THE 自己中②

 自己中の人は自分が自己中だと気付いていないパターンが殆どである。別の場所ではこんなことがあった。
 三人一組のチームで仕事をした時のことである。メンバーは、①年長の主任、②最年少だが経験の長い私、③一番新人だが私より一つ年上のI。この時に関しては、仕事の牽引役が③、サブが②、名前だけで一応参加しているのが①であった。私は過去に経験済みの仕事だった為、Iに仕事の主旨や注意事項など、助言する役割も兼ねており、アドバイスしながらフォローに回るという役どころだったのだが、仕事の当日、思いがけないことが起こり、私は動揺を隠せなくなった。
 その日はあるプログラムに参加する親子を、通常の施設から歩いて30分ほどの別の場所へ引率する必要があった。駐車場の関係で、現地まで歩いて行くことが義務付けられていたことから、遠方の参加者は、通常の施設まで車で来た後、その駐車場に車を置いて、徒歩で別の場所へと移動しなければならない。道を知らない人が多い為、スタッフが引率する。その役割を担うのがサブである私だったのだが、前回私が仕事の牽引を担った際、僅か二組だった徒歩移動の親子が、今回は八組と多数である。遅刻してくる親子が出てくる可能性を示唆し、Iには引率するスタッフを①及び②、又は②及び③…という風に二人にしておく必要性があることを事前に伝えていたのだが、Iは「ちょっと考えます」と答えたまま、当日までその件に触れずにいた。
 当日、別件で使う荷物などが増え、歩いて持参するのに一人で持っていくには大変そうだったので、半分持って行く旨、申し出たのだが、Iは「大丈夫ですよ」と請け合わない。不思議に思ったが、引率の件が未だに不明瞭だったため、改めて確認すると、「打ち合わせ通り私と主任が先に現地に行ってます」との答え。事前に現地入りするのは、プログラムの準備と、個別に現地入りする他の参加者を迎えるためであったが、人手が沢山いるわけではないことを把握している私は、引率する必要のあるグループの方が気になった。
「こっちのメンバーで遅刻してくる人がいたらどうしたらいい?」
 改めて訊ねると、Iは「う~ん…」と唸り、そのまま黙ってしまった。埒が明かないので口火を切る。
「じゃあ、遅刻する人がいそうやったら取り敢えず連絡します」
 Iは「お願いします」と答え、準備の為、先に現場へと出掛けて行った。主任と二人で持っていくにしても、荷物が増えすぎている気がしたが、私の手を必要としない理由がわからなかったため、敢えてしつこく言わなかった。
〝時間厳守〟と事前に伝えておいたが、時間通り集まったのは八組中六組であった。出発が遅れると全員がプログラムに間に合わなくなる。私はIに電話した。
「○○さんと△△さんがまだ来ないんやけど、どうしたらいい?」
 Iは電話の向こうで再び唸ったまま、沈黙した。
『何の対策も考えていなかったのか?』私は苛ついた。
 その時、二台の車が駐車場に走り込んでくるのが見えた。遅刻の二組であった。
「今、着いたみたいやから、これから全員連れて其方に向かいます!」
 私は電話を切る。
 八組の親子を従えて、30分の道のりを歩くのは、想像以上の激務であった。時間通り到着した六組は、其々ベビーカーに子どもを乗せていたが、遅れた二組にその準備はなかった。道は急な上り坂が幾つもあり、大人の足でもかなりの運動量であったが、ベビーカーに乗るくらいの子どもの足には更に負担が大きく、その分時間もかかる。母親は時折我が子を抱っこして進むが、ベビーカーチームのスピードと差が出来るのは歴然であった。
 ベビーカーを押しながら坂を上る人が、歩く子どものスピードに合わせてその歩幅を調節するのは大変である。自分の足の速さで押し、上った方がずっと楽なのは普通に考えれば判ることで、徒歩&抱っこの二組のためにペースを落として欲しいなど、私には口が裂けても言えなかった。
 私はスピーディーなベビーカーチームを一旦現場へ送り込んだ後、再び道を戻って徒歩&抱っこの二組を引率する為、坂を何度も行き来し、最終的に現場に入った時にはへとへとになっていた。
 帰りは下り坂で、尚且つ事前に現地入りしたIと主任も一緒の予定である。プログラムを完遂後、現地解散する参加者を見送り、当該施設の職員に挨拶して引き払うのを待っていると、ベビーカーチームの一人だったある親子が、先に現場から出て行ってしまった。
「皆で一緒に帰りますよー!ちょっと待ってください!」
 驚いて声をかけるも、母親は止まらない。
「ちょっと急ぐので、先に帰ります!」と言う。
 私は慌てた。今回の仕事の牽引役はIであり、私が采配を下して良いことは何一つ無かったため、グループで動く必要のあることに、単独行動を許可して良いとは思えなかったのだが、肝心のIが何処にもいないのである。因みに主任もいない。あたふたしている間にも、親子はどんどん遠ざかる。
「道…大丈夫ですかー?」
 知らない道を一人ではなく、皆で歩いて来たのである。帰ると言っても、一人で帰れるのかが何より心配であった。
「多分、大丈夫です。何とかなると思います」
『何とかなるって…』
「気を付けて帰ってくださいね!」
 まだ談笑している他の参加者を置いて行くわけにもいかず、そう叫ぶのが精一杯であった。
 暫くしてIがやって来て言った。
「それじゃBさん、あとの人よろしくお願いしまーす!」
『???』
 意味が解らずはてな(?)が飛ぶ。
 帰りの出発を待つ徒歩グループの参加者の前で、手を振って行ってしまうIに「わかりました」と答えるより他なく、私はベビーカーと徒歩&抱っこの親子を引き連れ、元来た道を今度は下り続けた。
