働くということ

 〝働く〟という行為が、私は嫌いではない。労働によってお金を手にする…それは勿論のこと、自分の働きが誰かや何かの助けになる…それが遣り甲斐となり、充実感を生み出すのである。
〝働く〟という行為は、私にとってある種、生き甲斐ですらあった。
 仕事は楽しい…いつもそう思っていた。しかし楽しいのは、〝仕事〟なのである。仕事に行って、〝仕事〟は楽しいが、その他の部分が楽しくない…。それは何度も感じたことだ。
 転職を目指す理由に、〝人間関係〟を挙げる人は多い。基本的に私は、人間関係を理由に転職を志したことはない。しかしそれはあくまで、表向きの話である。表向きでは契約期間の満了だったりするが、場合によって更新可能なそれを、更新不可能にしてしまうのが人間関係そのものであった。
 仕事は楽しいし好きだ。実際、仕事が楽しくなくて辞めたこともある。それも、仕事が楽しくなかったことだけが理由ではないが、主体となったのがそれだった為、『時間の無駄だ』と判断したことには相違ない。
 所謂〝大人〟は、そんな私の自己判断を〝安易〟だと諭す。
「嫌やと思っても三年はやってみな、出来もしないし良いとこも見えて来ない」
 そんな風に言う〝大人〟も沢山いる。
 それに頷けない自分は、浅はかで頑固なだけだろうか…。一理あるとは思っても、それに従ってみようとなかなか思えないのは何故だろう。
 『時間の無駄』が、私は苦手だ。恐らくそれは、私自身が今まで生きてきた中で、知らず知らずに行ってきたことだからである。
 私はずっと、〝学校〟という場所が嫌いであった。しかし通うことは義務であり、義務教育を脱しても、世間一般の波に沿うように、言われるままの進学をする。夢を持ち、本気でしたいことがあった身としては、夢を手にすることが出来なかった時点で標を失くし、自らの意志を殺して、親が指を指し示す一般的なレールを歩むより、選択肢が無かった。夢破れても、少しでも希望に近い道を…と望んだ私は、家庭事情に於いては傲慢であり、それ以上我儘を通すことは許されなかった。
 失敗したとはいえ、自分の思う道を歩こうとした…それだけでも、幸せだと思わなければならないのかも知れない。夢や希望を持っていても、立ち向かうことすら許されない人は、知らないところに沢山居るはずだ。
 それでも、私は自分の意志とは違う形で、自分以外の誰かの安心や世間体のために、青春を犠牲にした感を否めない。結果として、全く自分の利益になっていないわけではない為、無理強いに限りなく近い現実だったとしても、今、全く感謝の念がないとは言い切れないのだが…。
〝学校〟という場所から解放された時、私は心から『自由になった!』と思った。
 しかし前途多難は卒業してからも続く。就職氷河期で、就職掲示板には紙一枚もぶら下がっておらず、学校から解放されても、私は決して自由ではなかった。仕事が決まらず、体は自由であったが、「バイトしてでも、家に生活費は入れなさいよ!」という母の一言が、私を再び拘束した。
 苦しかった。
 普通に考えたら、当たり前のことなのだ。この国では、二十歳を越えたら〝大人〟なのである。家を出ない限り、親は私に〝大人〟としての義務を求めるし、この家に暮らす限り、私にはそれに応える義務が生じる。その時初めて気付くほどに、私はまだまだ子どもであった。
 それから私は、義務を果たして親を黙らせるためだけに、当初一年限りの予定であった仕事を、十年以上にも渡って続けたのである。
 職場に於いて、私の立場や私を取り巻く環境は殆ど変わらなかった。適齢であっても、プライベートですら変化は無かった。紆余曲折や、出会いと別れ、定期的に訪れる将来への不安には事欠かなかったが、〝働く〟こと自体を『嫌だ』と思うことは殆ど無かった。小手先で始めた仕事が、私の中では確実に〝天職〟へと昇華したのである。
 しかし転機は訪れる。どういった因縁か、こちらが望まなくても、それは突如としてやって来た。そこから私は定まらず、ごく短期の間に幾つもの転機を繰り返し、今日に至る。
 昇華したはずの天職を、今私は手放そうとしている。それはとても恐ろしいことだ。いつかまた戻って来たいと思ったところで、そこに自分の居場所があるかどうかは自信が無い。私が手放すことを決めたのは、必ずしも自分の意志だけの判断ではないからだ。
 様々な葛藤が、短期間の間に私を襲った。今まで考える必要のないことまで、考える必要に迫られた。
 ある人に言われたが、たとえばそれを、引き寄せたのは自分自身なのかも知れないらしい。そんな風に考えたことはなかったし、その人の言葉には、根拠も説得力も何もあったものではなかったが、私は確かに、理解し難い困難を繰り返しこの身に受けていた。
 状況を打破したい!
 その術が簡単に見つかったなら、私は今、悩むことも迷うこともせず、どんな場所であれ〝天職〟と信じた仕事を続けるために、それがどんな不当な場所であったとしても、きっと現場で走り回っていたに違いない。けれど私はその場所に居ない。何故かパソコンに向かっているのである。
 やっと気付いた。私にとって仕事とは、結婚と同じなのだと…。どんなにそれを愛していても、一生を共にしていく上で、必要な生活力が無ければ成り立たない。逆に、どんなにお金があっても、一生愛し抜ける相手でなければ駄目なのだ。
 どちらかに強弱が付いても、総合してバランスが良ければ何とかやっていけるが、余りに偏りがちだと、そのうち参ってしまう。参ってしまったからこそ、私は今、此処に居るのだ。
 
 先日、最後の決意と称して、再三の挑戦に臨んだ。幾つかの転機を経て、運命的に出会った、今したい仕事をするための最短で最後の挑戦だ。
 試験にも面接にも苦手意識が勝り、信じて進めなくなる私に、私は自分で暗示をかける。
 私は受け入れ、乗り越えて成長出来た。そんな私の変化を受け入れ、可能性を活かせないのであれば、その職場自体が成長する職場ではないということ。変わらない場所であるということ。そんなところに未来はない。私は未来に可能性のある場所で、元気に生き生きと働く人間になるのだから…。未来のない場所には受け入れられなくても良いのだ。私はそんな職場よりも強くなったということなのだから…。
 何だか強気過ぎたようにも思うが、そのくらいの勢いが気弱な私には必要だった。
 結果、そこは私にとって、未来のある場所ではなかったようだ。
 望んでも、得られないものばかり…。
 私は仕事を失い、天職を捨てたが、今も此処に生きている。
 したいことをしよう。したいことのために、仕事をしよう。簡単でなくても、また短い間になったとしても、『時間の無駄だ』…そう感じさえしなければ、私は少しでも進んでいる気がする。したいことを諦めて、手にした天職を失ったことにさえ、理由を見出せるかも知れない。
 今は少し、そんな風に考えることも、出来るようになっている。

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