嫁という存在③

 この年の一件から、冬子さんの私に対する態度は、以前にも増して厳しいものになって行った。元々、話しどころか挨拶すらしない人であったが、夏の帰省で田舎に帰る度、私を露骨に無視するようになった。
 我が妹は、冬子さんの長女と幼い頃から非常に仲が良い。家とは違って他人に対して人当たりが良く、昔から大人に可愛がられるタイプの妹は、私や母の苦手意識をうっとおしがった。又、外面だけは良い我が弟も同じで、私や母が冬子さんの愚痴を言おうものなら、「そんな話は聞きたくない」と突っぱねた。
 血の繋がった弟妹にさえ理解されない…。明らかな差別を受けて、気分を害しているのは私だけで、弟妹には愛想よくチヤホヤする…。
 そんなことを平気でやってのける嫁に、反吐が出る思いであった。
「自分の汚い部分をあんたに見られてしまったからやろう」と母は言った。
 だからなんだというのか…見られて困る物なら、理性を働かせて見せるなよ。それが私の本音であった。
 大人というものが、必ずしも自分より大人であるとは限らない。私は、自分より年上の大人に囲まれて過ごすことの多い人間であったが、冬子さんの姿を見て、実感したような気がした。
 
 体の丈夫だった祖父が亡くなったのは、それから何年も後のことである。
 私は自分の命よりも大事だった愛犬チョコを失った丁度二週間後に、病によって最愛の祖父を失った。私以上にチョコを愛し、父を愛していた我が母の心を思えば、私の痛みは未だましであったかも知れない。しかし私は、祖父が眠る部屋の隣で、親戚一同介して和気藹々としている叔父や母、弟妹や従妹達の中に入る気にはなれなかった。
『じいちゃんが一人で寝ているのに、何で隣の部屋で大騒ぎ出来るのか…』
 苛々したが、何をしようがそれぞれの自由である。私は祖父の横に付いていた。この先、どんなに一緒に居たくても、会いたくなっても、生身の祖父の側に居られるのは、残り二日しかないのだから…。
 泣いても泣いても足りなかった。止まることを知らない涙を拭いながら、祖父の顔を見つめていると、夏子さんがやって来て、何も言わずに私の隣に座った。
 輪から外れていることを心配したのでもなければ、輪に入るよう迎えに来たのでもないらしかった。ただ、傍に座っている…それが夏子さんの優しさだった。

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