図を片手に会場の下見をする。
飛行機に1人で乗ったのも、ホテルに1人で泊まったのも初めてだった私は、それだけで緊張していた。

そんな右も左も分からない東京の街で、ある大学の下見をした帰り道、運命の出会いが訪れた。

大学の下見を終え、私はホテルへ戻るため赤坂見附の駅へ向かった。
地下へ降りる階段の手前で、パン屋の出張販売がでていた。そう言えばパン屋に寄る余裕なんてなかったな。ちょっとおやつにでも、と立ち止まろうかとしたその時、バタバタッと足音がして、1人の女性が走り込んで来た。
その人こそ(ようやく登場!)室井滋さんである。

室井さんはとても急いでいるご様子で、パパパッと3、4個パンを選ぶと、「そのままでいいからっ!」と、パンを掴んでカバンに押し込みながら嵐のように階段を駆け降りて行った。
今の室井滋さんだよね?ホンモノ?地下鉄に乗るんだ!といった驚きよりも前に、
"私、絶対合格する!!"
そう確信した。

それはなぜか。
私が「東京へ行く!」と決意したもう一つの理由が、室井滋さんだったからだ。

室井さんの著書『東京バカっ花』(文春文庫)を教えてくれたのは母だった。
私が大学受験を考え始めた頃、「おんもしろいから!読んでみなさいよ」と渡してくれた。
富山県出身の室井さんが上京し、早稲田大学在学中に東京で出会った奇妙な人たちの様子がリズム良く描かれ、あっという間に読了。散りばめられた当時の写真がさらに想像力を刺激し、東京って面白い!大学生って楽しそう!と期待を膨らませてくれた。

残念ながら室井さんの母校には届かなかったが、無事に合格を果たした私は、東京の大学生になった。
期待通りの面白おかしい友人達と出会い、最高の4年間だった。

もし、またどこかで室井さんに出会えたら、あの本のおかげで大学に行けました!と話してみたい。
「やだよ〜!あたしの本なんかで人生決めちゃったのかい!?」
なんて言われるだろうか。


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