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作者の意図は知るべきか、知らざるべきか...

※※※ネタバレ注意※※※

今回の記事は映画『ひるね姫』のネタバレが含まれます。

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私はアニメ映画はできるだけ見る、ということを決めているのですが、もちろん全てを映画館で観ることはできません(時間的にも、経済的にも)。

なので、レンタルビデオ店には非常にお世話になっています。新作でも5本一緒に借りれば1000円というのはありがたい。

そして先日もいくつかの映画を借りてきました。そのうちの1つが、今回のお話の主人公、アニメ映画『ひるね姫~知らないワタシの物語~』です。

『攻殻機動隊 S.A.C. 』や『東のエデン』などを手がけた神山健治監督による初の長編劇場アニメーションです。

岡山に住む高校三年生、森川ココネが現実とリンクした不思議な夢を通して様々な体験をし、家族の秘密に迫っていくというお話。

ここからはガッツリネタバレなのでご注意を。

このココネが見る夢、子供の頃にお父さんが寝る前に話してくれていたおとぎ話が元となっているのですが、そのおとぎ話、実はお父さんとお母さんの出会いをモチーフにした創作ファンタジーだったんです。お父さん、見かけによらずロマンチスト。

私自身も小さい頃に父親が色んな話を作ってしてくれたのを思い出しました。うちの場合は参加者全員が順番に話を繋げていくという形式を取っていたので、自分や妹の番でストーリーがぐちゃぐちゃになっていました。それも含めて楽しい思い出ですね。

ココネはその夢の中でお父さんとお母さん、そして自分の生い立ちを知っていくわけです。

ココネには突然寝る癖があり、すぐに夢の中へトリップしてしまうので、ストーリーは現実世界とココネの夢の中を行ったり来たりしつつ進んでいきます。

夢の世界は魔法があったり鬼と呼ばれる怪物がいたりとファンタジー色が非常に強いのですが、前述のとおりこの世界はお父さんとお母さんの出会いの物語。夢の中に登場するあらゆるものは現実世界のメタファーであり、全てがリンクしています。

そういうこともあってか、作品の流れを乱さないために現実世界はSFチックに描かれ、夢の世界は少なからず現実味を帯びてしまっていた。その、どうにも振り切れていない感じが私はあまり好きになれなかった。

ファンタジーならファンタジーとして、現実の話なら現実の話として描けばいいじゃないか。

見終わったあと、「シュールギャグなのかと思った」と酷評しようとまで思いました。

しかし、DVDにあった監督インタビューを見て、私の気持ちは大きく変わることとなりました。

「何も起きない日常というのが、得がたいファンタジーなんだ」
―『神山健治監督 SPインタビュー』より

この一言で、この作品の本質を知り、ドキリとしました。

ファンタジーというのは日常の全てに潜んでいるもので、ふとしたときにちょっとだけそれを感じる。そんなものなんだと。

そういうことを伝えたくて、ココネは現実世界と夢を行ったり来たりしたわけです。

それがわかった途端、私の中でこの映画の評価はガラリと変わりました。何かハッとさせられるお話だと。

……でも、これっていいことなんでしょうか?

作品は作品として独りで歩いていくもので、そこに作者の意図が込められていたとしても、それを語るのは作品本人でしょう?

作者が「この作品にはこうこう、こういう意図が込められているんですよ」って話してしまったら、それは作品として世に出した意味があったんでしょうか?

作家は、作品で伝え、語らず。

それが最高にクールですね。

けれど、この『ひるね姫』は監督の一言を添えるだけで素晴らしい作品になれる。そのポテンシャルを、信念だけで潰してはなんとももったいない気もします。

“創作”って、“伝える”って、難しいですね。

#エッセイ #思ったことを綴る #アニメ #映画 #オタク #ひるね姫

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