『準備もなく、片付けも済んだはずなのに、他に何か用事があったのだろうか…』
 帰りは一組減って七組となったが、スピードの差が縮まることはなく、行ったり来たりを繰り返すのには変わりなかった。
 通常施設の駐車場まで、無事全員を送り届け、ようやく事務所に戻った私は、目が点になった。主任が既に帰っている。そしてIが、パソコンの前で作業していているのだった。
「Yさん(主任)、いつの間に帰って来たんですか…?」
 汗を拭いながら訊ねる。
「いや…ちょっとね…」主任は言葉を濁した。
 Iは私が帰ったことに気付くと、涼しい顔をして「お帰りなさい」と言った。
「いつの間に帰って来たんですか?」
 同じ質問をすると、Iはニヤっと笑って見せた。
「ちょっとワープして来たんです」
『???』
 まるで意味がわからない。現場を出たのは私が先だった。スタッフを含め、帰りは皆が一緒に帰るということは、最初に話したはずだ。それなのに私一人に親子を任せたのは、二人に別の用事があったからではなかったのか?七組のために同じ道を行き来したとはいえ、二人が私より先に帰っていることの理由がわからない。
 暫くして、向かいのデスクに座っていたEが側を通りかかった。思わず呼び止める。
「あの二人、いつ帰って来たの?」
 Eは目を丸くして私を見つめた。
「Bさんが帰って来るずっと前ですよ。車で行ってたの…知らんかったの?」
 私は倒れそうになった。
 Eに因れば、話はこうである。
 Y主任は去年までプログラムの行われた現場に勤めていたこともあり、その近くの駐車場を借りていて、通勤時にはそこに車を置き、現在の職場である施設まで歩いて通っていた。この日は施設近くの駐車場を借りている別のスタッフが休みだったことで、空いている駐車スペースを使わせてもらう手はずになっていたらしい。しかしプログラムの為に、どの道現場へは行かなければならない。Y主任は施設長に許可を取り、出勤の際、施設近くの駐車場に車を停めた後、それに乗って現場近くの駐車場まで行き、プログラム終了後に、再び車で施設まで戻って来たというのであった。
 一方、施設長は私が徒歩で現場まで行き来していること、それが、駐車場の関係上、車で現場入り出来ない参加者の引率であること、また、Y主任が車移動することを私が知らされていないことを含め、何一つ知らなかったのである。知っていたところで施設長が、正しい判断を下したとは考えにくいのだが、その車にIが便乗していたという事実を知り、私は開いた口が塞がらなかった。
 荷物を手分けする必要が無かった理由がようやく理解出来た。
 それにしてもすごい肝っ玉である。参加者に「車は×」と伝えておきながら、子連れでもないのに何故身軽なスタッフが車で行く?しかも一体、誰が主導の仕事なのか?
 私は煮えくり返るはらわたの収めどころに迷い、Eに一部始終をぶちまけた。
 Eは事の次第に呆れ返ったようであった。
「考えてることわからんわ…」
 私は怒りの置き所が無かった。上司からして公認のマナー違反である。自分が逆の立場ならどうなのか?私は施設長を含めた三人に問いたかったが、彼らがその辺りを弁えているのかさえ疑問であった。
 私はIの顔が見られなかった。怒り狂っている自分がおかしいのだろうかとさえ思った。自分より人生経験の長い三人のしたことである。私の器が小さすぎるのか…。
 Iとはつまらない冗談を言い合える仲であったが、その時の私は、大人としての正しい対処の仕方がわからず、彼女を避けるような態度を隠せなかった。そこでようやく、Iは異変を察したらしい。
「Iさんに「Bさん、何か怒ってるんですか?」って訊かれたよ。「引率、大変やったみたいやで」って言っといたけど…。」
 Eが私に耳打ちした。
 私の様子に異変を感じるまで、何も考えていなかっということに愕然とした。
 その日の午後、プログラムの反省と振り返りの為に、カンファレンスが行われる予定だったが、少しでも後ろめたい思いがあったのか、Y主任は〝別件〟を理由に姿を消した。
 一方、Iは私の異変に完全に怯えきっていた。
 怒っていても何の解決にもならないし、これからも仕事は続く。私は思っていること、感じたことを率直に伝えた。仕事の采配の仕方や、車事情による参加者の動向、最終的に、あなた方がしたことは人としてどうなのか…ということまで、全てである。
 Iは恐縮しきり、反省の態度で私に謝る。しかし言い訳がまるで頓珍漢であった。
「車で行くこと、私も朝まで知らなかったんです」
 突っ込みどころ満載である。
 言い訳にならないような言い訳をしている。情けないほど通用しない言い訳だ。そんな話で通じると思われるほど、こちらは馬鹿にされているのかと思った。
『朝になって知ったなら、何故で朝の時点で言わないのか?』
『行きに知らなくても、帰りは知っているはずなのに、何故黙っているのか?』
『車は×と言って、〝客〟である参加者を歩かせているのに、配慮が足りないのではないのか?』
『主任が気付いていないのなら、気付かせて断るべきじゃないのか?』
『自分主導の仕事であるという自覚はあるのか?』
 叫び倒したい心境であったが、反省猿のように落ち込むIを見て、この人は何も解っていないのだと溜息が出た。そして、落ち込んでいても、立ち直りは素早い。彼女はきっと、その身に振り返ることなく同じことを繰り返しては、無意識に誰かを傷付けて人に嫌われていくのだろうと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?